30.褒めて差し上げましょう
激しく暴れる心臓と、おそらくは真っ赤になっているであろう顔色をなんとか治めた私は、ようやく秘密通路の入り口まで戻ってきた。頬に手を当てて熱がだいぶ引いていることを確認。よし
(気まぐれ気まぐれ、きっと私をからかって遊んでいるだけだって。こんなことぐらいで動揺しててどうするの。……でもグリってホント綺麗な顔立ちしてるよなぁ、まつげ長いし)
そこまで考えてハッと我に返る。あぁぁぁ~~!先輩という大事な人がありながら何をっ、ごめんなさいごめんなさい、違うんです気持ちが揺らいだわけじゃなくて美形が多すぎるのが問題なんです!
……うぬぼれるつもりはないけど、あんなことされると勘違いしてしまいそうだ。いかんいかん、平常心。
頭を抱えながら苦悩していると、何やらホールからざわめき声が聞こえてくる。誰か来てるのかな?
ひょいと顔を出すと、エントランスホールの真ん中には見慣れない二人が居た。人間の女の人と、ゴブリンの――外見から判別は難しいけど前掛けをつけているから女性、かな?
私の気配に気付いたんだろう、元気よく手を上げたライムが彼女たちの来訪の目的を告げた。
「あ、アキラ様やっと来た! 下の村から謁見の申し込みだよっ」
***
別にその場で聞いても良いのにという意見は却下され、私は再び謁見の間の立派な椅子に座らされていた。
地下で色々やっている内にだいぶ陽も傾いていたようで、美しい薔薇色の夕焼けが窓いっぱいに描かれている。
ホールめいっぱいに差し込む茜色のスポットライトに照らされるようにして、眼下の謁見者たちは跪いて手を着いていた。
「我らが魔王様、彼らゴブリンの民の協力もあり荒れ放題だった畑が今日だけで少しだけ整いました」
「オラたちのチカラさえありゃぁ、土さァ掘り起こして畝る事なんて朝メシ前だぎゃー」
静々と報告する女の人の横で、膝立ちのゴブリンの奥さんが力こぶをバシッと叩く。ニカッとした笑顔につられたように女の人もクスッと笑った。
「最初はどうなることかと思いましたが、ゴブリンの方達って、本当は情に厚くてとっても親切なんですね」
「そっちこそ大したもんだぁ、ニンゲンってよく考えて農作業をしてるんだなぁ。まぁ、ちぃっとばかしひ弱みてぇだけんどもな!」
和やかに笑いあう二人に、昨日までの略奪者と怯える弱者の影はない。よかった、ひとまず問題は起きなかったみたいだ。ライム指導のスライム軍団の監視もあったおかげなんだろうな。
ここで背後に置いていた包みを取り出した村の女性は、それをうやうやしく捧げ持ちこちらに差し出した。
「元からあった畑の収穫も手伝って頂きました。これは『人間と魔族が共同作業をして収穫できた』おそらく世界で初めての野菜になります。ぜひ魔王様に」
スッと動いたラスプが包みを開けると、キュウリに良く似たオレンジ色の野菜が五本入っていた。それに鼻を近づけてクンと臭いを嗅ぎ、次いで毒見で一口かじる。一瞬だけ眉根を寄せるのだけど、特に問題はなかったようでそのまま私の方へ持ってきた。ドキドキしながらそれを手に取り、口に含む。
「…………」
見た目から歯ごたえの良さを予想していたのだけど、期待を裏切りへにゃっとした食感が伝わる。おまけにまったく味がしない。なんだ、この、もご、スポンジを食べているような感覚は、むぐ……ハッキリ言っておいしくない。
微妙な顔つきの私を見て察したのだろう、村の女性が困ったように眉尻を下げて笑った。
「おいしくないでしょう? でもそれが今の村の精一杯なんです。あ、誤解しないでくださいね、それでも魔王様に献上する用に一番良いのを選りすぐって持ってきたんですよ」
つまり、村の人たちはこれよりおいしくないのを日常的に食べてる?
信じられない思いで言葉を探していたんだけど、女の人は力強い表情でこう言った。
「でも安心して下さい、ゴブリンさん達も協力して下さってることですし、これからどんどん良くなっていくと思います。魔王様が授けて下さったチャンスに村の若い衆もやる気です! きっと今にお腹いっぱい食べれる日が来るはずです!!」
***
謁見の彼女たちが帰った後、私は食堂のテーブルに先ほどの献上品を置いてじっと考え込んでいた。背後に控えていたルカが、相変わらず少しだけ面白がっているような含みのある声で言い放つ。
「思うところがありましたか? 残念ながら、これが今のわが国の現状です」
「……」
やせ細った村人たちの弱々しい笑顔が脳裏をよぎる。きっと子供達はおいしいものをお腹いっぱい食べた事なんて無いんだろう。
やっぱりまずは食べ物だ。腹が減っては戦は出来ぬ、何をするにしても身体が資本なのは間違いない。
「メシだぞー」
厨房からラスプが今日も豪勢な夕飯を持ってくる。スープに、前菜、メインディッシュ、デザートに食後の紅茶。一つずつ大切に味わいながら、私は低い声で彼に尋ねた。
「この食材って、人間領に行って買い付けてきたの?」
「あ? まぁ、大半はそうだな。中には他の魔族領からのもあるが」
「お城の食料庫にどのくらいあるっけ」
「オレらが喰って一月ほど」
最後の晩餐を終え、私はカップをソーサーにカチャリと置いた。両手を合わせてごちそう様でしたと食材たちに感謝を捧げる。
う、うぅぅ、本当に、おいしかったなぁ~、この決断は本当につらいけど、でも
「…………明日でいいから、その食材、下の村に持って行って全部おいしくない食材と交換して来てほしい」
苦渋の決断をようやく口にすると、一瞬ポカンとした後ラスプは素っ頓狂な声を上げた。
「はぁっ!?」
「そうしたら、数日間は栄養のある物を働いてる人たちが食べれるでしょ」
「そんなことしたらお前は何喰うんだよ! 王ってのはどんなに国が貧しくても一定のモン喰うはずだろ、いいのかあんなボッソボソで飲み込めないようなので――」
さっきの食感を思い出す。まずかった、あれをしばらく食べなきゃいけないんだと思うと、じわぁと視界が滲み出す。
「わだっ、私だって、おいしい物たべたい……だけど自分ひとりだけ豪勢な物食べてるって思ったら絶対おいしく食べられない……」
「泣くほどかよ」
「わだしほんとうに食べることが好きだからぁ……っ、トップだからこそ一番下の現状を身をもって知ってなきゃいけないとおもうからぁっ」
「主様、鼻水でてますよ」
チーンッと鼻をかんだところで、ルカが「いいじゃありませんか」と意見する。
「一時の我慢です。おいしいものを欲するならば、その分頑張ればいいだけの話ですね」
「ルカぁぁ」
「ご立派な決断だと私は思いますよ、褒めて差し上げましょう」
いつものように微笑んだルカに頭をなでなでされる。褒めてくれるのは嬉しいけど、完全に子ども扱いしてませんか。
しばらくして、ラスプが重たいため息をついた。頭を掻きながら渋々同意してくれる。
「血だけ飲んでりゃいい吸血鬼が気軽に言ってくれるぜ……わかった、だがオレが居るからにはマズイものは喰わせない。なんとか喰えるレベルにするような調理法考えとくわ」
「本当? ありがとうっ」
「オレはコックじゃねーんだけどなぁ……」
ブツクサ言う狼男を横に、私は明日の計画を立てていた。
食べ物がおいしくないのは私にとって死活問題だ。よしっ、明日は食料交換ついでに畑を視察しに行こう! 現代知識で助言できることがあるかもしれないし。
この時の私は、自分がどれだけのチカラを秘めているかなんてまったく予想していなかった。
それが原因で、まさかあんな事件が起こるなんて……
こんにちは、手首です。
前回に引き続き、まこ様の質問に答えて参りますね。誕生日調査して参りました…!
あきら 7/3
ルカ 11/1
ラスプ 5/14
ライム 6/6
グリ 13/51
お一人だけおかしい方がいらっしゃいますが、死神歴なんだそうですよ。……本当かしら?