17.まさか一目ぼれでもしたとか?
苦虫を噛み潰していたような顔をしていたラスプだったけど、ため息をつくと頭を掻きながら答えた。
「……さっきの公開処刑だが、オレも通りの端から見てた。その度胸だけならまぁ、評価してやらんこともない」
「ってことは、認めてくれるんだ!」
「だぁー! 勘違いすんなよっ、お飾りの魔王でも居ないよかマシだって話だからな!」
にひひ、照れちゃって~素直じゃないなぁまったく。
「ほらそろそろ魔族領に帰るぞ、用件は済んだだろ」
いつの間に回収してきてくれたのか、服が入った袋を持ってラスプが歩き出す。まだ夕方には早いけど太陽は傾き始めている。帰りもワイバーンタクシーを呼んでるのだけど、発着場が少し離れたところなんだそうだ。
「さっきね、立谷先輩――私の世界に居た人とそっくりな人が居たの。偶然かな」
風が渡る草原を歩き出しながら私はどちらとなく尋ねてみる。答えを返してくれたのはやっぱりルカだった。
「この『プリメーロ』と主様がいた『テラ』は表裏一体と言われています。その人はこちらの世界のタチヤ先輩なのかもしれませんね」
「そうなんだ……」
それだけを返し、物思いにふける。
私はまだこの世界のことを充分には知らない。あんな可愛いお嬢様が平気で残酷なことをしたのにも驚いたけど、それ以上にショックだったのは街の人たちの反応だった。誰一人、ケットシーに対して手を差し伸べようとする人は居なかった。彼らにとって首輪をはめられた魔物なんて道端の石ころと一緒なんだ。
人間領に来てよかった。こんなの絶対に許されることじゃない。魔物にだってちゃんと家族が居て、友達も仲間も居る。怒りも哀しみも人と同じように感じている。私に何ができるのか分からないけど、こんなふざけた世界の現状を少しでもいい方向に変えられるのなら――
(うん、帰れるまでの間、やれるだけやってみよう)
決意した私は足取りを早めて二人の後を追う。
……数時間後、そんな決意が揺るがされる事になろうとはこれっぽっちも思わずに。
***
「隊長ぉ~、げほんごほんっっ」
いまだ朦々とケムリが立ちこめる通りの中、勇者直属の隊に新しく配属されたばかりの新兵は目をこすりながら隊長の姿を探した。このケムイタケというのは視界を悪くする撹乱、もしくは単にイタズラ目的で使われることが多い植物なのだが、ある特定の者にとっては魔物よりも恐ろしい物へと変わる。
「ぶえーっくし! っくしょん!!」
この通りアレルギー性の鼻炎を引き起こすのだ。新兵は顔面をクシャクシャにしながらケムイタケの魔の手から逃れようと壁伝いに歩き始める。ようやく空気の流れがあるところに出ると、上司はどこか遠い目を屋根の上に向けていた。
「隊長?」
常に精悍な顔立ちをした彼が珍しいこともあるものだと思いながら話し掛けると、視線はそのままに唐突な質問が返って来た。
「ルシアン、お前さっきの女の子をどう見る?」
「ん?」
言われて思い出すのは、往来に座り込んで泣き出しそうな表情をこちらに向けた女の姿。まだ少女の域を少し出たほどの歳で、この地方にはめずらしい黒髪と透き通るような白い肌が印象的だった。華奢な体つきに似合わない意思の強そうな眼差しが目に焼きついている。が
「何ですか、まぁかなり可愛い子ではありましたけど――まさか一目ぼれでもしたとか?」
半分冗談めかして混ぜっ返すと、エリックはフーッと息をつき肩の力を抜いた。
「……お前が気付かないなら大丈夫か」
「え?」
「帰るぞ、魔法部隊が呼んでるんだろう」
「あ、ちょっと!? 隊長ォ!?」
何か釈然としない物を感じながらも上司の後を追う。
――もぅっ、なんですのいったい! わたくしの下僕はどこーっ!?
ケムリの向こうから響く声を背に、新兵は城への道を歩き始めた。
***
ワイバーンタクシーの豪快な乗り心地も慣れてしまえば風を切るスピード感が案外気持ちよく、まるで自分が小型竜になって飛んでいるかのような爽快感がある。帰り道をそこそこ楽しんでいた私は、暗黒城が見えてきたところでそれに気がついた。
「あれ? こんな近くに村があったんだ」
少しだけ小高い丘の上にお城があって、そのふもとにささやかな集落が広がっている。本当に小さな村で、遠く離れた上空から見ても活気があるようには見えない。いったいどんな魔物が住んでるんだろう?
目を凝らして畑にちらほら見える人影にツノとか尻尾がないか探していると、肩に留まっていたルカがコウモリの翼をバサバサとはためかせながら言った。
「あぁ、あれはニンゲンの集落ですね」
「えっ、魔族領にも人間が居るの!?」
驚いて聞き返すと、私たちを運搬している真っ最中のワイバーン君が上から会話に参加してくる。
「色んな事情があって、ニンゲン領を追い出されたヤツらがひっそり暮らしてるンす。ちゃんと先代の魔王様の許可も取ってるから魔物たちも手が出せないんでさァ」
「ライムたちも今頃あそこで食料を調達しているはずです。降りてみますか?」
「うんっ、興味ある!」