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召しませ我らが魔王様 腹ペコ令嬢の異世界改革物語  作者: 紗雪ロカ


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61.お米様抱っこ

 誰なのかを確かめる前に、びたん!と顔に何かが張り付く。しなやかな右手は私の無事を確かめるようにワサワサと顔面を這いまわった。


「て、手首ちゃん、これ完全にホラーだよ、私以外にやっちゃダメだからね」


 苦笑しながらその手を剥がすと、しばらく細かく震えていた彼女はわっと泣き出すようにこちらの手にしがみついてきた。よしよし、心配させてごめんね。


「アキラ様おはよーっ、調子はどう?」

「俺だったらあと一週間は寝たふりしてサボるけどなぁ」


 続いて入ってきたグリとライムも、安心したようにベッド脇の椅子に腰かける。手首ちゃんを撫でてあげながら私は笑みを浮かべた。



 それからしばらく、私が寝込んでいた間のことや、例の課題のことなどで盛り上がっていたのだけど、コンコンとノックをする音にみんなで振り返る。


 開けっ放しだったドアに寄りかかるようにして立っていた彼に、私はパッと顔を輝かせた。


「あっ、ごはん!」

「…………せめて、名前を呼んでくれよ」


 傷ついたようなラスプに謝りながらも、その手に持っているボウルから目が離せなくなる。こちらの言いたい事なんてわかってるとでも言いたげに、ラスプはサイドボードにお盆を置いた。よく噛んで喰えよとの忠告もそこそこに手渡されたオートミールを満面の笑みで味わう。はぁぁ~~今だったらドラム缶いっぱい食べられそうだよ!


「……」

「?」


 ふと傍に座った彼の視線がなんだかとっても優しい事に気づく。その様子にもぐもぐしながら心の中で首をひねる。あの仏頂面がデフォルトの狼さんが軽く微笑んでさえいる。


 そう思ったのはライムも同じだったのか、突然指を指した彼は嬉しそうに叫んだ。


「あーっ、ぷー兄ぃがニコニコしてる~」

「なっ、バカ違う! 誰がだっ」


 指摘されて真っ赤になったラスプは隣の彼に掴みかかろうとする。だけど一瞬でゲル化した少年は私のベッドの下に潜り込み反対側へと逃げた。からかうようにグルグルと回り始め追いかけっこが始まり部屋から出て行ってしまった。


「病人の部屋ってことを忘れてるよね」

「あはは……」


 食べ終わったボウルを手首ちゃんが浮かせて持って行った後、一人残されたグリの方へと振り返ると彼はなぜか寂しそうな表情を浮かべていた。


「元いた世界の夢でも見た? だいぶうなされてたよ」

「そう、聞いてよ! せっかく日常に戻れたと思ったのに、いきなり剣でバサーッよ!? 悪夢にもほどがあるでしょ!」


 心臓に悪いし寝汗ヤバいし!と愚痴をこぼすと、彼はほとんど聞き取れないくらい小さな声で、だけどきっぱりと言い切った。


「夢だよ」

「グリ?」

「それはきみにとっての夢だから、大丈夫」


 なぜか張りつめたような物言いに、どうしたのと尋ねかけたその時、追いかけっこをしていた二人が盛大な音を立てて転がり込んできた。


「ねーねーアキラ様ーっ、起きられそうなら下に行って顔を見せてあげて。みんなも心配してたよ」

「立てる?」


 グリの問いかけに私は軽快にベッドから飛び降りた――少なくとも気持ちだけは。


「へーきへーき、もうすっかり……ぐぇ!」


 着いた足に力が入らず、顔面から床にぶっ倒れてしまう。な、なんでぇ!? 今たしかに踏ん張ったつもりだったのに。


 思うように動かない自分の身体に戸惑っていると、助け起こしてくれたライムが挫いてないか確認してくれながらこう言った。


「ありゃ、やっぱりずぅっとベッドで眠りっぱなしだったから、筋力落ちてるみたい」

「んだよ、ヤワだな」


 呆れたようにこちらを見下ろすラスプに向けて、心優しき少年はイーッと顔をしかめてみせた。


「ぷー兄ぃみたいな体力バカとは違うの! アキラ様はニンゲンなんだからっ」


 バカと呼ばれたことに顔をしかめていた狼さんだったけど、仕方ねぇなと寄ってきて私をひょいと抱え上げた。


「はいはい、体力バカが運べばいいんだろ、運べば」

「いや、あの、運び方……」


 お姫様抱っこは恥ずかしいけど、小脇に抱えるって、私は手荷物か何かか。


 その微妙な心境を察してくれたのだろう、目があったグリが人差し指を一つ振りながら代案を出してくれる。


「俺が浮遊魔法で下まで運ぶ?」

「甘さの欠片もないぃぃ」


 逆ハーなんて求めてないとは言ったけど、さすがにこの扱いはヒト以前の問題じゃない!?


 うわーんと泣いていると、急にグンッと視点が上がる。気づけばラスプの肩に担がれるような体勢に移行していた。


「いちいち注文の多い魔王サマだな」

「……」


 いわゆる「俵担ぎ」だけど、まぁこれで良いかと思いながら口を尖らせ黙り込む。


 なんだか私、だんだんこの美形集団に囲まれてる状況に慣れて来てない? こんなんじゃ現代に帰った時、どうなってしまうんだか……。


 そうだよ思い出せ、私はただの一般人。モブです背景です乙女ゲーシチュに慣れたらダメだ!!


「やっぱり自分で歩く!」

「人の上で暴れんじゃねぇよ! 投げ落とすぞっ」

「でもやっぱり扱いが雑ーっ!!」



 ***



 担がれたままお城の正門から出た瞬間、広場に居た人たちが皆いっせいに振り返り、わっと歓声があがる。


 今日はよく晴れた気持ちのいい日で、いつからかベンチや花壇が置かれ憩いの場となっていたその場にはたくさんの国民たちが押しかけていた。


「魔王様、もう起きても大丈夫だか?」

「心配したんだよ、みんなで一生懸命お祈りしたかいがあったね!」


 暖かい言葉を次々と掛けられる中運ばれて、知らず知らずのうちに涙がぽろぽろと零れてしまう。木箱を並べて板を渡しただけの簡素なベンチに座らされて、あったかくなる胸の辺りを押さえながら周囲を見回す。


 ヒトも、ゴブリンも、スライムもケットシーもワイバーンも他にもいろんな種族がこちらを見ていた。すぅっと息を吸い込んだ私は、静かに演説を始めるため口を開く。

手首です。お城の前の草原はすっかり憩いの広場になっていまして、天気のいい日なんかは子供たちが走り回って遊んでいますの。それを洗濯場で洗い終えた奥様たちがベンチで優しく見守り、畑仕事を終えたお父さんたちが迎えに来て家族みんなでひとっ風呂あびて広場で夕涼みをして帰っていく…というのが一日のサイクルになっているご家庭が多いようですわ。

タイトルは「さくら様」のコメントより拝借して変更させて頂きました。ありがとうございます

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