EX6.ある酒場にて case2 秘密の女子会
今日も今日とて陽は沈む。魔導街灯がメインストリートを暖かな光で照らし出す頃、ある酒場では今日一日の疲れを癒そうと住人が集い、賑わいを見せていた。
普段は牢屋の監守長として働くダナエも例外ではない。ただ、アルコール免疫が低く、酒にめっぽう弱いと自覚のある彼女の目的は酒ではなかった。
ではショー目当てか。それも違う、この酒場は食事もそこそこにイケると評判なのだ。日刊ハーツイーズの『魔王の食い倒れコラム』で評価の高かった魚介パスタをペロリと平らげたダナエは、満たされた腹を撫でさすりながら店を後に――
「どう? どう? どうです? 海底挙式ハネムーンプラン、素敵だと思いませんか~??」
しようとした所で、この人魚姫に捕まったのだ。テーブルの向かいでキラキラとしたエメラルド色の瞳を輝かせているのは、シェル・ルサールナの一番尾ピアジェその人だった。
高級酒の配達に来た彼女は、ダナエを発見すると元いた卓に引きずり戻し、相席の許可も出さない内に自分で出した水泡クッションに腰掛けたのである。そして何かの用紙を片手に熱弁を振るい始め、今に至る。
ダナエの猫耳が神経質そうにピクピクと動く。なんでコイツはやたらとアタシに絡むんだ。そう溜息をついたリュンクスは、知らない仲でも無くなってきた人魚にこう返した。
「あのな、お前が自分の国のキャンペーンを紹介したいのはわかる。でもなんでカップル向けのプランをアタシに言うんだ? 自慢じゃないがいっちばん縁がないと思うぞ」
「あらぁ、感想を聞いてるだけであってダナエさんに勧めてるわけじゃないんですよぉ」
おっとりしたタレ目を瞬いたピアジェは、からかうようにダナエの鼻先をちょんと触る。猫の習性で思わずクンと匂いを嗅ぐと、さきほど食べた魚介パスタと似た香りがした。
「お相手が居ないんだったらぁ、わたしとハネムーンでもしてみますぅ?」
「はっ、はぁ!?」
「ふふふ、ダナエさんったら赤くなっちゃって可愛い~」
コロコロと笑い出す人魚を前にして、ダナエはテーブルにダンッと頭を打ち付ける。出会った当初から相性は悪いと思っていたが、ここ最近ますます手玉に取られているような気がする。魚のくせに、魚のくせに、猫に逆らうだなんて生意気だ。そんな憤懣をぶつけるべく、ぐぁっと顔を上げる。
「うるさいっ、恋愛なんてチャラチャラしたもんやってられっか!」
「そーですかぁ? わたしは大歓迎なんですけどねぇ」
「……」
ピアジェは人差し指を頬に当て、うーんと考えこむ仕草をする。
その「大歓迎」がどこに掛かるか分からずグッと詰まる。それは恋愛に対してなのか、それとも自分とのハネムーンとやらに対してなのか。
どこまで本気なのかよく分からない人魚に翻弄されていると、一ステージ終えたらしい踊り子が近づいてきた。うっすら汗を掻いた緑の髪をかき上げながら微笑む彼女を、周囲の客たちが眩しそうに見つめている。見とれるほどの美貌を持つカトレアは、気さくに声をかけてきた。
「ダナちゃん、ぴあちゃん、なんだか楽しそうね?」
「これのどこをどう見たら、そう見えるんだよ!?」
「カトレアさーん、今日も素敵でしたよぉ~」
ひらひらと手を振るピアジェは、自分の分を含めて三杯マスターに注文を入れる。ダナエは手渡されたジョッキがアルコールでは無いことに気づいて、奢り主をチラリと見た。散々からかうくせに、そういうところの優しさは何なのだ。
「ごちそうさま、ありがたく頂くわ」
カトレアが休憩先をここに選んだようなので、座る位置を少しずらしてやる。椅子ごと持ち上げて移動している最中に、ピアジェが先ほどの話の続きを始めようとした。
「聞いてくださいよ、ダナエさんったらですねぇ」
「色恋沙汰だったら、カトレアに聞けよなぁ。アタシじゃなくて」
余計なことを言われる前にと、ズビシッとチョップを落とす。ところが状況は二対一で劣勢だったようだ。顔を輝かせた踊り子は乗り出すように尋ねてきた。
「なになに、恋バナ?」
「うげ」
自分が最もニガテとする単語にダナエは顔を歪ませる。なぜ自分は巻き込まれているのか。踏み止まらずにとっとと帰ればよかった。そうとも知らずカトレアは頬杖をつきながら問いかけて来る。
「そういえばみんなのタイプって聞いたことなかったけど、どういった感じが好きなの?」
国一番の踊り子の発言に、酒場に居たモブたち全員の意識が一斉にこちらに向いたのを感じた。視線を向けられずとも分かる気配に、敏感なダナエはしっぽの先がビビゥッと逆立つ。
慌てて店内を見渡し、あの地獄耳の新聞記者が居ない事を確認してホッと胸を撫でおろした。いやフラグではない、来なくていい。
「そうですねぇ~、わたしはぁ~やっぱりルカさんですかね。あの才覚は我がシェル・ルサールナにぜひとも欲しいところですぅ」
ピアジェがどこかピントのズレた好意を口にする。もはやヤケクソでどーでもよくなってきたダナエは、ジョッキを傾けながら金髪吸血鬼のすかした横顔を思い浮かべた。
「ルカぁ? あんな腹に一物も二物も抱えてるようなヤツのどこが良いんだよ」
「でも、やっぱりダントツで人気あるのは彼よね。顔もいいし仕事もできる、女性の扱いにかけては一級品だし、その上、超大金持ちってウワサもあるんだから」
「まさに女の子が思い描く、理想の王子様! ですよねぇ」
普通のオンナが見る点はそんなもんなのかねぇ、と上の空で考えていたダナエだったが、次にピアジェから挙げられたタイプには脱力せざるを得なかった。
「あ、でもダナエさんなら腕っぷしの強そうな方が好きそうですよねぇ。ラスプさんなんてどうです?」
「ラスプぅぅ~~??」
赤髪の狼男が脳内に現れる。目つきの悪い仏頂面を思い浮かべると自然と鼻で笑っていた。
「ないない、あんなヘタレ。鈍感が服着て歩いてるようなヤツだぜ」
どうせ人気があるのは同性だけだろうとバカにすると、カトレアから「あら」と、否定が入った。
「知らないの? 団長さんあれで結構モテるのよ。ぶっきらぼうだけど優しいし、責任感あるから陰からお慕いしてます!って、熱烈な視線送ってるコが多いみたい。本人まるで気づいてないけど」
「ああ~! 分かります分かります、いいパパさんになりそうですよねぇ」
女子二人がキャッキャと盛り上がる中、ダナエはピクルスに頭から漬け込まれたような表情で傾いていた。
彼らとの付き合いは彼女たちより長いはずだが、そういう視点で見たことがなかったので新鮮……どころか一体誰の話なのかと真顔になってしまう。王子様? いいパパさん? 誰の話やねん。
思わず脳内でツッコミを入れていると、いきなり卓をバァン!と、叩く手が横から振り下ろされた。ぼんやりとしていたダナエは思いがけない角度からの衝撃にビクッと跳ねる。何事かと振り仰ぐと、緑の髪を三つ編みおさげにした女の子が立っていた。眼鏡を光らせた彼女は興奮したように口から泡を飛ばす。
「今! アツいのは死神さんです!」
「ちゃ、チャコ……いつからそこに」
「ダナエさん! 彼の執筆現場みたことないんですか、えげつないほどエモいんですよ! 神々しすぎて天から何かが降臨したのかと思うくらいビジュアル面で完成し切ってるんですよ!! は!? 思い出しただけで尊すぎるんですけど? 逆に腹たってきたわ!」
「ぐえ、ごえ、やめ」
普段は引っ込み思案なチャコに、襟を掴んでガクガクと前後に揺さぶられる。理不尽オブ理不尽な攻撃をなんとか止めるが、彼女の勢いは止まらない。
「想像してみてもくださいよ! 美人すぎてウェディングドレスとか着せたら似合いそうじゃないですか!?」
言われて想像する。伏せがちな長いまつ毛、色彩など余計な付加要素でしかないと言わんばかりの抜けるような白さ。射しこむ光の中で、まるで一枚の絵のようにたたずむ死神は――
「ありかもしれませんねぇ」
「白って、最強かもしれないわ」
「でかすぎるだろ」
ダナエの冷静なツッコミが、真剣に考え込む魚と踊り子を止める。身長が百九十近い男が着るにはいささかハードルが高すぎる衣装ではないだろうか。いや、おそらく着こなせはするのだろうけど、それはそれで問題な気がする。
「や~、皆さんお揃いで。女子会っすか?」
続けて軽いノリで乱入してきたのは、興奮治まらないチャコにようやく追いついた妹のコットンだった。
次々と増える女性陣に、もはや諦めモードになったダナエは隣の卓を繋げ、壁際に積んであった椅子を拝借して置いてやる。運んでいる最中、受け取ったコットンの影に佇んでいた人物を見つけると意外そうに声をかけた。
「あれ、モルじゃん」
「ちょっと、ベルデモールと呼びなさいと何度言えば分かるんですの」
彼女とは、かつて収監されていた囚人と看守の間柄だが、今となってはただの顔見知りだ。
ハーツイーズ存亡をかけたあの戦いの後、父親であるカーミラ卿との縁を切ったベルデモールは、今度は自ら推挙して二国間の親善大使となった。
尊大な態度は相変わらずだが、互いの差別や偏見をなくすため色々と頑張っているようだ。その両肩を後ろからパシッと叩き、コットンが笑顔を浮かべる。
「そうそう、モルちゃんは視察がてら、うちの店を覗きに来てくれたんっすよ」
「シェル・ルサールナもいつでも歓迎しますからね~、モルちゃんさん」
「ですから……はぁ、もういいわ」
もはや訂正することを諦めたのか、ため息をついた令嬢は腰を下ろす。人数が増えてきたのが嬉しいのか、カトレアがニコニコと笑いながら彼女に話しかけた。
「せっかくだし、モルちゃんの恋愛事情も聞きたいわ。誰か好きな人はいないの? メルスランドの貴族様とか」
「好きな人?」
その問いかけを聞いたベルデモールは、ふっと遠い目をしたかと思うと半笑いでつぶやいた。
「居ましたわー、好きなお兄様ぐらい居ましたわよー。謀反を起こしたあげく女性だったことが判明したのですけどねー……」
和やかだった酒場の中で、このテーブルにだけ急激に悲しい風が吹き抜ける。重苦しい沈黙を振り払うように、ピアジェが無理に明るい声を出した。
「あ、ははっ、すぐに新しい恋を見つけられますってぇ。えーっと、コットンさんはどうです~? どなたか気になる方とかいらっしゃいませんかぁ?」
「自分っすか?」
気まずさからの話題に動じることもなく、しばらく宙を見つめ考えていたコットンは指を立てた。
「自分は、ライム君に一票で」
意外に年下趣向なのかと全員が視線を向けると、彼女は我らがエンジニアマイスターの魅力を明るくさっぱりと語りだした。
「だって将来性ヤバくないっすか。交渉・開発・建設と多岐に渡って才能ありまくるし、明るく素直で気配りもできてコミュ力も抜群。今はひたすら可愛いですが、これが大人に成長したら――」
無敵すぎる。その場に居た残りの全員がライムの可能性に気づいて畏れをなす。下手をすれば、他の幹部も目じゃないのでは……。
「まぁ、あれよね」
そろそろ次のステージに呼ばれたカトレアが、立ち上がりながらまとめに入った。
「そんな超個性派の幹部さんたちの矢印を一心に受けるアキラちゃんは、やっぱりすごい」
その言葉に、テーブルを囲む可憐な顔たちが一斉に神妙な顔つきになっていく。その表情は純粋な尊敬というには、多少の憐憫を含んでいた。
「まぁ」コットンが口火を切り、
「すごいはすごい、ですけど」チャコが三つ編みをいじりながら言う。
「羨ましいかと言われるとぉ?」ピアジェが言葉を濁せば、
「疑問が残りますわね」ベルデモールがスパッと言い放つ。
「あれだな、一言でいえば――」そしてダナエがグラスを置き、視線を巡らせると、
顔を合わせた彼女たちの気持ちは一つだった。示し合わせたように同時に言う。
「「あの立場には、絶対になりたくない」」
一人ならまだいい。だが個性の殴り合いをする幹部たちに挟まれるのは相当の気苦労が伴うだろう。よく彼らをまとめているものだ。
ウワサをすれば何とやら。何とも言えない気分になっているところにその渦中の人物が割り込んできた。
「あれー? みんな集まっちゃってどーしたの?」
肩に専属メイドを乗せた魔王が、手を上げながらほがらかに来店する。一斉に憐れみの視線を向けた女子たちは、その腕をひっぱって強制的に席に座らせたのであった。
「え、え、なに? どうしたの?」
「アキラ、いつもお疲れさん。まぁ飲め、おごってやるから」
「魔王さんっ、わたしでよければ、いつだって気苦労を吐き出して下さいねぇぇ」
話題に事欠かない女子会の夜は更けていく。
書きたかったネタはとりあえず終えたので、ひとまず延長戦は以上とさせて頂きます。
以降はキリのいい数値に到達したらお礼SSという形で…
彼らのドタバタはまだまだ続くので、また近いうちにお会いしましょう。では!