28.アバラ…アバラ逝った…
「犬っころって……」
どよんとした影を背負ったラスプはそのままいじけてしまう。尻尾は垂れ下がり耳も完全に伏せてしまっている。あぁぁ……
慌てた私はキノコでも生えそうな後ろ姿に向かってフォローの言葉を投げかけた。
「で、でもほら! ラスプはその分動けるじゃない! ゴブリンたちを相手に一人で立ち回ってたし!」
ぴくっ
「あれは一朝一夕で身につく動きじゃないでしょ。普段から鍛錬してるのも知ってるし」
ぴくくっ
「やっぱり頭脳より武闘派の方が私はカッコいいと思うな~」
「……」
そう言ってあげると、壁を向いたままなんだけど尻尾がブンブンと左右に激しく揺れ出す。よ~し、あともう一押し。ここまで来たら悶絶するまで褒め殺してやろうフハハ!などと、魔王じみた事を考えていたその時、ライムがその背中めがけて下からえぐりこむようにタックルをし掛けた。
「ぐほぁ!?」
「そーだよー!ぷー兄ぃにはぷー兄ぃのいいところがあるんだから、気にしなーい!」
「アバラ……アバラ逝った……」
「あれ?」
そのまま壁づたいにズルズルと落ちていく赤い人を置き去りに、私はルカに引っ張られて先へと進む。
「ちょっ……放っといていいの? アレ」
「主様、茶番に付き合う必要はありませんよ」
「そうそう、調子にのるだけだから」
良いのかなぁ、と思いつつも再び歩き出す。なんで二人ともちょっと不機嫌そうなの?
** わかんなかったら読み飛ばしても大丈夫だよ!ルカとグリの設定補足コーナー **
ここでふと、疑問に感じていた事を思い出した私は口を開いた。
「質問していい?」
「どうぞ」
「昨日、私が死者蘇生のネクロマンシーをした時は別に魔石なんて持ってなかったけど、あれは魔法とは違うの?」
それに答えたのは前を歩くルカではなく後ろの死神だった。
「あれは『魔術』 精霊のチカラを借りるのが『魔導』」
「魔導?魔術?」
何が違うんだと困惑していると、今度は前から流れるような声が響く。
「術を構築して、物事の性質を変えてしまうのが『魔術』 たとえばグリが使っている物を浮かせる術・フロート、あれなんかは魔術に分類されますね」
そうなんだ。確かに同じ浮遊魔術を使っている手首ちゃんは魔石を持っていない。
「恐ろしく複雑な手順と少しの魔力と仕組みさえ理解できれば誰にでも使えるのが『魔術』です」
「う、うぅーん?」
「主様はチート的にネクロマンサーになりましたが、本来あれほど複雑な術を行使するには何十年単位での勉強と練習が必要になるのですよ」
それに一生をかける人も居るくらいですし、と言われるが何となく引っかかってしまう。
「……チートって言わないでよ、不本意で仕方なくだったんだから」
「まぁ、それも失敗したわけですが」
「うわーん!」
蒸し返すなああ!結構メンタルへし折られたんだから!
「逆に『魔導』は適正と魔力さえあれば、割と感覚で使えるもの。才能に寄るところがあります。一般人は、魔導と魔術をひっくるめて『魔法』と呼んだりしていますが、本来は根本的に異なるものなのです。魔導を使うものを『魔導師』魔術を使うものを『魔術師』と呼び区別していますが、最近はその定義も曖昧になってきているようで――」
ツラツラと説明していくルカには悪いけど、頭がこんがらがってよくわからなくなる。助け舟とばかりにグリが大雑把な見分け方を教えてくれた。
「手から火とか氷とか即出せるのが魔導。魔法陣とか書いて時間が掛かるのが魔術って覚えておけばだいたい合ってるよ」
** 解説ここまで **
まっすぐに伸びた通路を突き当たりまで進むと、一枚の古めかしい扉が現れた。先導するルカが少しだけ力をこめて押し開けると、青い光がこちらの通路にまで流れ込んでくる。
「うわぁ……」
扉を抜けて見えてきた光景に私は思わず息を呑んだ。石造りの小部屋なんだけど、石段を少し降りた先にある泉?水鏡?から青い光が柱のように立ち上がり部屋全体を幻想的に染め上げている。
「なに、これ、近寄っても平気?」
「問題ありませんよ、魔石が勝手にマナを取り込んで暴走しない為の、ただの安定装置ですから」
青い光に染まったルカが、さりげなく手を差し出してエスコートしてくれる。その手に掴まりながら微妙に高さのある石段を跳ね降りると、部屋の隅に置かれたある物が目に飛び込んできた。ひくりと頬を引きつらせて尋ねる。
「これって、まさか」
「さすがにお分かりですか」
大きな楕円形の鏡が床に横たえられている。ひと一人が余裕で通り抜けられそうなサイズなのだけど、その表面はこれでもか!と、ばかりにひび割れており本来の役目を果たしていない。
「主様をこちらに呼び寄せる時に使用した【転移の鏡】です。これを修理するのにどれだけ時間がかかることやら」
「あ、はは、そこは何とかお願いしますね、ルカ様~」
揉み手をしながらそそくさとその場を離れる。あんなひび割れとか、無意識のうちにどれだけ暴れたんだ私は……。
気を取り直して光の柱へと向き直った私は、その中心に何かが浮かんでいる事に気付いた。硬質な印象を与える青い石だ。手の中に握りこめるサイズのそれは透き通っていてまるでサファイアのように見える。
「あれが、魔石?」
「安定装置を解除します、下がっていてください」
そう言い残したルカが柱の裏に回り込む。こちらからは見えない位置にあったらしい何かの基盤を操作すると、シュゥゥゥンとパソコンが落ちる時のような音を立てて青い光は消えていった。
ゆっくりと落ちてきた魔石が水鏡の中心に音もなく着水する。青く見えたのは安定装置の光のせいだったらしく、実際は透明だった魔石は綺麗にカットされた六角形をしていた。
「さぁ主様、手にとり石のマスターになってください」
「う、うん」
ドキドキしながら丸いステージのようになっている石版の中心まで歩いていく。滑らかな水面が私のブーツでパシャリと跳ね上がった。
「一番最初に変化した色が、主属性になります。見逃さないように!」
ルカの声を背中に少し屈んで拾い上げた瞬間、周りの景色が一変した。
「え……」
こんにちは、手首です。今夜辺りから雪の予報が出ていますわね…どうか皆様お気をつけ下さいませ。危ないと思ったら無理しないことも英断ですわよ。
かくいうハーツイーズ城も昨夜から降り積もった雪がベランダにですね…このっ…掃除したいのですがもごご、もがっ、あぶあぶあぶ危ない、この小さな手の身体では沈むごごご、おぼぼぼぼ