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184.まずはお茶でも飲みながら

 冷めた目でこちらを見降ろしていたサイードは、やがて肩をすくめるとやれやれと小さく呟いた。


「これではまるで私の方が魔王のようだな。だがこれが現実」


 水気でも払うかのように魔力を手からピッと振ると、再び背を向けて階段を登り始めてしまう。


「そこまで痛めつければ、あとはオートで充分だろう。殺せ」


 端的な命令に、再び自動で動き出した騎士たちが迫りくる。私はザッと足元を踏みしめて指示を出した。


「迎え撃って! 手加減はしなくていい!」


 もはや歩くことすら困難であろう重傷なのに、三人は駆けだした。最後の力を振り絞り乱闘が始まる。


 ルカの左肩を剣が貫通する。グリっとひねられうめき声を上げながらも吸血鬼は相手の喉元を爪で突き刺す。


 避け損ね切断されたラスプのしっぽが宙を舞う。それが地に着くか否かの電光石火で、狼男は容赦ない膝蹴りを相手のみぞおちに叩き込んだ。


 グリのコートはぐっしょりと血で濡れ真紅色になっていた。赤く染まった死神は鎌を振るい、逃げ遅れた手や足を軽々と切断していく。


 地獄だった。ギュっと目をつむった私はしゃがみこんで、そんな外界の情報を出来る限りシャットアウトする。そうして自分の内部を探る。


「……」


 求めているものは本当にごく僅かだった。飲み終わった後のワイングラスのように底にほんのちょっぴり残っているだけの。これを飲み干してしまったら私は、もう


(構わない!)


 手のひらを地面に当てて集中する。その恰好が絶望しているように見えたのか、小ばかにしたようなサイードの声が届いた。


「何だ、降伏の準備か?」


 ようやく土の中の『それ』を探り当てた私は、心の手でギュッと掴む。閉じていたまぶたを開けると、敵将がまさに最後の一段に足をかけているところだった。周囲の喧噪がスイッチを切ったかのように途切れる。ニッと笑った私は軽い調子で問いかけた。


「蔦を操れるのが自分だけだとでも思った?」


 一瞬考えた彼女が大きく目を見開く。側にいたルシアン含めて彼らが動く前に、私はギリギリまで抑え込んでいた残りの全魔力を解放した。土属性のシンボルカラーである黄金色の光がぶわりと噴き出す。


「いっけぇぇぇ!!」


 電光石火。目にも止まらぬスピードで成長した蔦が敵の両手足を捕縛した。ルシアンは聖剣で二、三度叩き落としたけれど次の蔦で捕まえる。ほぼ同時に、最後まで残っていた騎士がドサリと崩れ落ちる音がした。


「くッ、この!」


 なんとか蔦から逃れようとするサイードと抵抗しながら、私は流れ落ちる汗を拭いもせず語り掛けた。


「ねぇサイード、私はあなたが思っているより自分勝手で、したたかだと思う。責任を投げ出して逃げようとしたこともあった。それでも抗うのは、私の居場所を守りたいから、ただそれだけ」


 どう足掻いても拘束から逃れられないと判断したのか、暴れるのを止めた彼女はこちらを睨みつける。ただでさえ少なかった私の魔力もジリ貧だ。あと一分も持たないだろう。だけど、その貴重な時間を割いてでも私は伝えたい事があった。


「今ならまだ踏み止まれる。ウチの国と水面下でやりあったあなたの確かな才能を途絶えさせるのは惜しい」


 そこで初めてサイードの表情が揺れ動いた。動揺したかのようにわずかな怯えが見て取れる。


 立ち上がった私はふらつく足を踏ん張りながらそちらに歩み出した。まずい、貧血みたいにフラフラする。だけどここで倒れるわけには――


「ここからやりなおしてみない? あー、城の庭を手入れしてくれる庭師を探していたところなの。まずはお茶でも飲みながら話をしましょうか。分かり合うための第一歩として」


 魔導人形は魔力で動く。生命を維持するための魔力が底を尽きて、内臓をギチギチと絞られているかのような激痛が襲う。吐く息さえ苦しかったけど、声が届くよう精いっぱい振り絞る。


「あなたのことが知りたい。どんな苦悩を抱えて生きてきたのか教えて。我が国はいつだって優秀な人材を求めているんだから」


 そういって差し出した手は割と本心だった。

 すべてをゆるそう。

 ここから始まることだって、きっとある。


 血に濡れた屋上に秋の冷たい風が吹く。ゴウゴウと微かな音をたてる溶鉱炉の前でうなだれていたサイードは、しばらく動かなかった。


 誰もが動向を見守る中、やがて目を開けた彼女は穏やかな微笑みを浮かべながら口を開いた。











「絶対に、お断りだ」


 その手に握り締めていた魔水晶が足元に落とされる。一点集中で権限を奪い返したのか、彼女の左脚を捕まえていた蔦が私の制御下から離れしゅるりと解けてしまった。


「しまっ……」


 コッという硬い音が響く、サイードが最高に最悪なタイミングで、魔水晶を後ろ足で蹴り上げたのだ。


 そこから先の出来事はスローモーションのようだった。ポーンと宙高く飛んだ火種は、灼熱の溶鉱炉の真上で一度キラリと光る。だがそれも実際には一秒にも満たない時間だったのだろう、支える物のない物体は自由落下を始め、クルクルと回転しながら落ちていく。


 私は無駄とは知りつつも駆け出していた。叫び声を上げながら到底とどかないような距離に手を伸ばす。ダメだ、蔦を伸ばそうにも魔力がもう無い、みんなも立ち上がれないほど重傷だ。何か、何か手は――


「!」


 突然、私の耳元を掠めて何かが後方からビシュッと発射された。黒いロープだ、先端に白い何かがついている。しゅるるると伸びたそれは、落下していく魔水晶の近くまで飛ぶとまるで投網のようにパッと開いた。魔水晶をしっかりと捕まえたかと思うとすぐに巻き戻され、再び私の後方へと飛んでいく。火種をパシッと捕まえたその人物はVサインをしながら可愛くウィンクを決めてみせた。


「ナイスキャーッチ! トリモチ君スパイダーネット、作って大正解だったね!」

「ライム!」


 オモチャのピストルを手に笑う少年は、ケンケン跳びになりながらもこちらにやってきて水晶を渡してくれる。


「兄ぃたちばっかりイイとこ持ってかれちゃたまんないからね」


 その姿を見て、ルカ達三人は張り詰めていた糸が切れたようにその場にばったりと倒れ込んだ。


「調子のいいこと言いやがって……」

「よくやりました、ライム」

「全部持ってかれた感がすごい」


 火種になるはずだった魔水晶の重みを確かめた私は、ようやく息をついてへなへなと座り込んだ。良かった……本当に危機一髪のところだった。



 その後、予定発射時刻の正午を過ぎたけど、エネルギー不足の魔焦鏡はとうぜん不発で終わった。


 どこに隠れていたのか、カメラを構えたリカルドがバシャバシャやりながらカメラのレンズをある一点に向ける。その先では捕縛されたサイードが悔しそうに顔を背けていた。


 街中から正気の騎士さんたちも応援に来てくれて、ようやく事態は収束に向かいつつあった。リヒター王がサイードの前に立ちながら悲しそうに言葉を向ける。


「サイード、そなたがこの国を強くしようと想う気持ちはわかる。だがそこには思いやりが足りない、他種族に対する優しさが――」

「どの口がそれを言うのか」


 キッとにらみ付ける彼女は、ほとんど泣き出しそうな表情をしていた。怒りのあまりブルブルと震えながらサイードは言葉を失うリヒター王に向かって叩きつける。


「あなただって、半年前まで『王としては』反魔族だったくせに。手のひらを返したように魔族魔族と。私は被害者だ、あなたに振り回された歴史の敗北者なのだ」


 悲痛な声で、誰も幸せになれない言葉を吐く。間違ってない、彼女の主張も一理あるものだ。リヒター王はため息をつき、騎士たちに短く命令を出した。


「塔に連れて行き、幽閉せよ」


 ようやく、私たちを苦しめていた黒幕は表舞台から退場することとなった。最後にすれ違う時、彼女はこちらを見ようともしなかった。私は何とも言えない気持ちでその背中を見送る。


「やれやれ、トップとはつらいものよのぅ」


 ゆっくりと隣にやってきたリヒター王が、ずいぶんと老け込んだような声で話しかけてくる。あれだけ聡明な光を宿していた緑のまなざしは、すっかり落ち窪んで色を失ったように感じられた。


「いっそ引退して、私もそちらの国でのんびりと畑でも耕して過ごしたいものだが、そうもいかぬ」

「働き手ならいつでも募集中ですけどね。でもリヒター王はだめです、役割をちゃんと果たしてからにして下さい」


 雰囲気を変えようと、私は茶目っ気たっぷりに言い返す。人差し指を立てて、覗き込むように見上げた。


「まだまだ、ウチの国との友好のために働いてもらいますよ。王冠、贈って下さる約束ですよね?」


 つられるように笑った王様の瞳に少しだけ輝きが戻る。あごひげを撫でた彼は思いがけない言葉を言った。


「魔王殿は、常に未来を語るのだな」


 常に未来を? うーん、意識してなかったけど、言われてみればそうなのかな。むりやりにでも未来に約束を取り付けることで、そこまでは保障されるわけだし。


「主様、お身体は差し障りありませんか」


 そうやって生き長らえさせた一人が、びっこを引きながらこちらにやってくる。こちらの手を取ったルカは真剣な顔をして覗き込んできた。


「あれだけ無茶な魔導はお控えくださいと申し上げたではないですか、貴女に何かあったら私はどう生きて行けばよいのですか」

「問答無用で吸血していった人のセリフじゃなくない? それ」


 振り払うのも面倒くさくて半目になって言い返す。割合的にはあれで結構もっていかれているのだ。するとルカは無駄にカッコいいポーズで頭を抑えた。


「そこはほら、やはり決戦という場には私のような華やかなナイトが必要だと判断したまでで」

「ケッ、てめーなんざ地下牢でお留守番してりゃ良かったんだ」


 座り込んだまま毒づくラスプをガン無視して、吸血鬼はこちらを引き寄せた。


「さぁ帰りましょう! 我らの愛の巣へ、そして手っ取り早く永久に添い遂げる契りを今夜にでも――」

「何勝手な事いってんだテメェーッッ!!」

「ねーねーっ、お祝い開こうよ! 一週間ぐらいみんなでお城でパーッとさ!」


 なんだかこんなやりとりも久しぶりな気がして、私は軽くにじむ涙を拭いながら声を立てて笑った。


 手の平をそっと開いて、取り戻した魔水晶を見つめる。これを吸収すれば、私の魔力枯渇問題もひとまずは何とかなりそうだ。手首ちゃんも復活させられる。みんなを呼び戻して平和な日常が戻ってくる……。


「グリ? どうかした?」


 ふと、けわしい顔をする死神が視界に入り声をかける。彼はみんなとのじゃれ合いにも加わらずにジッとハーツイーズの方角を見ていた。その口からぼそりと不穏な言葉が漏れ出る。


「消えてない……」

「え?」

「ハーツイーズ全域の死相が、さっきより悪化してる」


 どういう事かと問いかけようとしたその時、離れたところから鋭い悲鳴が上がった。

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