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186.レーテ国境の奇跡

 もし、もしも、私の身体が本当にその魔導人形なら、この今にも爆発しそうな魔力を自分の内に取り込めるんじゃ?


 淡い希望を理性が全力で止めに掛かる。無理に決まってる。こんな私の体積の何千倍、何万倍ものエネルギーにどうやって立ち向かう気だ。先ほどのルシアンみたいになりたいのか、一瞬で蒸発したじゃないかと。


「あ……ぁ……」


 迷う私は両手を握りしめる。その時、胸元からカサリと言う音が聞こえた。震える手でそれを取り出す。


(これは)


 今朝、お守り代わりに突っ込んできた写真だった。まだ、国を起ち上げたばかりの時に撮った、押し合いへし合いをして倒れ込んでしまった集合写真。みんな泥だらけで、大きく口を開けて涙を流すくらい笑ってる。写真が引き金になったのか、これまでの思い出が走馬灯のごとく次々と蘇る。


 そうだ、この写真を撮った後にピアジェと出会ったんだ。彼女に連れられて訪れた深海の街シェル・ルサールナは夢の様にきれいだった。

 わーむ君がこの写真に居ないのは、この時マンドラゴルァに襲われていたからだっけ。今度はちゃんと一緒に集合写真を撮ってあげたいな。

 フルアーマーさんが頭の部分を外して小脇に抱えている。こんな泥だらけ血まみれでお風呂に入ったらきっと怒られるんだろうな。それでその後、笑いながらせっけんを手渡してくれるんだ。


 あぁ、この時は本当に何もなかった。そこから一つずつみんなで作り上げていったんだ。


 通りの酒場は夜店先を通りかかると無条件に引きずり込まれるのだ。歌うピアジェとそれに合わせて踊るカトレアちゃんを見て大盛り上がりして、しこたま飲んで帰ったらルカに怒られるのがいつものパターン。

 街外れに施設が作りかけで止まってる。ワイバーン君たちの発着場があると良いって住民から提案があって、ライムが建設していたんだ。ステラの飛行訓練にもいいからって。

 チャコとコットンが新作の衣装を作ってきてくれる約束だ。前にそれで即興の演劇をしたこともあったっけ。ダナエがフリフリのドレスを着せられて憤慨してたなぁ。すかさず写真を撮ったリカルドが翌日の朝刊に載せて、あの時の彼女の大荒れったらなかった。

 手首ちゃんが作ってくれたクッキーが食べたい。美味しい紅茶と一緒に、二人でまたお茶会をしながらまったり午後を過ごすのだ。


 とめどなく溢れでてくる思い出は尽きることを知らない。写真を抱きしめてギュッと目を瞑る。


(私が守りたい光景。何よりも大切な居場所)


 ――わたしにとっての存在証明は生きた時間の長さじゃない。どれだけ納得できる生き方をしたかなの


 アキュイラ様の声がよみがえる。手にしていた心のピースが、パチンとはまった音がした。


 パッと振り向いた私は自然と笑っていた。こんな状況でも笑った私に意をつかれたのか、全員怪訝そうな顔をしている。


「みんな、今までありがとう。私は作られた存在だったけど、みんなと居た時間だけは本物だって言えるから。みんなが、私たちの国が大切だから、だから――」


 恐れはなかった。この人たちの為ならなんだって出来る気がする!


「やってみるね!」


 誰かが制止する声が聞こえた。だけどその時にはもう、私は思いっきり踏み切って飛び出していた。両手を広げて、綺麗で真っ白な光のエネルギー体の中に飛び込んでいく……。


(そうだ、今の私は腹ぺこの飢餓状態。このエネルギーたちを食べてしまえばいい。ほら、綿あめみたいにおいしそうに見えてきた)


 すぐさま強烈な光の渦に巻き込まれる。目を開けているのか閉じているのかすら分からない。私は自分がスポンジになったイメージで周りのエネルギーをぐんぐん吸収していった。光の洪水の中では自分の鼻先さえ見えなくて、意識だけの存在となってしまったかのようだ。


(もっと、もっと!)


 グンッと上部に引っ張られる感覚がする。溶鉱炉の上に設置された発射台に移動しているらしい。早く、少しでも消費して威力を削がなきゃ!


 がむしゃらに記憶をひっぱり出した私は、アキュイラ様のネクロマンシーの秘術を発動させた。人体構築が怪我をして倒れていた人たちの身体をみるみる内に再生していく。あっちも、こっちも。グリの背中の傷がふさがる。ラスプのちぎれたしっぽが元通りに生える。


(ダメだ、こんなんじゃ全然使いきれない)


 焦った私は意識をこの大陸全土に広げた。どんな原理かは分からないけど手に取るように隅々まで見渡せる。今回の騒動で道に倒れ伏している人たちを片っ端から癒していく。すでに事切れている人以外は気力次第で何とかなるだろうか。


(――!)


 えぇい、あと魔力を消費できることってなに!? 気づけば私の意識はどこかに向かって撃ちだされていた。


 空をグングンと飛びながら、手あたり次第に大地にエネルギーを振り注ぐ。季節は冬に向かうと言うのに花が咲き誇り、虹色の筆でサーっとひと塗りしたように色が広がっていった。


 ……そこまで気力を全集中させていた私は、ぷつりと糸が切れた。もはや自分が誰だったのか、何をしてこんな状況になっているのかすら吹き飛んでしまう。


 ただただ、何か大切な想いを護るため、魔力を世界に発散させるだけの概念となる。ぐるりと回転する世界の中で、青く澄んだ高い空の色が網膜に焼き付く。




 ふと、その中に水晶色の髪をなびかせた可憐な少女が見えた気がした。彼女は遠浅の瞳いっぱいに感謝の色を浮かべ、こちらに手を差し伸べる。


 ここまで本当によくやってくれました、今までお疲れ様。そう、言っているような気がした。


 アキュイラ様。私、うまくやれたでしょうか?


 微笑み返しながら、そのしなやかな手に指先を伸ばす。触れた瞬間、世界は白んでいき何も見えなくなる。


 それでも私は妙な満足感で満たされていた。



 ありがとう。


 ありがとう……みんな。


 元気でね。



 ***



 後に『レーテ国境の奇跡』と呼ばれる魔王による開花は、クーデター阻止の象徴として紙面を鮮やかに彩ることになる。


 しかし今この瞬間は、誰も当人の行方が分からずその光景を城の屋上から眺める事しかできなかった。


 風が魔力胞子と花びらを巻き込んで流れていく。


 だがこれだけは言えるだろう。二国を巻き込んだ騒動は、ようやくここに一つの終着点を見出したのである。


 リカルド・ユーバー

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