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155.神聖なる川

「あの、さ」

「おとうさぁぁん、おかえりなさぁぁー」


 問いかけようとしたその時、白い砂浜を転げるように駆けて来る物があった。赤い毛玉のようなそれは三、四、五――全部で六匹の子供狼たちだった。


 尻尾を全力で振りながらやってきた先頭の一匹が、私の存在に気が付いたのか急ブレーキをかけてたたらを踏んだ。そこに後続が次々とぶつかっては転がってしまう。かわいい!


「こんにちは、みんなは島の子?」


 ちょうど目の前で停止した彼らに笑顔で話しかけてみる。だけど、怯えたように私を見た子狼たちはターっと大きく迂回してしまった。


「おとうさん、おとうさん」


 そして、船から降りてきた乗組員さんたちに向かっていくとボムッという音をたてて耳の付いた子供の姿に変化する。子供たちはそれぞれの父親にぎゅむーっと抱き着くと、こちらを不安そうに振り返った。


「わ、わたし嫌われてる?」

「はは、勘弁してやれ。他の種族を見たこともないんだ」


 ラスプが苦笑いしながら慰めてくれる。うぅ、あんなに可愛いのに。触りたかった……もふもふ。



 その後、私たちはシュカさんと共に移動を始めた。海岸を抜けてゆるやかな上り坂になっている平地を歩いていく。ラル・デネ・アレアはほとんど自給自足で生活が成り立っているらしく、畑や放牧された羊などがあちこちに見えた。


「最初の頃のハーツイーズとちょっと似てるね。私が品種改良した作物の種とか売れるんじゃない?」

「お前はそうやってすーぐ商売っ気を出す」

「当たり前じゃない、新天地=ビジネスチャンスよ! ねぇ、シュカさん。ここの人たちだってもっとラクに育てられて美味しい食料があったら嬉しいですよね?」


 前を歩く彼女に鼻息荒く話しかけるのだけど、ちらりとこちらに視線をやった少女はまたすぐに前を向いてしまった。


「さぁ、個人的には歓迎すべきことだと思いますが、叔父の意見を聞かないことには何とも」


 ありゃ、やっぱり伝統を重んじなきゃいけない風潮なんだろうか。村の中に入ると、住人たちは民族衣装のような物を身に着けていた。茶色の生地で作られていて、裾が足元まである上着を腰ひもで結んで留めている。裾には赤い刺繍で紋様なんかがデザインされていて、なんとなくアイヌ民族みたいな雰囲気だ。もこっと暖かそうな毛皮のブーツとか、頭に巻いたバンダナなどが余計に異国情緒を引き立てている。


「なんだかいい感じの衣装だね、みんなシュカさんみたいな洋服着てるかと思ってた」

「まぁな、外に出た時に浮かないよう普通の衣装もあるが、普通の住人は昔ながらの――」

「うわ! あれおいしそうっ、ラスプあの屋台で売ってる食べ物なに!?」

「人の話を聞けよ! やっぱり食い気かお前はっ」


 気を使わせてしまったのか、肉と菜っ葉を小麦の皮で二つ折りにしたパホと呼ばれる食べ物をシュカさんに買ってもらう。私は食べ歩きながらほふほふと白い息を吐いた。おいしい~、そこそこ歯ごたえのあるお肉が甘辛く煮付けてあって後を引く味付けなんだ。こんなご当地スナックフードを食べられただけでも来たかいが……あっ、うそうそ、忘れてないですからねここに来た本来の目的。


「ん? あれは」


 その時、視界の端で気になる物を見つけた。エメラルドグリーンに光る川べりで作業する青年が一人いるのだけど、彼の横にピンク色の何かがどっさり積み上げられている。近付いてみるとそれは大量の羊の死体だった。


「これ、さっき放牧されてた羊?」


 覗き込むようにして見ると、皮を剥いでいた村の若者はちょっとビックリしたように振り返る。だけどシュカさんの姿を認めるとホッとしたように会釈をしてみせた。


「魔王殿、ここは解体場です。見ていて気持ちのいいものではないかと……」


 やんわりと忠告してくれるシュカさんだったけど、私は作業を見せてほしいとお願いする。目を見開いた彼女はそれでも説明をしてくれた。


「この川は『命の還る神聖な川』と呼ばれています。我が国で家畜を解体する際は必ずこの川に浸して魂を大自然に還さなければなりません」


 ちょうど新しく連れてこられた羊が、手足を縛られてメェメェと鳴く。暴れようとする身体を青年が手際よく抱えると、足元から川に浸していく。少しずつ動きの鈍くなっていった羊は、胸の辺りまで浸かると眠るようにカクンと首を落とした。


「死にました」

「えっ、あれで?」


 劇薬とは聞いていたけど、本当に触れただけで死んじゃうとか怖すぎる。戦々恐々としている私の横で、ラスプがそこらへんに咲いていた紫の花をプツンと取り川に浸す。引き上げた時、花はしおしおに枯れ切っていた。


「この国の子供たちは産まれたその日から川に近付かないことを徹底的に叩きこまれる。それでも事故は無くならないけどな」

「……」


 言葉を失ってその場を後にする。そんな危険な水源で飲み水はどうしているんだろうって思ったけど、そちらは地下からくみ上げた井戸水を使用しているので問題ないんだそうだ。


「原因を突き止めてなんとかできないの?」


 これは明らかに異常現象っていうか、事故が起きてるくらいなんだから何とかした方が良い気がするんだけど……。そんな思いを込めて聞いてみると、シュカさんは相変わらず淡々とした返事を返してきた。


「川は畏怖するものであれど、憎むべきものではありません。川に落ちた子供は霊峰にささげられた贄として奉られます」


 うぅーん、そういうもの? でも日本でもよくわからない田舎の風習とかあるし、外部の人間がこれ以上口を挟むことでもないのかもしれない。そう結論を出して、霊峰と呼ばれた山を見上げた。


「雪、降りそうだね……」


 白く染まり始めた山はこちらに覆いかぶさるようにそびえ立っている。暗く重たい雪雲を背負う様が恐ろしい怪物のようで、私は背中の辺りがぞっとするのを感じていた。



 ***



おもてを上げよ」


 低いしゃがれ声に従い、私は垂れていた頭を視線と同時に上げる。とたんに品定めするような視線とかち合い、かすかな不快感が胸をざわめかせた。それでも心を押し隠して、シュカさんに教えて貰った挨拶を丁寧に述べる。


「初めまして、ハーツイーズ国より参りましたあきらです。『貴方の毛並みがいつまでも輝きますように』」


 高い位置から椅子にふんぞり返ってこちらを見下す代理皇帝さんは、ニヤリと笑ってお決まりの挨拶を返してきた。


「『そなたの牙が鋭くあり続けますように』――あぁ、ニンゲン様に我らのような牙はありませんでしたな、フフ」


 どうしよう……この人、ニガテだ。



 ここは霊峰のふもとに作られたお城の宮殿内部。ラル・デネ・アレアの暁城は全体的に中国のお城っぽい造りで、宮殿の前には兵が何千と並べるような巨大な広場などがある。今この玉座で両脇にずらっと控えてる侍女さんたちも薄い羽衣のようなものをまとっていて、そして漏れなく全員が燃えるような見事な赤毛だ。


 で、問題の代理皇帝さん。見た目は言っちゃ悪いんだけど、その……完全な悪役。四十代の半ばくらいで、あちこちたるみ始めた中年って感じ。なんとなく元いた世界のパワハラ上司に雰囲気が似ていて微妙な心境になってしまう。いやいや、見た目で人を判断しちゃいけないよね。こんな見た目でも実は超いい人って展開も……ある?


「あのですね、さっそくなんですが」

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