EX5.ある酒場にて case1 オヤジーズくだまき会場
『おぉ、待っておったぞ、今日は貴殿と特別に話したいことがあってな。さぁこちらの席にずずいっと、何、遠慮することはない!』
「ゲコ、よい夜だな。何を呑むかね? おすすめは漢気ロックを芋ジュースで割ったワシ特製カクテルなのだが」
今日も今日とて陽は沈む。魔導街灯がメインストリートを暖かな光で照らし出す頃、ある酒場では今日一日の疲れを癒そうと住人が集い、賑わいを見せていた。
そんな店の軒先で男は立ち尽くしていた。普段なら一杯ひっかけてから気の合いそうな女がいれば声をかけるのだが、あいにく今日の彼を出迎えたのは誘い待ちの女ではなく鎧と蛙だった。
そう、鎧と蛙である。求める柔らかさとは正反対の二人組を見比べる。ヒクリと頬を引きつらせた男は確認するように問いかけた。
「あぁ、いい夜だな。念のため確認しておくが、俺をナンパしようってんじゃねぇよな?」
そんなことになったら向こう一週間はうなされそうだ。半歩退いた瞬間、向かって右側にかけていた鎧が意気込んで立ち上がった。机の上のグラスがガタつき大音量が店内に響き渡る。
『ナンパ! そうかこれはナンパというのか! 記者殿、ぜひとも我が輩の――』
「急用を思い出しタノデ失礼シマス」
『逃がさぬぅぅ!』
くるりと向きを反転するが、騒々しい音を立ててすっとんできた鎧に確保される。はがいじめにされたリカルドは聞き分けのない子を諭すように硬質な腕を叩いた。
「お、オーケーオーケー、一旦落ち着こうフルアーマーさんよ。新聞記者はゴシップを取材する立場であって、される側じゃないんだ」
そう言うと、これだけの騒ぎをよそに、一人ナッツをパクついていたドクから助言が飛んできた。
「ならば大人しく着席するのが一番の得策だと思うがのぅ。マスター、このつまみは美味いがちと塩気が多くないか」
「先生、酒場でそれは言わないお約束だぜ……」
まずい、ここで騒いでは確かに『あの』赤い某団長と同じ属性になってしまう。ヒエラルキー最下層、それだけはごめん被る。
いじられキャラへの転落を避けるべく、不本意ながら着席する。あぁ、どうせならあちらのテーブルが良かった。旅の途中らしい二人組の獣人女性がこちらを見てクスクス笑っている。これ以上注目される前にと、涙を呑んで身を乗り出した。
「さて、話とやらを聞こうじゃないか。この俺に話すんだ、中途半端なネタだったらどうなるか分かってるだろうな」
プレッシャーをかけて言うと、フルアーマーの背後にパッと花が咲いた気がする。鎧の癖に器用なものだ。
『おぉ、よくぞ聞いてくれた。城にゆかりのある我が輩とドク氏と記者殿はある共通点がある。そこを狙って同盟を組まないかと思ってな』
「同盟?」
見た目も種族もバラバラな三人組の共通点など、性別ぐらいではないだろうか。無言で回答を待っていると、鎧はグッと拳を握りしめ言い放った。
『そう、ナイスミドルなちょい悪オヤジ同盟である!』
卓に沈黙が流れ、店内の楽しそうなざわめきがよく聞こえる。目の前に置いてあったお冷を無言で掴んだリカルドは、立ち上がって鎧の頭の上からチョロチョロと流してやった。わけの分かってい無さそうな彼はとぼけた返しをする。
『むむ、我が輩このような返事のされ方は初めてだ。今の時代これはどのような意味を持つのだ? 『すっごく嬉しいぞ』か? それとも『期待に沿えるよう頑張ります』か?』
「答えは『頭を冷やせ、このブリキ野郎』だ。何寝ぼけたこと言ってんだ、その頭バケツにすんぞ」
「アキラ芋チップスが美味ひ」
マイペースにつまみをモシャモシャと食べ続ける蛙に、リカルドは眉をひそめた。
「おい先生、何とか言ってやれ。アンタはそっち側の人間じゃないと思ってたぞ」
「まぁ、酒の席でのくだまきにはちょうど良い話題であろう。何か害があるわけでもあるまいしワシは楽しいが」
だが意外にも蛙先生はこの状況を楽しんでいるようだった。彼から差し出されたチップスをつまみながら、イメージ戦略を得意とする新聞記者は苦言を呈する。
「あのなぁ、ナイスミドルとかちょい悪っていうのは他人に称されるものなんだよ。自称したらナイスどころか途端に痛いオッサン集団だろうが。いや待て、そもそも俺はおっさんじゃねぇ」
普段、あの魔王や子供たちに向けては『おじさん』を自称しているが、さすがにこの二人と同年代に括られるのは抵抗がある。例えるなら「あたしって老け顔だからぁ~」と、自分下げをしたら「そうだね」と、悪意なく言い返されてしまった気分である。空気を読んで頂きたい。
だがこの鎧にそれを求めるのは酷な話だったようだ。フルアーマーはテーブルに突っ伏すと駄々っ子のようにガショガショと拳を打ち付け始めた。
『イヤである! イヤである! 我が輩トリオでイケオジグループになりたいのだ~~! 紙面を飾って、キルトブランドからモデルのお仕事依頼されちゃったり、街中でサインを求められたいのである~~!』
「この冷やしトヌト美味いな」
「この国の保存技術もだいぶ進化したのう」
オヤジでは無いと言ったが、いちいち突っ込んでやるほど若くもない。適当に流した二人は新鮮にシャキッと冷えたツマミを口に運んだ。
そろそろ店内も賑やかになってきたようで、踊り子のカトレアが楽団を引き連れて登場する。薄い羽衣をまとい舞う姿に観衆が沸き立つ中、運ばれてきたワインを傾けていたリカルドは話題をすり替えた。
「まぁイケオジうんぬんはともかく、紙面に載りたいってんならいいぜ、アンタを記事にしてやるよ」
『なんと! 赤裸々な我が輩特集が組まれてしまうのか!?』
コロコロと機嫌を変える鎧は、顔もないのに表情を明るくさせる。ニヤニヤと笑ったリカルドは愛用のペンを取り出しながら補足した。
「あぁ、特に話題がない日のしょーもない穴埋め枠だけどな」
『我が輩しょんぼり……』
陰を背負う彼を放っておいて、軽くアルコールの回ってきた頭でメモ帳の一番上の部分に見出しをいくつか考えていく。
・風呂場の番台、その中身に迫る!
・生ける鎧による本格防具メンテナンス講座
・現代によみがえった鎧は、元勇者だった!?
「……そういやオッサン、何か記憶は蘇ったのか?」
自分で書いておきながら、これまで気にも留めていなかった事にリカルドは視線を上げる。
この鎧は建国メンバーの中でも初期からの最古参であり、城のトラップ部屋にパーツとして散乱していたところを魔王たちに助けられたらしい。と、以前、話のついでに聞いたことがある。だがこれまで深く掘り下げることは無かった。急激に記者としての好奇心が首をもたげる。
「記憶喪失なんて言ってはいるが、何かしら覚えてる事はあるんだろ? どの時代に生きてたとか」
「医学的には健忘症と言うのだがな」
くぴりと飲みながら反応したのはドクだけだ。当の本人はこれまでの喜怒哀楽はどこへやら、本当の鎧になってしまったかのように置き物と化してしまう。
「……おーい? フルアーマーさんよ」
シビレを切らして、手の甲でコンコンと叩くと、ハッとした鎧は動き出した。歓声が上がる店内を見回して混乱し始める。
『へぁ!? ドロシッ――おお? ん?』
「お、何か思い出したか?」
「ショック療法か。叩けばポロっと出てくるかもしれんの」
こちらもほろ酔い気分な医者から雑なお墨付きをもらい、リカルドはそこらへんに転がっていた空のビアジョッキを手に取る。取っ手を持つと豪快に脳天を連打し始めた。店内にゴイーンゴイーンと金属音が響き、ショーを楽しんでいた客たちが何事かと振り返る。
『……世界安定装置……イデルのインク壺……ヤミの種内包システム……イリスは今日も森の中……』
「ダメだ、妙な単語しか出てこねぇ」
「ちょっとちょっと、何の騒ぎ!?」
ステージで踊っていたカトレアがすっ飛んでくる。ぐわんぐわんと目を回していたフルアーマーは、その姿を認めると気さくに手をあげた。
『おぉ、ギルドマスター殿』
「え?」
『……はて?』
口走った当の本人が一番混乱しているようで、妙な間が空いた。トドメとばかりにフルスイングが決まる。
「なに言ってんだ。よう踊り子さん、邪魔して悪かったな、このポンコツは気にしないで続けてくれ」
騒がしくした張本人が言うセリフではないが、カトレアは急に顎に手をあて考え込む。ギルド……ギルド……と呟いていた彼女は、急に閃いたようで顔を上げた。
「それ……良いわ。そうよ、ギルドよ、組合よ!」
「うん?」
晴れやかな顔をした踊り子は、両手を合わせてアイデアを語りだした。
「実は私たち楽団もこの街に腰を落ち着けようと思っててね、もっと安定した仕事が無いかって考えていたの。ほら、踊り子だっていつまで続けられるか分からないでしょ?」
どの美貌がそれを言うのかとその場に居た全員が思ったが、ご機嫌な彼女はつらつらと話を続ける。
「マイスター制度はあるけど、もっと一般市民と気軽に繋げられる場所があればって思わない? 依頼のあっせん所として、専門職と民間人のお困りごとを繋げられるギルドとか作ったらどうかしら!」
「いいなそれ、詳しく聞かせてくれ!」
この新たな話題の出現に、嗅覚鋭い記者が食いつかないわけが無かった。いまだ混乱している鎧を捨て置き、聞き込み取材を開始する。
「いい施設だぜ、踊り子のアンタが看板になれば評判も呼ぶしな! こりゃ特ダネだ」
「まずはアキラちゃんに新事業の相談をしないとね。人ができるだけ集まる場所がいいから、この酒場の近くの空き店舗でも借りようかしら」
「だったら隣が空いてる。いっそ繋げちまうか」
店のマスターや客たちも興味津々でやいのやいのと話に加わる。すっかり会話の輪から外されたフルアーマーは卓につっぷし静かに泣いた。
『我が輩の特集は……?』
「ま、当面は諦める事だの」
金属板の背中に手を置いた蛙が、なぐさめるようにペタペタと叩いた。
踊り子カトレアが最強ギルマスとして名を馳せるのは、これからしばらくしての事である。