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22.一気にグシャッと潰したいんだね!

 丹念に汚れを洗い落としてお風呂を出た後、私は部屋のタンスから清潔そうな白いハンカチを一枚拝借した。それを手首ちゃんの切断面にかぶせて赤いリボンで留めてあげる。うん、可愛い。


 ご機嫌な手首ちゃんはそのままタタターと走っていったかと思うと、まるで指揮をするように指を振った。すると鏡面台に置かれていたブラシがふわりと浮く。


「すごいね、それも魔法?」


 ブラシで私の髪を梳かしてくれながら、彼女はコクコクと頷くように指を上下させた。……慣れてくると案外可愛い。


 梳かし終えた彼女は張り切ってあちこちの雑用を始める。脱ぎっぱなしだった服をタライに叩き込み、曇りきっていたドレッサーの鏡をキュキュッと磨き上げ、タンスの整理をして今日買ってきた服を詰め込んでいく。


 その有能なメイドっぷりをボーっと眺めていると、扉の外でコトンと何かの音がした。顔を出すと銀のドームカバーで覆われたお皿が置かれている。開けてみるとトマトや卵が挟まれたサンドイッチが入っていた。


(美味しそ……)


 ベッドに座ってもしゃもしゃと食べていると空っぽになっていたお腹がくちくなっていく。すると現金なもので沈んでいた気持ちも少しずつ上向きになってきた。私って単純……なんて思いながら眠りにつく。でもそのくらいでちょうど良いのかな。


***


 奇妙な夢を見た。


 私はどこかの森の中を走っていて、後ろから追いかけてくる何かから必死に逃げている。振り返ればギラリと光る剣がすぐ間近まで迫っていて、私を切り捨てようと大きく振りかぶられた。


「平和のためだ、恨むなよ!」


 どうして、なんで、私なにもしてないのに。たすけておにいちゃん、死にたくないよ。


 ビュッと音がして、ぼとっと何かが落ちる音がする。立ち止まっておそるおそる腕を掲げれば、そこにあるはずの手がなかった。そして切断された右手が道に落ちていて――


***


「っ!」


 ドッと嫌な汗が吹き出るのを感じて目を覚ます。い、まのは


 動悸を何とかいなそうとしていた私だったけど、すぐ目の前に落ちている手に思わず悲鳴を上げた。


「うわぁあぁあああ!!!」


 飛び起きて手近な物でガードしようとあちこち探る。そこで自分の右手がしっかり腕に付いている事に気付いて我に返った。私の大声にびっくりしたようで手はびくぅっと跳ね起きた。あ、そうだ……手首ちゃん


「うぅ、嫌な夢みた……」


 心配するように差し出されたコップ一杯の水を飲み干すと、彼女はパタパタと朝の支度に駆けていった。いくらあんな不思議生物を目の当たりにしたからって影響されすぎだ。


 窓の外を見ればちょうど夜明け前、新しい一日が始まるところだった。大きな窓枠をキャンバスにして、白い光線が鈍色の空に帯を描き出す。ん~っと伸びをした私は立ち上がって窓を開け放った。すがすがしい風が吹き込んで気持ちがしゃっきりする。


 泣き言はこれから先いくらでも言うかもしれない、だけど一度決めたことは最後までやり遂げなきゃね!


「よしっ、魔王生活三日目がんばりますか!」


 ***


「……と、言うことで、真っ向から戦うんじゃなくて友好への道を! 魔族領の明るくクリーンなイメージアップ作戦を図りたいと思います!」


 バンッと左手を机につき、拳を握り締めた私はそう宣言した。向かい合わせに並べられた革張りの椅子にそれぞれ掛けていたラスプ・ライム・グリが目を瞬く。一番最初に口を開いたのは手前に座ったラスプだった。


「ハァ?」


 眉をひそめて口をひん曲げるという、思いっきり馬鹿にしたような顔だったけど。


 ここは執務室。幹部たちの部屋がある三階の端っこにある一室で、少人数で会議をするにはもってこいの造りになっている。大広間で昼食を終えた私は配下四人をここに召集し、ずっと温めていた考えを伝えたのだ。


「なに腑抜けたこと言ってんだ。現在進行形で勇者が攻めてきてるんだぞ? 白旗あげて降参する気か?」


 なのに開口一番これである。まぁ予想はしてたけどね。手首ちゃんが浮遊魔法『フロート』で運んできてくれた紅茶を受け取りながら私は視線を横に向けた。


「まだ時間の猶予はあるわ、そうでしょルカ」


 机の側に控えていたルカは、昨日の内にまとめておいてくれたデータをパラパラとめくる。どうやら昨日首都カイベルクに行った際、ついでに情報もいろいろ仕入れて来てくれたらしい。さすがは有能秘書。


「えぇ、勇者軍は「完全勝利は目前だ」と大々的に謳っては居ますが、その実動き出す気配はありません。どうやらこちらを一気に叩きのめすための決定打を模索している段階のようですね」

「そっかぁ、ちまちまボクたちと戦うんじゃなくて、一気にグシャッと潰したいんだね!」


 無邪気な笑顔を浮かべたライムが、渡された資料をぐしゃりと潰す。やだ、この子こわい


 その向かいでは、ソファの上でなぜか体育座りをしたグリが指をふわふわと動かしながら空中で資料をめくっていた。ん? 今気付いたけど手首ちゃんと同じ魔法だ。


「国家予算で大量に食料や武器を買い込んだ形跡もなし。確かにこっちまで遠征してくるって雰囲気ではないね」


 しかし今さらだけど、ルカはどうやってあの短時間で城の経理まで調べたんだろう……。倫理に触れるようなことをしてなきゃいいけど。細かい数字の羅列を嫌そーに見ていたラスプは、資料を押しやりながらまとめた。


「わぁーった。つまりこう言いたいんだろ? 『勇者どもが攻めてくるんなら、何かしら前兆がある』」

「正解。ラスプは頭は悪くないですよね、錆び付いてるだけであって」

「よーしルカ、表に出ろ」

皆様ごきげんよう、手首と申します

目覚めたばかりのわたくしですが、グランドマスター紗雪よりこちらのコーナーをお預かり致しました

至らぬところばかりですが、以後御見知り置きを

簡素ですが紅茶と茶菓子をご用意致しました

ふふ、皆様をおもてなしできる事がわたくしの喜びでございます

それではお時間の許す限り、どうぞごゆっくり

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