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62.その一瞬を切り取る

「みんな、心配かけてごめんね。もう体調は戻りつつあるから大丈夫」


 その言葉にみんなの間に安堵したような吐息が流れる。特に魔族たちは病気になってそのまま亡くなったアキュイラ様のことがあったからか、余計に安心したようだった。


 書簡の返信を書き終えたらしいルカもお城から出てきて、手紙をコウモリに託して空へと放つ。それをみんなで見届けた後、再び語りだした。


「今、私たちの未来を託した書簡が飛び立っていった。ここにいるみんな、ううん、今も関所で警備してる者、畑で作業をしてる者、自警団の訓練をしている者。国民みんなのおかげでようやくスタートラインに立つ事ができた」


 もうここまでくると言葉が勝手にあふれ出してくる。足の筋力が落ちていることも忘れ、ふらつきながらも立ち上がる。とっさに支えてくれた幹部たちの肩を借りながら手を握りしめた。


「今は本当に小さくて、吹けば飛ぶようなちっぽけな国かもしれない。でも時間はある、五ヶ月という時間を、私たちが、私たち自身の手で泥まみれになりながら勝ち取った! 首は繋がった、まだチャンスはある、私達はもっともっと成長していける!!」


 これは、一方的殲滅という絶望的な状況をすり抜けて、わずかな可能性に一か八かで賭けてようやく掴んだチャンスだ。絶対に、しくじるわけにはいかない。


 でもなんでだろう、この目の前に広がるたくさんの輝く瞳を見ていると、『絶対に上手く行く!』という自信しか湧きあがってこないんだ。


「ここからはこれまで以上につらい道のりかもしれない。私だってなんの力もないただの小娘かもしれない――だけど」


 きっと、大丈夫。上手くいくコツは自分自身が大丈夫って思うこと。


 ぐるりと端から端まで見渡した私はまっすぐ前を向き、軽く微笑んで自分の胸に手を当てた。



「信じて、付いてきてくれる?」



 意味を成す答えなんて無かった。


 大気を振るわせるほどの大歓声が全ての応えだった。



 ***



 振動でビリビリと震える窓ガラスから、白魚のような指先がそっと離れる。


 遠浅の海のように明るい水色の瞳を持つ少女は、大歓声に包まれる広場を見下ろした後そっと背を向けた。透き通る水晶色の髪の毛が極上の絹のようにその動きに追従する。


 彼女は陽光の差し込む廊下を進み始めた。ゴシック調の黒い服が衣擦れの音を立てることもなく、どこまでも静かに歩いていく。その様子はどの瞬間を切り取ってもまるで一枚の絵のように美しい。


 まだ子供らしい表情を残していてもおかしくはない年齢のはずなのに、その顔つきはどこか年不相応に大人びており、それでいて張りつめたような物だった。


「わたしがこうしてあなたの前に出現しているということは、彼はやはり道をたがえてしまったのですね」


 見た目を寸分たりとも裏切らない涼やかな声が、口角の下げられた唇から朝露の雫のように零れ落ちる。


 思わず聞き惚れて意味を逃してしまいそうな声のまま、少女は誰に言うとでもなく己の身分を打ち明けた。


「わたしはかつてこの地で魔王の称号を冠していたアキュイラ……アキュイラ・エンデと申します」


 ぴたりと足を止め、まるで存在していない『誰か』に語り掛けるように彼女は続ける。


「この目の前にいる『あなた』が誰なのかは分かりませんが、どうか真実にたどり着く事が出来るよう、わたしは心の底から神に祈りを捧げています」


 それだけを言い残し、あたかも敬虔な信者であるかのように指を組む。


 魔王と呼ぶにはあまりにも神々しすぎるその姿は、少しずつ陽の光に透けて行き――やがて完全に消え失せた。



 後には、最初から何もいなかったかのように、ただ陽光だけが揺れている……



 ***



 広場のボルテージが最高潮に達した頃、いつものように少し離れた位置でメモを取っていたリカルドが近づいてきた。その手には私にとってなじみのある物が握られている。


「それ、もしかしてカメラ?」

「なんだ知ってたのか。驚かせようと思ってたのに」


 言い当てると彼は少しだけ拍子抜けしたように肩を落として見せた。


 私たちの号外新聞に載せた肖像画もそうだったけど、この世界は写真っていうのがほぼ?普及していない。大都会――それこそカイベルクの超大手新聞社のトップニュースなんかには、ちらほら写真が載り出してきているみたいなんだけど……。


 皮肉な新聞記者さんは人の悪い笑みを浮かべながらカメラを私に向けて構えた。


「トゥルース新聞社に頼んで、最新鋭のヤツを取り寄せて貰ったんだ。もちろん経費でな。目ン玉飛び出るくらい高かったらしいが……なぁに、この間の記事が馬鹿売れしたんだ、このくらいの報酬あってしかるべきだろ、これからの記事にも役立ちそうだしな」


 今度ライムに頼んで、城の地下に現像室を作ってもらう予定だ。と言いながらカシャッとシャッターが下りる。思わずドヤ顔でカッコいいポーズを決めた私に対して、彼はしばらく黙り込んだあと「フィルムを無駄にするなよ」と毒づいた。なんで!


「王国の記念日だ、一枚とっておこうぜ」

「おぉ、いいねいいね! みんなーっ!!」


 私の呼びかけに、雑談していたみんなが一斉に振り返る。集合写真を撮ることを伝えると、物珍しさからか後から後から人が集まってきてしまう。


「は、入る? これ全員収まってる?」


 ハーツイーズ城を背景に、私を真ん中にして集まるのだけどものすごい人数だ。まてまてまて、みんな仕事はどうした、警備は大丈夫なの?


 すでにこの状態でもギュウギュウで息苦しいと言うのに、カメラのファインダーを覗いていたカメラマンは鬼のようなことを言い出した。


「はみ出してるな。飛べるヤツは空中に行って、他はもうちょい中央に寄れー」

「ぎゃあー!」

「いだだだだだっ」


 どこからともなく悲鳴が上がる。飛べるルカとグリはとっくに空中に逃げてるし、ライムはゲル化して他のスライムたちと余裕のある足元に避難してるし……あれ、手首ちゃんは? あ、ラスプのしっぽに必死でしがみついてる!


「うわぁーっ!!」


 ついに押し合いへし合いしている内に隊列が崩れ、地上組はブザマにも地面に次々倒れこんでしまう。私も泥まみれで髪もぐっちゃぐちゃで……。


「ふふっ」


 なんだか急に笑いがこみ上げてきて、クスクス笑う。次第にその笑いは少しずつ感染していき、いつの間にかみんなで大口を開けて笑っていた。


「おいおい、格式ってモンはねぇのかよ。まぁこの国らしいっちゃらしいか」


 カシャッと音が響いて、ハーツイーズ国の一瞬が切り取られる。


 笑い過ぎて出て来た涙を拭いながら、私は心の中で決めた。



 これからたくさん思い出を作ろう。全部おわった後に、こんなこともあったねって、きっと笑いあえるような未来が待ってるはずだから。



「魔王様、たいへん、大変でさぁぁ~!!!」


 と、その時、ふいに丘のふもとから一人の農夫が転びそうな勢いで駆けあがってきた。ゴブリン族の彼はべしょっと倒れこむようにして地に膝をつくと震える指先で村の畑の方を指さす。


「マンドラゴルァが! 一斉に反旗をひるがえして!!」

「へっ?」

手首です。あの撮影会は本当に…なんていうのでしょうね、笑えて楽しくてしょうがなかったです。どんな出来事も必ずいつかは過去になってしまう。だからこそ、一瞬一瞬を大切にしていけたらと思うんです。

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