183.召しませ我らが魔王様
空気が震えるような雄叫びを上げながら、騎士たちが突撃してくる。怒濤の勢いと足元に絡みつく蔦に怯みながらも私たちは迎え撃った。
「エリック様は王たちを守っていて下さい!」
私が後方に叫ぶと同時に、ラスプ、グリ、ルカが三方向に散開する。魔族は人間よりはるかに強い。特に幹部でもある彼らは一騎当千の強さで応戦する。……だけど多勢に無勢だ。数人を昏倒させたところで次から次へとやってくる。いつすり抜けてこちらに襲い掛かって来るか分からない。
その間も蔦たちが足首を捕まえようとウネウネ這い寄ってくるので、私はジャンプしながら避けた。ふと、鼻で笑われたような気がして視線を上げた。見下したような一瞥を残してサイードが投入口への階段を登っていく。いけないっ
「まっ、待ってよ! これだけは言わせてっ、民衆は何も考えていない無能の集団なんかじゃ無い!」
乱戦の最中、引き留めるために破れかぶれで叫ぶ。ぴくりと動きを止めたサイードはこちらを振り向いた。私は続ける。
「あなたが丸め込めると思うのは勝手だけど、彼らだってきちんと考えている。現に私がここまでたどり着けたのだって、みんなが信じてくれたから……!」
「またそれか? お前は、信じるという綺麗ごとでいくつ願望を押し付けた?」
冷たい一言にハッとする。いつだったかルカにも言われた言葉だ。
「っ!」
一瞬の油断が隙を生んだ。思わず立ち止まった私の手足を、すかさず伸びてきた蔦が拘束する。しまった!
「んんん、このっ」
グギギギとひっぱるもガッチリと絡みついた蔦はびくともしない。そんな私をよそに、サイードは両手の指先に黄色い光を灯らせ、まるで指揮でもするかのように手を振った。一斉に伸びた蔦たちが今度は騎士たちの四肢に絡みつく。
「ここらで少し、実力差を見せようか」
ガクリと、吊り下げられるような体勢になった騎士たちは、完全にサイードの操り人形となった。気味が悪くなるほど同じ動きをする彼らが隊列を組み、一斉にクンッと首をおかしな方向に傾ける。聖剣を握った彼らはそれまでより統率された動きで攻撃を開始した。
「みんな!」
それぞれ初撃を避けるか受け止めるかをしたところで、第二波が襲い来る。背後で操る敵将がクスクスと笑いながらこちらを追い込んでくる。じりじりと押され始めた三人は攻撃を受け止めながら捕らえられている私の方を背にして寄ってきた。拘束を解く余裕すらない。金属同士がぶつかり合う耳障りな音があちこちから聞こえてくる。早く、早く抜け出さないと――
「アキラ!」
その時だった、耳をピクリと動かしたラスプがバッとこちらを振り向く。
「えっ……」
気配を感じた私は左後方を振り仰いだ。いつの間に回り込んでいたのか、背後から迫っていた一人の騎士がこちらに向かって剣を振り下ろすところだった。真上にある太陽の陽光を反射してギリと目を射る。
「ひっ!」
すぐ間近を白い何かがヒュンッと通り過ぎた。タックルをしたグリが襲撃者を吹っ飛ばしてくれたのだ。少し離れたところでドサッともろとも落ちる音がする。だけど、グリが持ち場を離れてしまった事でそれまでなんとかせき止めていた前線が崩れてしまった。カバーしようと残りの二人が動くものの、それぞれ数の暴力で囲まれてしまう。二人の腕や足、見えている皮膚の部分に少しずつ赤い線が増えていく。
ドサリという音がすぐ横で響く。身体を固くした私はそちらを見下ろして目を見開いた。
「グリ……」
死神は、背中をバッサリと斜めにやられていた。じわじわと滲みだす血が無垢な白を赤に染めていく。視界がにじみ出すのと同時に、前方の二人も倒れ伏す音が聞こえる。
「あ……」
カチカチという音がどこからか聞こえて、それが自分の歯の根が噛み合わない音だと少し遅れて気づく。なんで、どうしてこんなことに。私が捕まったからだ。攻撃の手を止めたサイードは満足げに微笑むと語り掛けて来た。
「造作もないね。これが君と私の差。やはり君は王の器足り得ない。なぜだか分かるかい?」
何とか声を出そうとするもの、ひゅうひゅうとヘンな息しか出てこない。私が、私のせいで
「そこの魔族どもは人間を殺さないようにと力をセーブしていた。そう、こんな局面でも甘ちょろい、君の教えが彼らを殺したんだ。大義のためなら向かってくる騎士たちを殺せと命令すべきだったんだよ。私が君の立場ならそうした。それができない君はやはり王の器ではない」
私はこれまで絶望なんてした事なかった。へこんでる時間がもったいなかったし、それにどんなにつらい状況でも「なんとかなる」と、思い込めば割りと上手くいくと知っていたから突き進んでこれたのだ。
(だけど……この状況は、もう)
涙が勝手に頬を流れ落ちる。私の選択がみんなを滅ぼした。あぁだめ、そんなことを思ったらホントにそうなっちゃう。しっかりしろあきら。どんなに苦しくてもツラくても、希望を――
「ごめ、……めんなさっ……」
気づけば私は早口で謝罪の言葉を繰り返していた。何て無力なんだろう。涙があとからあとから流れ落ちて止まらない。一瞬目を見開いたサイードは、勝ち誇ったように笑い出した。
「ハハハッ!! ついに本性を出したな魔王! いや、お前は王などではなく結局ただの女だったというわけだ、追い詰められると感情的に泣くしかできないお飾り女だ!」
胸が切り裂かれるように痛む。もう意味をなしていない視界をギュっと固く閉ざそうとうなだれる。心に灯る光が、ふっと消えた……。
先ほどまであんなに暴れていた騎士たちは静まり返っている。その時だった。
「ごちゃごちゃうるせぇな」
壮絶に不機嫌な声が耳に届く。のろのろとまぶたを上げると涙が押し出されてクリアになった視界で赤が動いた。どんなに遠くに居ても絶対に見間違えないその赤が、よろめきながら立ち上がる。
「さっきから黙って聞いてりゃ、ウチの魔王に好き勝手言いやがって」
「ら……すぷ」
ナマクラになってしまった剣をかなぐり捨て、爪だけで戦っていた彼は耳が半分ちぎれていた。右目はまぶたを切られ鬱陶しそうに目に入りかける血を拭っている。それでも彼は二本の足でしっかりと地面を踏みしめていた。まっすぐに敵将を見上げると挑みかかるように言い放つ。
「サイード。お前は泥まみれになって平民と一緒に畑耕したことがあるか? 全力でぶつかって意見を交わしたことがあるか? 身体を張って喧嘩を仲裁したことは!」
「……」
「そういう努力を何一つ知らないクセに、何が幸運だけでやってこれただ。机上の理論だけで考えて上手くいった気になってる甘ちゃんはどっちだ! そんなお前に、オレらのド根性魔王をとやかく言う資格があると思ってんのか!!」
腕を振り切って噛みつく狼にも、サイードはおろか敵陣の誰も表情を変えない。むしろこちら側から反応が上がった。
「やれやれ、バカ犬のクソデカい声が耳に障る」
「てめっ!」
血を滴らせながらもどこか優雅な動きで身を起こしたバンパイアは、片足に体重をかけて髪をかき上げた。よく見ると左脚はどこか不自然に歪んでいるようだった。ラスプと対になるように立った彼もまた、サイードを見上げる。
「人徳という奴ですかね。あなたからはそれを感じられない」
あでやかに微笑むルカの横顔がこちらから見える。だけどその瞳は静かに燃えさかっているようだった。
「そこまで自信たっぷりなら、この国を出て一から国を造り上げれば良かったのでは? 我らが魔王がしたように」
「おい死神、いつまでサボってんだ。起きろ」
呆れたような顔をしたラスプがこちらを振り返る。すると、地べたに伏せっていた白い塊がもぞりと動いてくぐもった声をだした。
「……バレてる?」
「帰ったら甘いモン作ってやるから踏ん張れ」
「えー、俺もう疲れたよー」
そう言いつつも、立ち上がったグリは目にも止まらぬ速さで鎌をふるう。私を拘束していた蔦がスパンと切れた。死神様はまるで世間話でもするよう、いつもののんびりとした口調で続ける。
「そりゃあさ、アンタかあきらかどっちか選べって言われたら可愛げのある方に従いたいかな」
残っていた蔦を払ってくれながら、彼は柔らかくこちらに笑いかける。
「俺、あきらが好きだし」
全員言いたいことは言ったと判断したのか、全身を朱に染めた警備隊長さんはまっすぐに言い放つ。
「こういう底抜けのアホみたいなお人よしだから、オレたち魔族はコイツに着いてきたんだ」
消えてしまった心の火が微かに灯る。その声は、何よりものチカラになった。
「魔王を侮辱するのはオレらが赦さない」
「召しませ下さい、我らが魔王様」
「俺らがあきらの手と足になる」
「ちょっとちょっと、兄ぃたちばっかりカッコつけちゃって。アキラ様、ボク達も幸せな未来をつかみ取るために、頑張ることを誓うよーっ!」
後ろからライムの元気な声も混ざり、始まりの玉座での宣言が再現される。
私はあふれ出る涙を拭って口角を上げた。そうだ、私は魔王。誰よりもその座にふさわしい。そう自分を信じるんだ。
忌々し気にこちらをにらむサイードを、今度は真正面から見返せる。ニッと笑ってそれまでのお返しをするように全力で煽ってやった。
「そうよ、私は魔王あきら。文句ある?」