SP1.モブから見たハーツイーズ国・前編
ブクマ800御礼です
ツイッターで行ったアンケート結果を反映しました
・召しませ劇場「桃太郎」
・モブから見た魔王+幹部
・アキュイラ存命時代エピソード
・あきらがバイトする話
【モブから見た魔王+幹部】が一位。ご参加ありがとうございました
※微妙に前回のラストから繋がってます
夜も更けてきた酒場では、女性陣が華やかな盛り上がりを見せている。
そんなテーブルを片隅の卓から見つめる視線があった。少し短い栗色の髪をした青年が熱に浮かされたようにある一点をポーッと眺めているのである。
相席していた友人が顔の横で手を振ってみるが少しも反応はない。苦笑しながら声をかけると、ようやくこちらに意識が戻ってきたようだ。
「お前の熱視線で魔王様に穴が開きそうだな」
「なっ、何をっ」
ぐわっとこちらに顔を向ける相棒に、友人は先ほどから何度か持ち掛けている(そしてうわの空でスルーされた)話を持ち出した。
「お、やっと聞いてくれそうだな。次の休みバイトしねぇ? 小遣い稼ぎにちょうどいいやつ見つけたんだ」
「どんな?」
「メルスランドまで行って帰って来るだけの荷馬車護衛・日帰りツアー。ファーガー社だから支払いはしっかりしてると思うぜ」
少し逡巡した青年は、友人の提案を受けることにした。だがその前に、と、自分たちの立場を思い出させる。
「いいけど、団長の許可貰わないとな」
***
翌日、自警団の訓練メニューを一通り終えた二人は、持ち場に向かう前に団長の元へ赴いた。
演習用の武具を片付けていた団長の大きな三角耳がピクッと動く。汗を拭いながら振り返った彼は怪訝そうな顔をしながら立ち上がった。
「なんだ、居残りか?」
「ちっ、違いますよ!」
バシッと拳を打ち付ける団長に、二人してヒィッと青ざめる。
生粋のバトル好きであるこの団長さんは、とにかく戦う事に対しては愛が重い。
もっと強くなりたいと稽古を志願した団員に対して、特別メニューと称した指導に熱が入り過ぎて医務室送りにしてしまったことは自警団の中で軽く伝説になっている。
「そうじゃなくて、次の休みに護衛のバイト行ってもいいですか?」
勘違いされない内にと、友人が本題を切り出す。彼らがわざわざ許可を貰うのは理由があった。
自警団に所属している者がアルバイトをするには、団長もしくは副団長の許可が必要になってくる。まだ未熟な者が粋がって失敗しないためのルールである。
ついでに許可を貰うと、制服を着てバイトをすることが可能になり、国からほんの気持ち程度だが報酬が上乗せされる。
しっかりとした護衛だという顧客へのアピールにもなるし、地域全体の犯罪への抑止力にもつながるためだ。最近ではわざわざ自警団所属の護衛を指名してくる顧客も多いとか。
少しだけ考えるそぶりを見せた団長だったが、特に反対することもなくさらっと許可を出してくれた。
「まぁ、お前たちなら心配ないだろ。気をつけろよ」
「「はいっ」」
『バトル馬鹿』『いじられ大将』『愛すべきヘタレ』など、あまり威厳のない呼ばれ方をする団長だが、実のところ団員からはかなり慕われている。
素直ではないが、仲間の事を大切に思っているし、何よりすでに鬼の様に強いくせに、どこまでもストイックに強さを追い求めているのである。男として憧れを抱いている者も少なくない。
「後は、あのいじられ属性さえ無ければ完璧なんだけどな~」
立ち去りかけた時、友人が小声でコソッとつぶやく。聡い耳の持ち主である本人にはバッチリ聞こえたようで、背後から怒号が飛んできた。
「誰がいじられ属性だ! 許可取り消すぞテメェらッッ」
「ハハッ、逃げろ!」
二人で笑い声をあげながらダッシュで逃げる。そういうところだと指摘してやる気持ちは無かった。だって楽しいから。
***
数日後の早朝、無事許可を貰えた二人は街の南門に集合していた。予定ではここで依頼人と待ち合わせのはずだ。
自分は入団当初から愛用している槍。相方はショートソードと盾。準備万端で荷馬車に寄ると、そこで予想外の人物と鉢合わせる事となった。
「あぁ、今回の護衛はあなた達ですか?」
「ん、ええ、ルカさん?」
そこに居たのはハーツイーズの宰相にして国一番の切れ者と評判のバンパイアだった。どの角度から見ても完璧な彼は、甘いマスクで惜しげもなく微笑みを向けてみせる。
「ラスプの手ほどきを受けているあなた達なら安心ですね、よろしくお願いします」
普段あまり接触することのない高官からの激励に、二人はドギマギして言葉を失う。だが同時にビシッと姿勢を正すと元気よく返事を返した。
しかし、なぜ彼がこんなところに。まさか依頼主では無いだろうと思っていると、荷馬車の幌から中年の男性が降りてきた。どうやらそちらが今回の依頼者のようだ。
その後、簡単な挨拶を交わしてカイベルクへと向けて出発する。荷馬車の後ろから歩いてついていきながら話すのは、やはり先ほどの有名人に関してだった。
「何してたんだろうなぁ、ルカさん」
「やっぱあのウワサって本当なのかもな。あの人がファーガー社の真のボスだっていうの」
保険から護衛の手配まで貿易関係を手広くカバーする『堕天使の守護者』――通称ファーガー社。
市民の間で、まことしやかに囁かれているのが、創立したのは実はあの宰相ではないかということだった。
無くはない。もしかしたら先ほども護衛人の質を抜き打ちでチェックしに来ていたのでは……。
「いやぁ~、やっぱすごいわあの人。だって国の財政事情を一括管理して、その上会社まで経営だぜ? ありえねー」
感心を通り越して呆れたような友人の物言いに同意する。完璧超人すぎて現実味がないというか、彼に欠点は無いのだろうか?
「俺にあの才能の内の一つでもあったらなぁ」
「天が二物も三物も与える典型例だよな。不公平だー」
二人してぼやきながら、晴天の街道を歩いていく。
道中は平和な物で、食糧狙いの魔物が数匹現れたのを片手間に追っ払う。
自分たちはこのぐらい何でもなかったが、荷馬車の主人は相当にビビったようで大げさなまでに感謝をして貰えた。雇ってよかったと褒めちぎられれば悪い気はしない。
***
順調かと思われた行程だが、関所まであと少しというところでトラブルが発生した。荷馬車の右後輪が何かの紐を巻き込んでしまったのである。
十分ほどで直るからと言う主人の言葉を信じ、二人は道端に座り小休憩を挟むことにした。
「ん? おいあれ」
筒から水を呷っていた友人が、何かに気づいて丘の上に視線を上げる。見れば一本だけ生えた木の下に白髪の誰かが座り込んでいるようだった。手を庇にしながら友人は続ける。
「やべぇ、年寄りの行き倒れじゃないだろうな」
「行ってみるか」
そこまで距離も離れていないので、依頼主を置いて二人でそちらに向かう。
果たして登りきったところに居たものとは何だったのか。……そう勿体を付ける程でもない、回り込めばそこには白い死神が木の幹にもたれ眠りこけていた。
「えぇ……マジかよ」
「グリさん、何してるんスか」
人騒がせなと思いながら肩をゆすって声をかけると、パチリと目を開けた彼は数度瞬きしてから目の前の二人の男を見上げた。とろんとした表情で首を傾げる。
「あれ、寝てた」
「いくら街道に近いからって、こんなとこで寝ちゃ危険ですよ。あーもう」
バラバラと辺りに散乱している紙をかき集めて渡してやる。書き掛けの原稿を目にした友人は、お? と、声を出した。
「新作の執筆じゃないんスか?」
「うん。学童用の教科書書けってあきらに言われて」
書いていたら思いのほか吹き抜ける風が心地よく、眠ってしまったのだと言う。
実はうっかりここで一晩を明かしたのだとは知らない青年は、先日の新聞を思い出し確かめるように言ってみた。
「そうか、今度の春待ち月から正式に学校が始まるんでしたっけ」
「そー、それ」
これまで城の図書室で臨時的に行われていた教育を、きちんとカリキュラムを組んでスタートするらしい。望めば誰でも学べるとあって、期待値が高まっている。
そこで、横で聞いていた友人がニカッと笑って口を開いた。
「いいッスよね。ウチの歳の離れた弟も楽しみだって――」
「すぴー」
「って、おぉぉい」
思わずツッコミを入れるが、再度眠り込んだ死神は起きる気配を見せなかった。顔を見合わせた二人は放置する事を決めた。どうせ大丈夫だろう。心配するまでも無かった。
***
関所にたどり着く頃には、すっかり午前の仕事始めの空気になっていた。
「あぁ! もうあんなに並んでる! お二人さん、ちょっと時間かかると思うからどこかで時間を潰していてくれ」
施設が開く八時を少し過ぎていたためか、検問所には長蛇の列ができていた。荷馬車の主人は慌てたようにその最後尾へとすっ飛んでいく。
「どこかでって言ってもなぁ」
顔を見合わせた二人は、愉快な色使いの遊園地を見上げる。稼働テストの為かゴーっとアトラクションの箱が通過していった。
「お前と二人で遊園地っていうのもちょっと……」
「俺だってお断りだよ」
仕方ないのでどこかのベンチで時間を潰そうと門を潜り抜ける。するとその時、頭上から少年の声が降ってきた。
「あっ!」
いかにも『やってしまった』なニュアンスを含んだ声に顔を上げる。直後、額に何かがぶつかり衝撃のあまり背中からバッタリ倒れてしまった。カランカランと金属音が薄暗い通路に響く。
「うわぁ、ごめんっ! 大丈夫?」
「あ、どーもどーも。心配しなくてもコイツ石頭なんで」
自分のうめき声の合間に、友人のお気楽な言い分が混ざりこむ。涙でにじむ視界を開けると、心配そうな顔をした少年がこちらを覗きこんでいた。
「ライムさん……人間にカナヅチは普通に死にます」
「ホントにごめん~~!!」
***
聞けば、新アトラクションを建設中、誤って腰ポケットから工具が落ちてしまったらしい。
お詫びに貰った『手首ちゃんストラップ』を、目の前にぶら下げた青年はため息をついた。それにしても今日は、よくよく幹部に縁のある日である。
「なんだため息なんかついて、要らないなら俺にくれよ」
レーテ大橋を越え、再び護衛の任務で歩いていると、隣から友人がうらやましそうにのぞき込んできた。ぷいっと顔を背けた青年はストラップをポケットに突っ込む。
「さっき笑ったからやらん」
「悪かったって! っていうか、それそんなに粗末に扱うなよ! おまえ価値しってんのか? 初期プロトタイプの超激レア品だぞ!」
わめく友人を無視して馬車を追う。目的地まではあと少しだ。