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60.魔王様、無断欠勤する

 ひとしきり虐められた後ようやく解放された私は、ハーツイーズ城の自分の部屋を見回す。二重夢オチなんて寝ぼけるなと言わんばかりにこちらがリアルだ。でも妙に現実的な夢だったなぁ、面影のある勇者様と会って妄想でもしちゃった? うーんと悩んでいた私は、自分のお腹から聞こえてきたすさまじい音に固まる。


「お、お腹すいた、すごく空いてる! なんで!?」

「当たり前でしょう、主様ご自分が倒れたことは覚えてらっしゃいますか?」


 ルカが差し出してくれた野菜スープを一息で流し込み(冷えきってるけど涙が出るほどおいしい)前回までの記憶をたどる。そういえば……


「見事なまでの過労ですね、一仕事終えた安心感からプツッと糸が切れたように倒れこみましたよ、三日三晩」

「三日も食べそこなったの!?」

「……」


 話を聞けば、かなりの高熱が出て一時はかなり危ない状態だったらしい。それでも何とか容態は安定し、今に至ると。


「あれほど無理はなさらずと申し上げたではないですか」

「うぅ、面目ない」


 情けなく枕に再び沈むと、ルカは優しい目でふんわりと額を撫でてくれた。


「ですが、その頑張りのおかげで上手くいきそうですよ」

「本当?」


 大きくて少しひんやりと感じる手がきもちいいなぁ、甘やかしてくれる人がいるっていいなぁと思いながら、報告を聞く。なんでも私が倒れて二日目、つまりおとといの夕方リヒター王から視察結果の正式な書簡が届いたらしい。


「結果から言えば、我々は五ヶ月間の猶予を与えられました」

「猶予って、どういうこと?」


 あんまり上手くいってなさそうな単語に目を開ける。側近を正面に映すと彼は空いている方の手で指を一本ずつ立ててみせた。


「つまりですね、その期間内にノルマを三つクリアすれば国として認めてくれるそうです。いくら勇者のお墨付きとは言え、まだまだ怪しい新参国なのには変わりありませんから」


 難しそうな物だろうかと不安になるのだけど、ルカが言うには『充分達成を狙える範囲の課題』らしい。具体的にどういうものかというと――


「まず食料生産の安定、次に人口の増加。これは国の基盤を支える大前提ですからね。それも途方もない数値ではなく、充分狙える現実味のある設定値ですから、リヒター王はこの国に対して前向きに考えてくれていると思って良いでしょう」

「食べ物と、人ね。最後の一つは?」


 わざわざ溜めるということは、それがメインの課題なんだろう。その予想通り、ルカは挑戦的な笑みをニッと浮かべて最後の指を折りたたんだ。


「『五か月後、この国ならではの研究成果を一つ披露すること』」

「研究成果……」

「物でも何でもいいそうです、『魔王殿の思うハーツイーズ国を見せてくれ』 書簡にはそうありました」


 夏休みの自由研究みたいだと思っていると、この条件を呑めない・もしくは達成できなかった場合のペナルティが明かされる。五か月間の猶予期間中に全てノルマクリアだドンしなければ、魔王(つまり私だ)には潔く投降してもらい、ハーツイーズはメルスランドの領地下に入ってもらう。今まで通り魔族は奴隷であり、虐げる対象ということだ。


「そんなの、受けて立つ以外の選択肢がないわっ!」

「主様ならそういうと思っていました」


 思わずベッドの上に立ち上がり拳を握りしめる私にルカは微笑む。うおおおお燃えるううう!! 何にしようかな、この国らしさを全面に押し出せば良いわけでしょ? と、なると今まで思いつきで行動してきたことだって全部ムダじゃない。つまり文化祭の発表会、お祭りだ! 楽器から作り上げて演奏会? 何か究極の逸品を作り上げて献上する? 国産野菜を使ったフルコース!?


「すっごいテンション上がってきた! がんばろうねルカ!」

「もちろん、私もこの命ある限り主様の手となり足となり尽力させて頂くつもりですよ」


 まるでお芝居みたいなセリフだって違和感なく言ってのけるバンパイアは、すぐにその旨を書簡で返答すると言い残し出ていこうとする。だけど、部屋の扉に手をかけ思い出したように振り返った。


「それでは魔王様、引き続き五か月の間、よろしくお願いしますね」


 パタンと扉が閉まり、一人残された私はしばらくそのままの体勢で固まり――そして膝から崩れ落ちた。やっちまったー!! ひと段落ついて、今が「鏡の修理をして、元の世界に帰して」と言い出す絶好のタイミングだったのに! ペタンとベッドの上に座りなおした私は、乱れた髪を手ぐしで直しながら、非の打ち所がない右腕の顔を思い浮かべる。ほんとにもう、ルカはちゃんと私を帰してくれるんだろうか? まさかこのまま一生? いやいやいや、まさかね


(それに私としてもこの国が安定するまでちゃんと見届けたいし、せめて五か月後の試験が終わるまでこの件は保留かな)


 って何だかんだ愛着湧いちゃってるんだよなぁ、この国とみんなに。帰るけどね、帰るけどね。うん、そうだよ。前にこっちの一月は向こうの一日だって言ってたし、どんなに長く見積もっても向こうの時間で一週間で帰れるはずだ。新入社員で肩身は狭いけど、死ぬ気で平謝りすれば有休消化で済ませて貰えるかもしれない。先輩との肉フェスデートにも十分間に合う!


 希望的観測で算段を済ませていたその時、にわかに廊下が騒がしくなり、いきなりドアを開けて誰かがなだれ込んできた。

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