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59.おはよう

「はわぁぁぁ~~~~!!!」


 熱くなる両頬に手をあてて、私は先ほどからふつふつと湧きあがって来ていた感情を思い切りぶちまけた。視界の端のラスプとルカが面喰ったような顔したけど、そんなのどうでも良いくらいに嬉しさがこみ上げる。


「どうしようルカ、また会おうって! 敵対関係じゃなくて普通にお付き合いしていきましょうって!!」


 どうしよう、どうしよう、すっごくうれしい!! あぁぁぁ先輩先輩先輩ぃぃ~!


「あぇ?」

「お、おいっ!」


 カッカッとした熱が次第に全身をめぐり、視界がチカチカと点滅しだす。世界がぐるりと回り出して上下感覚がなくなり、ふわふわとした浮遊感と共に世界が暗転していく。それでも、支えてくれている誰かにもたれかかりながら私はとても幸せな気分だった。


(好きな人の言葉って、どんな魔法にも負けないくらいすごいパワーを持ってるんだ)


 周りのみんなの慌てたような声が少しずつ遠のいていく。誰かが額に触れた感覚を最後に、水の中にとぷん、と沈むようにして私は意識を手放した。



 ***



 ピピピ、ピピピ、と規則的な電子音がまだ覚醒しきっていないぼんやりとした頭に届く。身体を起こした私は、小学生の時から使っている目覚まし時計の頭をバシッと叩いて黙らせた。


「なんか……すっごい長い夢見てた気がする」


 誰に言うでもなくポツリと呟いて、慣れ親しんだベッドの上でぽけーっと宙を見つめる。なんだろう、すごくファンタジーっぽい夢だったような……。外からはスズメのチュンチュン鳴く声が聞こえてきたし、近くを走る電車が通過する音が響いてくる。いつも通りの、いつもと同じ朝だ。これから起きて、したくして、電車に乗って――


「!」


 『昨日』を思い出した私は、飛び起きて身支度を始めた。顔を洗って歯を磨いて髪を梳かしてメイクして、スーツに着替えて念入りに鏡の前で何度も何度もヘンなところが無いかチェックする。よしっ! カバンを持って家を飛び出した私は、いつもの通勤路を気持ち大股で歩き、改札口をSuicaで撫でて駅へと吸い込まれていく。一番線のホームに思い描いていた姿を発見し、高鳴る鼓動と共にその名を呼んだ。


「立谷先輩!」

「ん、おはよう」


 振り返った彼は、ニコッと笑いかける。はわぁぁ、朝の光に包まれてそれだけでノックアウトされそうです先輩~!


「次の日曜だけど、ここから一緒に行くか? それとも現地集合にしようか」

「えへへ、うふふ」

「山野井?」


 お花を飛ばしていた私は呼びかけられてハッとする。いけない、会話を返さなきゃ――その時、立谷先輩が持っていた物に気づいて、覗き込むように前のめりになる。


「あれ、それ何ですか? 会議で使うスクリーンとか?」


 肩にかけていた黒くて細長い筒状の箱を降ろした先輩は、あぁこれか? と、軽く答えてきゅぽんっと蓋を取る。


「適当な入れ物が無かったから詰め込んだけど中は違うんだ、だってこんな物騒な物こっちの世界じゃ気軽に持ち歩けないだろ?」


 ズラァッと引き抜いた物が見えてヒッと息をのむ。それはRPGゲームにでも出てきそうな鋭く光る剣で、本物だとすれば明らかに銃刀法違反なサイズをしていた。


「な、なんっ……オモチャですよね? 先ぱ――いぃっ!?」


 それを掴んで構えた彼の姿に目を剥く。いつの間にか騎士様のような恰好になっていたし、髪と目の色が日本人ばなれしたものに変わっている。似合ってるけど、カッコいいけど、何それ!?


「さぁ魔王アキラ、覚悟はいいか?」

「魔王!? 誰が!? 私!?」


 完全にパニックに陥って周りを見渡すのに、ホームで待っている人たちはこちらに何の興味も示さず、日常を乗せた快速が滑り込んでくるのをスマホをいじりながら待っている。誰か一人でもこちらを見ないのかと探していると、先輩は慈悲深いとも言える微笑みを浮かべながら私の首筋に剣をピタリとあてがった。


「勇者エリックの名の元に潔く散るがいい」


 一番線に列車が参ります、黄色い線の内側に――なんてアナウンスが響く中、勇者様は大きく剣を振りかぶった。


「いっ――」



 ***



「いやあああああああ!!!」


 ガバッと身を起こすと、なめらかなシーツと上掛けが波打つ。肩で息をしていると、ベッドのすぐ脇に座っていた金髪の男の人が目を丸くしているのが目に入った。


 ……ルカ……だ。……あぁ、そうだ、全部思い出した。


 ハァッとため息をついた私は、その頬に手を伸ばしむぎゅーっと横に引っ張ってみた。


「……念のはめ、うかがいまふが、なにをなはっておいへへ?」

「こっちが夢じゃないかなぁ、って」


 やんわりと手を押しのけたバンパイアは、いきなりこちらの頬をガッ!と掴むと両側に向けて思い切り引っ張った。


「いぎゃー痛い痛い痛い!! やっぱり夢じゃないいいい!!」

「良いことを教えて差し上げましょう、そういうのは普通ご自分の頬で試すものですよ」

…………。

……ハッ、手首です。失礼しました、この三日間の看病で少しウトウトと……。

ご主人様、だいぶうなされてるようでしたがどのような夢を見ていらっしゃったのかしら?

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