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EX1.癒着するペルソナ

 下界に抜け出た瞬間、死神はいつものようにノイズに包まれるのを感じた。

 生者の喜び・嘆き・悲しみ・嬉しさなどが混ざり合う雑念。この世界にはそんな音が満ち溢れている。死神の中にはこの雑音を極端に忌み嫌う者も居たが、彼にとってその音は心地よい物であった。複雑に織りなす感情がまるで音楽のように聞こえることがあるのだ。


(感じる、強い輝きを持った魂の気配だ)


 ふわりと移動を開始した死神は、ある地点を目指して一直線に飛び始めた。


(記念すべき千人目だし、せっかくなら大物にしよう)


 そんな彼がたどり着いたのは、荒れ果てた外観が何とも物悲しい城だった。使われなくなって久しいのだろう、周囲の地は荒れ果て、丘の上にぽつねんと建つ姿は今日の天気と相まって不気味と形容する他ない。


(以前は『ハーツイーズ領』という名前だったかな)


 急激に陰り始める空模様の下、死神はすぅっと城の中に侵入する。肉眼で見る限り誰も居ない。にも関わらず、死神はある一点を目指し迷う事なく飛んでいった。二階の大広間、その玉座に腰掛ける何者かの強い光が、死神の目を通して見えていた。

 大広間の直前まできた死神は、ふいっと急上昇して天井付近から入ることにした。向こうから姿は見えないはずだが、まれに勘が鋭い者や、死に近すぎる者には気配を察知される時がある。一応の念のためだ。


 そんなわけで天井から入った死神が目にしたのは、輝く金髪を胸の辺りまで流した一人の男だった。不遜な態度で足を組み玉座に腰掛けている。見た目はヒトに近いが、長く伸びた鋭い牙ととがった耳が人ならざるものであることを証明していた。この世界における吸血鬼だ。

 彼が今回の死者ターゲットだろうか。天井の梁に腰掛けた死神はしばし高みの見物をすることにした。よく勘違いされるのだが、死神が直接手を下すことはない。彼らは運命が下した結果を導くだけである。


 次に何が起こるのだろうとぼんやりしていた死神は、ふいに吸血鬼が肩を揺らし始めたのに気付いた。クツクツと笑う音を耳にするのと同時に死神自身も『それ』を察知する。吸血鬼は嘲る声色を隠そうともせず、揶揄の声を誰も居ない広間に朗々と響かせた。


「正面から来るとはよほどの勇敢か馬鹿なのか。無謀な者よ、名乗るがいい」


 大扉がゆっくりと開き始める。まずほっそりとした白い腕が覗き、続いて流れるような水晶色の髪の毛と淡い水色のドレスが見えて来る。扉の向こうから現れたのは、可憐という言葉がこれ以上にないほど似合う美しい少女だった。


(へぇ、こっちが死ぬのかな?)


 見るからに華奢な少女は落ち着いた歩みで進み出て来る。玉座に腰掛ける吸血鬼に笑いかけながら可愛らしく小首を傾げた。


「無礼者、誰の許可をとってその玉座に腰掛けているの? それと、人に名を尋ねるのならまず自分から名乗りなさい」


 鈴を転がすような声で紡がれる強めの言葉に、吸血鬼も死神もぎょっと目を見開いた。その隙を逃さず少女は続ける。


「あなたね? この辺りの魔族を支配しているという吸血鬼は。お山の大将気取りのところ悪いけど、魔王を騙るのはもう終わり。早々にそこから降りて非礼を詫びないと後悔することになるわよ」


 あっけに取られていた吸血鬼だったが、ここまでコケにされて笑う余裕は無かったらしい。イラついた様子で立ち上がり深紅のマントを払う。彼が右手を上げると緑の風が渦巻き始めた。


「まるで自分こそが真の魔王だとでも言いたげだな」

「あら、少しは見る目があったのかしら。その通りよ」


 対する少女も両手を水平に広げる。青く静寂な光が降り始め、彼女の水晶色の髪を照らし出した。


「我こそが真の魔王、アキュイラ・エンデ。ひれ伏しなさい」

「ほざけ」


 尋常ではない二つの魔力がぶつかり合い、チリチリと肌の表面を焦がすように空気が震える。死神は少女の横顔が少し青ざめていることに気づいた。必死に押し殺しては居るが微かに震えても居る。


(魔力は互角……やや吸血鬼の方が強いか。二人とも攻撃魔法の展開を裏で終えていて、お互いそれに気づいている。相当な手練れであることは間違いない)


 張り詰める緊張感は、きっかけを待っていた。戦いの火ぶたを切る合図を、双方探っているのだ。

 観客に徹していた死神が、手でも一つ叩いてやろうかと思ったその瞬間、窓の外で稲光が落ちた。


「!」


 光がさく裂し、轟音とほぼ同時に室内で風と氷が吹き荒れる。余波で梁から落ちそうになった死神は何とか堪えよじ登った。見下ろせば大広間は一瞬にしてブリザードの吹き荒れる大荒れの天候になっていた。


「わぁ、やるなー」


 どうせ聞こえていないだろうと素の称賛が漏れる。つまりそれほどまでに対峙する二人は真剣な命の取り合いをしていた。真空の刃が少女のドレスの裾を切り裂き、鋭利な氷が吸血鬼の喉元に迫る。


「小賢しい!」


 凶悪な笑みを浮かべた吸血鬼が身体能力の高さを活かし少女に肉薄する。鋭くとがった爪を彼女の首筋にあてがいピタリと止まった。


「口ほどにもない。その程度か?」

「……」


 かすったのか、少女の喉元から赤い線が流れ落ちドレスに染みを作る。妖艶に微笑んだ吸血鬼は、その血を空いている方の手ですくい取ると口に運んだ。


「悪くない、存分に吸いつくしてやろう」

「うっ……」


 そして首から肩にかけて噛みつき、ここからでも見てわかるほどに喉を鳴らして吸い上げ始めた。

 決まったか。死神は鎌を取り出そうとする。千人目の魂はどうやらあの少女のようだ。


 ところが、吸血鬼に異変が起こった。目を見開いたかと思うと急に少女を突き飛ばし、腰を折って激しく咳き込み始めたのだ。


「グッ、カハッ!! なん……っ」


 男は信じられないような顔で目の前の少女を見上げる。青ざめた少女は肩口に手を当てると治癒の魔導を施しながら言った。


「魔術で血液中に毒を仕込んでおいたの。バンパイアと言えど半日は痺れて動けなくなるはずよ」


 死神は音を鳴らさないように口笛を吹いた。そんなことをすれば少女もタダでは済まないだろうに、何とも無茶なことをするものだ。


「わたしに闇魔導に耐性があるからできたことだけど、効いてよかった」


 可愛らしく微笑んだ勝者は、氷の魔導を発動させ吸血鬼を空中に縫い留める。磔にされた男は憎々し気に見下ろし未だ血のしたたる歯をギリギリと噛みしめる。もし彼が視線だけで殺せるなら少女はとっくに死んでいたであろう表情だ。


「下等なニンゲン風情がこの俺になんという仕打ちを! 屈辱だ、今すぐ殺せ!」

「残念ですがそうはいきません」


 流れが変わった。死神はそれまでどちらに転ぶか分からなかった死亡予知が、急激に消え去っていくのを感じた。一瞬怪訝そうな顔をするが、少女の意図するところを察して拍子抜けしたように肩を落とす。魔王アキュイラはきちんと前で手を重ね、その意図を大らかに申し出た。


「わたしはこれからこの地を治め、魔族を率いて人間領へ侵攻します。あなたにはその右腕になってほしい」

「……」

「『そこ』の死神さんも」


 急に呼びかけられ、ついていた頬杖からずるっと落ちる。んーっと渋い顔をしていた死神だったが、梁からふわりと離れると姿を現すことにした。


「気づいてたの?」

「えぇ、最初から」


 トッと着地する。その言葉がどこまで真実だったかは分からないが、死神は困ったように頭を掻いた。


「あのさ、俺は死神だよ。世界征服の役に立つとは思えないんだけど、そんなのでも魔王サマは勧誘するの?」


 おかしそうにクスクスと笑った少女は、遠浅色の瞳を細めてこう返してきた。


「死神なのにずいぶんとのんびりした喋り方をするのね。役に立つとか立たないじゃないの。わたしが仲間にしたいと思っただけ。何なら見届けるだけでもいい」


 その瞳を見つめ返した時、死神は何か言い知れぬ影が彼女の魂にまとわりついている事に気づいた。寿命読みは得意では無かったが、彼女は遠からず……。


「そしていつかわたしが死ぬとき、魂を導いて欲しい」


 覚悟を決めた者にしか出せない声が広間に響く。

 逡巡するふりをした死神は、まぁいいかと短く返した。どの道、数年はかからないだろうし久遠の時を生きる死神にとってその程度の年月は誤差でしかない。


 まさかその数年が結果的に数百年単位になってしまうとも知らず、死神は気軽に右手を差し出した。


「まぁ、暇だし付き合ってあげてもいいよ」

「嬉しいわ。名前は?」

「好きに呼んで、多分発音できないから」

「じゃあ死神だからグリム・リーパー……グリね」


 安直すぎる呼び名に何とも言えない気持ちがこみ上げてくるが、苦言を申し立てるほどにはこの時はまだ感情が富んでいなかった。魔王アキュイラは続けて吸血鬼を見上げる。


「さて、そちらの吸血鬼さんはどうかしら。名乗って貰えないみたいだし、このままだと好きに呼ぶわよ。そうね、バンパイアだから――」


 ひどいネーミングセンスに恐れをなしたのか、吸血鬼は一瞬グッと詰まった後、諦めたように重たい溜息をついた。次に顔を上げたとき、そこに先ほどまでの横暴さはカケラも見当たらなくなっていた。馬鹿丁寧な口調でへりくだるようにしゃべり出す。


「かしこまりました、魔王アキュイラ様。これまでの非礼を詫び、今この瞬間より貴女様の忠実なるしもべとなることを誓いましょう。リュカリウスと申します、いかようにもお呼びください」

「そう、リュカリウス。よろしくね」


 にこやかに笑うアキュイラに、同じだけ笑みを返すリュカリウス。見目麗しい組み合わせなのにどこか寒々しいものを感じるのは気のせいではないだろう。


 ふと、吸血鬼と目が合う。慇懃すぎる態度とは裏腹にその魂は猛り狂っていた。形式的な挨拶をかわし、死神グリはあさっての方向を向いた。


(たぶんこの吸血鬼、下剋上狙ってるな……)



 ***



 結果的に、その下剋上は叶わぬままアキュイラは旅立った。


「んぁ?」


 意識が浮上したグリは、ソファの上で身じろぎしながら寝返りを打つ。


(懐かしい夢を見たな……)


 まだぼんやりとする意識の中、ふと視線を上げるとデスクで書き物をしていたらしい吸血鬼と目があった。あの時から少しも老けない彼は眉間にシワを寄せて嫌味ったらしく口を開く。


「ようやく目覚めましたか。永遠の眠りにでもついたのかと思いましたよ」

「はよー、いま何時?」

「貴方がこれ見よがしに昼寝を始めてきっちり四時間ってところですね」


 苛立ちをぶつけるかのごとく、ルカは判子を何かの書類にやや力を込めてダンッと押す。ようやく身を起こしたグリはまだ夢見心地のまま呟いた。


「髪……」

「はい?」

「昔、髪長かったよね」


 突然何を言い出すのかと怪訝そうな顔をする吸血鬼は、持っていたペンからインクが滴り落ちたのに気づいて壺に戻した。


「そんな時もありましたね、それが?」

「夢を見たんだ、アキュイラがこの城に来た頃の」


 窓から差し込む茜色の斜陽が、まぶたを閉じても感じられる。

 多くを語らずとも、同じように出会いの場が脳裏によみがえったのだろう。ルカは過去に想いを馳せるように穏やかな声を出した。


「……。不思議な縁ですね、あなたとも」


 その時、執務室の外がにわかに騒がしくなり誰かが扉を開けて飛び込んでくる。


「あははははっ、ねぇねぇ見てよ。アキラ様がねーっ」

「ライムーッ!! ちょっと待ってホントにそれお願い!」

「待てやクソガキィ!」


 慌ただしくやってきたライムが何かの紙を手にローテーブルの上を飛び越えて来る。それを捕まえようとラスプが飛びつくが、瞬時にゲル化した少年は見事にテーブルの下をすり抜け、笑い転げながら再び走り去って行った。


「逃がすか!」


 追いかけっこは再び場外へと飛び出していく。一歩遅れたあきらは氷のような視線に気が付いたらしくビクリと肩を強ばらせた。ひきつった笑顔を浮かべながら振り返る。


「あー、えっと……ご苦労サマ?」

「私に仕事を押し付けて楽しく鬼ごっこですか? 主様」


 デスクワークが溜まっているのは何も宰相だけではない。目を泳がせた国王は一瞬考えた後、長い黒髪をひるがえして逃げ出した。


「なるほど、本当の鬼の恐怖を味わいたいと」


 デスクから立ち上がった鬼――もとい吸血鬼は凝り固まった身体をほぐすように肩を回す。グリはその背中に向けて一つ尋ねてみることにした。


「ねぇルカ。あの時被った仮面はこれからも被り続けるの?」


 扉枠を出かけた足が止まる。振り返りはしなかったが、横顔からのぞく口元が少しだけ弧を描いたのが見えた。


「不思議なもので、これだけ長い間仮面を着けていると同化してほぼ自分の物になってしまうんですよ。この口調も態度も、今では立派なリュカリウスの一部です」

「ふぅん?」

「でもまぁ」


 振り向いた青い瞳に本来の赤色が混ざりこんだように見えたのは、窓からの陽光のせいだろうか。


「本来の『俺』を知っている死神が一人居るのも、悪くない」

「……」

「と、思っていますよ」


 ニコ、と人好きのする笑みを浮かべたルカは、魔王を捕まえるべく出て行った。


 一人残された死神は再び惰眠を貪ろうとソファに背を預ける。その口元は微かに笑みを浮かべていた。


 室内に置き時計の規則正しい音が響く。


 コチ、コチ、コチ……。

延長戦スタートです。色んなキャラにスポットを当てて、なるべくたくさん書いて行きたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルカの本性! 本性出ると一人称変わるのめっちゃ好きなんですが、誰かわかって(( グリのブレない感じめっちゃ好きだし、ラスプは一体何をやってるんだwww 一人一人にスポット当たってるのめ…
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