65.ガールズ(♂)トーク
村の畑からほど近い場所にその森はあった。村の住人から「ニエの森」と呼ばれる森は、穏やかながらも非常に実り豊かであり、昼間であれば果実や山菜などを求めて人影がちらほらと見える憩いの場でもある。
しかし、夜ともなれば森は表情を変える。月明りが届かぬほど覆い茂った木々たちはわずかな風でも不気味にざわめき、奥へ奥へと誘い込もうとする。
そんな暗闇の中を歩く二つの影があった。先を行くシルエットがピクリと動きを止め、目にも止まらぬ速さで茂みへと飛び込む。格闘するような音が聞こえた後、その人物は何かを掴んで立ち上がった。
「二匹居た、ったくチョロチョロ逃げやがって……」
頭の上に明らかに人とは違う三角形の耳を持つ彼は、暗さを物ともせず引き返してくる。後ろに控えていた小さなシルエットが一抱えもある桶を差し出すと、中へと無造作に放り込んだ。
「これで一、二、三……五、六、七……十一匹! うん、森に逃げ込んだのはこれで全部だね、お疲れぷー兄ぃ」
桶を持った少年――ライムが労いの声をかけ二人は城へと戻るべく来た道を引き返し始めた。鼻先も見えないほどの暗さではあったが、魔族である彼らには関係のないことのようで平然と進んでいく。
道すがら少年が「それにしてもなぁ」と、少しだけ呆れたような声を先ゆく背中へ投げかけた。
「何もぷー兄ぃがわざわざ残党狩りしなくったって」
逃げ出してしまったマンドラゴルァを捕獲する為、再度捜索部隊を組むよう魔王から指示は出されていた。しかしそれだって夜が明けてからの話であり、こんな時間帯にわざわざ自警団の隊長が単騎で繰り出しているのは明らかにおかしい。
振り向きもせず頭を掻いたラスプは、小さくあくびをかみ殺しながらその理由を答えた。
「気になって仕方なかっただけだ、それにオレが出た方がてっとり早いだろ」
「勝手な行動は部下失格ですぅー」
まぁ実際こうして脱走分は全て確保できたことだし、捜索隊に無駄な体力を使わせずに済んだのは事実だ。恐らくは体力の少ないヒトの住民を気づかっての行動だろう。
そういうところ嫌いじゃないけどね。と、心の内で小さく呟いたライムは、首から下げた桶の中の一匹をむんずと掴んだ。
「そういえばさっき気づいたんだけど、この植物、頭の草を縛ると大人しくなるみたい」
まるで髪の毛のように生えている緑の房を二つに分け、キュッと縛って実演してみせる。痙攣したように震えていたマンドラゴルァは、それきり沈黙し動かなくなった。
「ね?」
「マジか。なら植わってる時点で片っ端から結んどきゃ脱走しなかったって事か?」
この新たな発見を戻って報告しようと話し合い、二人は森の出口を目指す。しばらく他愛もない話をしていたが、いい機会だと少年は確かめてみる事にした。
「ねぇ、ぷー兄ぃってさ。アキラ様のこと好きなんでしょ?」
「はぁぁっ!?」
弾かれたように返って来た反応に少年は何とも言えない苦笑いを浮かべる。ここまであからさまだと村の子供たちにすらバレるのも時間の問題と見た。
実際、すでに何人かに見抜かれているとも知らない狼男は、バカにしたような表情で肩をすくめて見せた。……しっぽを神経質にピクピクとさせながら。
「バッカお前、なんでオレがあんな大喰らいで能天気で平和ボケした女に。なに見てそんなこと言ってるんだ、目ついてんのか?」
「えぇ……」
あれだけ愛おしそうな眼差しで魔王が食べるのを見つめていたくせに、まさか隠し通せているとでも思っていたのか。
いつかそのバレバレな態度が身を滅ぼしはしないだろうかと他人事ながら心配になっていると、いつもより少しだけ早口のラスプは勝手にしゃべり続けている。
「だいたい、アキラはあの勇者に熱を上げてんだろ」
そこで少しだけ歩くスピードを緩めた彼は、独り言のように小さく小さく言葉を落とした。
「……ルカの野郎も居るし、オレが入り込む、隙なんて」
そこまで言ってハッとしたように跳ねたしっぽが――あぁ、なんだか聞いてるこちらが居た堪れなくなってきた。この男は武芸の腕を磨く前に『タテマエ』を作る訓練をした方が良いのではないだろうか。
「ち、違う! 仮にな!? 仮にもしそうだとしたらって話だからな!?」
「あー、はいはい。そうだねー」
やや棒読みで応対したライムは慌てふためくその横を通り過ぎる。先ほどまでとは逆に背を向ける形で歩きながら、どこか不安を含むような声で話し始めた。
「フォローするわけじゃないけど、アキラ様がエリック様に対して向けてる視線って、好きっていうよりは憧れみたいな気がするのは、ボクの勘違いかな」
「だから何のフォローだっての、オレは別に!」
後ろから飛んでくる憤慨した声はほとんど耳に入らなかった。不安を感じているのはそこではない、ここから先は勘違いかもしれない。けれども一人で抱え込むにはあまりに重くて、
「……ボク、なんとなく、なんとなくね、ルカ兄ぃよりはぷー兄ぃの方が、アキラ様を幸せにしてくれる気がして」
村での強奪事件であきらに諭されてからと言う物、素直なライムは他人の気持ちを察しようと努力を続けていた。些末な表情の変化にも目を凝らし、相手の気持ちになって考える――だからこそ気づいてしまった、魔王の右腕である吸血鬼があきらに向ける眼差しの中に、時折かつての先代に向けていた物が混ざり込む時がある。
(ルカ兄ぃは、アキラ様にアキュイラ様を重ねてる……)
楽し気に話している時でも、あきらという「個」ではなく、その向こうに居る誰かを見ているような。そのように見えるのは気のせいだろうか?
「ライム?」
呼びかける声にハッと意識が戻ってくる。うっかり漏らしてしまったが、ここでその確証のない不安を荒げて何になるだろう? ましてや相談している相手は鈍感が服を着て歩いているような男である。
やめよう、今は気のせいにとどめておくべきだ。とっさの判断を下した少年は、おどけて誤魔化す方向に舵を切ることにした。
「だってグリ兄ぃは生活力ないヒモになりそうだし、ならぷー兄ぃの方がまだマシかなって」
「マシってお前」
振り向かずとも分かる脱力したような声と表情に、ライムは調子に乗って続けようとした。
「ほらぁ、それにぷー兄ぃだって元をたどれば由緒正しい――」
その会話を強制的に打ち切ったのは、すぐ間近から上がった物音だった。ガサッという音に二人は反射的に身構える。
目配せで下がっていろと指示をされ、ライムは不安そうな眼差しで一歩引く。油断なく構えたラスプが茂みの向こうへと消えた数秒後、素っ頓狂な声が静かな森に響いた。
「んなぁーっ!?」




