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173.魔王のシナリオ

 少なからず予想していたとは言え、真実を突きつけられ私は息を呑んだ。ラスプに至っては心の底から驚いているようで固まっちゃってる。もちろん、向こう側からこちらの様子は見えていないので彼女は話を続けた。


「わたしは元々メルスランド国の辺境にある、施設出身の孤児でした……」


 メルスランドでは長い死闘の果て魔王が倒されると、次世代の魔王の出現に備えて新たな『勇者候補』探しが始まる。


 選出は国内にある全ての孤児院で行われ、保護されている子供たち全員を対象として検査がなされる。


 属性判定に始まり、潜在的な魔力の量、身体能力、精神状態など数々の項目を全てクリアした一人だけが、将来を約束された『勇者』として選出されるのだ。


 しかし、その裏では『魔王候補』探しも同時に行われているのだという。


「同世代の中で、闇属性魔導に拒否反応が出なかったのはわたしだけでした」


 たったそれだけの理由で、年端も行かぬ女の子であったアキュイラ様は選ばれてしまった。


 勇者候補は日刊メルスのトップニュースに乗るほどの華々しい扱いを受け、そして魔王候補は誰にも知られぬようひっそりと首都カイベルクへ送られる。そこで二人は引き合わされ、やがて訪れる互いの宿命を聞かされることになるのだ。国の平和のために『魔王』と『勇者』を演じろと。


「そうして、わたしは人々の憎悪を一心に集める悪の象徴として選ばれたのです」

「そんなっ……都合のいい生け贄じゃないですかっ」


 あまりにも理不尽なシステムに、私は思わず叫んでしまう。リヒター王やエリック様がそんなことを容認していたなんて信じたくないけど、でも実際ここにアキュイラ様という存在が居るのだから目は背けられない。


 憤る私の語調を感じ取ったのか、アキュイラ様はわずかに微笑んで首を傾げてみせた。サラサラと水晶色の髪の毛が絹のように流れ落ちる。


「怒ってくれているの? ありがとう。でも当時のわたしに不満はなかったわ。孤児だったわたしが皆の役に立てるなら、それは名誉なことなのだと言い聞かされていたの」

「そんなの洗脳と何が違うんですか! 幼い子にそんなこと吹き込んでっ」


 そんなやり方、嫌悪しかない。ところがアキュイラ様は伏し目がちになりながら穏やかにこう続けた。


「そうね、ある種の洗脳だったかもしれないわ。だけど残念ながらとても合理的ではあるのよ。子供のいじめといっしょ。共通のいじめる相手ができたとき、虐める側は結託してどこまでも仲良くなれるのだから」


 一瞬だけ、その遠浅色の瞳にほの暗い炎が灯る。彼女の奥底に秘めた深い闇が見えたようで、私は少しだけ背筋の辺りが寒くなるのを感じた。


「事実、この魔王と勇者システムが作られてからというもの、人間同士の争いはほぼ無くなった。数百年前に元老院が制度を提唱した頃からずっと、ね」


 また穏やかな表情に戻ったアキュイラ様は軽い口調で言う。でも、そうは言うけど、その生け贄になった子の心は誰が守ってくれるんですか? そんな気持ちも含めて『討伐』してしまえばおしまい? そんなのって……。


 言葉を失う私が見えているかのように、アキュイラ様は軽く笑って見せた。そうするとますます儚げな美少女めいてクラクラしてしまう。


「そんな顔をしないで。って、あなたがどんな表情をしているのかはわたしの想像だけどね。別にお城での扱いが悪いとかそういうことは無かったのよ。丁寧な扱いを受けて英才教育も受けられたんだから」


 互いに情が湧いてはまずいという理由で、エリック様とは離されて彼女は成長していった。元々のメインである水属性の才能を伸ばし、闇属性もある程度は使えるよう特訓を重ねる。魔術の理論も徹底的に叩きこまれた。全ては魔族領に赴き魔物たちの頂点に君臨するため。彼らを御しつつ人間側に有利になるよう働くため。


「リヒター王より任命を受けたわたしは、一人この地まで来て魔王軍を結成した。適度に人間サイドをおびやかし、それでいて決定打は打たずにヘイトを集めたところで満を持して勇者に成敗される。……それがアキュイラ・エンデという人間に与えられた役目シナリオだった」


 ここにきて自嘲めいた笑みを浮かべたアキュイラ様は、胸に手をあててきつく握りこんだ。


「ですが所詮はわたしも人の子だったようです。この地で暮らしている内に生きたいと願ってしまった」


 その思いを誰が咎められるだろう。この世に生まれ落ちたからには生きたいと願うのが当然の権利のはずなのに。


「思い切ってその思いを秘密の通信で本国に伝えたところ、リヒター王とエリックも同意して下さいました。二人とも魔王と勇者制度には兼ねてから疑問を抱いていたようですから。その考えの裏にはエリックの妹の存在が大きかったと聞いています」


 ハッとして、手のひらで握りこめる私のメイドの事を思い出す。エーリカの事だ。魔族と人とが仲良くできないのかとリヒター王に無邪気に問いかけた彼女は、でも……。


「ですが、このような制度は廃止しようと二人が動き始めた矢先、その妹が魔族領で殺されてしまいました。おそらくは元老院の差し金だったのでしょうが……廃止への計画は白紙に戻ってしまったのです」


 アキュイラ様は腕をスッと持ち上げて服の袖をまくる。服の下から現れた物に私は息を呑んだ。陶磁器のような白い肌には、茨でも絡みついているかのようにくっきりと黒い痣が浮き出ていたのだ。


「どの道、わたしに残された時間はそう長くはない。闇属性の魔導は人が扱うには荷が重すぎるものだったようですね」


 勇者にもしものことがあっても……あるいは魔王が反乱を起こして裏切ろうとしても、最終的には病魔に犯されていて死ぬしかない。


 考えてみれば確かに不自然だった。どうして魔王城が人間領のこんなすぐ近くにあるのか。戦いのためとはとても言えない城の造りも、すべて綿密に人間サイドと連絡をとって八百長ごっこをするためだったんだ。


「これがわたしが何者かという質問に対する答えです。他に質問はありますか?」


 基本の立ち方に戻ったアキュイラ様はわずかに首を傾け問いかけて来る。


 まだ、どうしても確かめたいことがある。私のこれからの行動を左右するかもしれない質問。すぅっと息を吸った私は少しためらいながらもその名を口にした。


「ルカですか? 死ぬことを義務付けられたあなたが、生きたいと願うようになったきっかけは」


 それまでよどみなく反応を返していたアキュイラ様が、ここに来て急に押し黙った。もしかして反応を用意していないのかと思い始めた頃、彼女は静かに語り始めた。


「そう、あなたは彼の知り合いなのね。リュカリウスはそこには居ないのでしょう? 彼の前だけには出現しないようになっているのよ、この魔術」


 リュカリウスというのがルカのフルネームだと思い出すまで少し時間がかかる。アキュイラ様は目を閉じて仕方ないものを思うかのように口の端を吊り上げた。


「聡い彼の事だもの、わたしの正体がバレるのは時間の問題だったのよ。そこで呆れて出て行ってくれれば良かったのに……」


 その表情を見ただけで確信した。きっと、彼女の胸の内にある感情は


「ずるいひと。彼さえいなければ、私は何の疑問も抱かず運命を受け入れて死んでいったはずなのに……共に生きようだなんて言うんですもの」


 少しだけ見開いたまなざしは、愛しい人を思うときの色で満たされていた。この世で一番無垢で尊い感情は、多くを語らずとも真実を私に伝えてきた。二人は恋人同士だったんだ。

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