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152.貴女を赦そう

 何気なくつぶやいた一言に、それまで和気あいあいと雑談をしていた女たちの表情が曇る。


「な、なんですの、わたくし何かおかしなことでも言いました?」


 戸惑うベルデモールの隣で、少女が哀し気に目を伏せ小さくつぶやいた。


「うん、引っ越し。この国を出て安全なところに行くんだってさ」


 事件の当事者だったこともあり、ベルデモールもこの国の今置かれた状況は理解していた。すなわち、あと十日もしない内に人間領から騎士たちが大量に攻めてきて撃ち滅ぼされるらしいと。


 それを聞かされた時いい気味だと思った。ルシアンがエリックを暗殺しようとしたのはよく分からないが、自分を牢に放り込むような国など滅ぼされて当然だと思っていた。イライラさせられるトカゲの監守なんて皮を剥いでバッグにしてやればいいとも。


 だが、こうして食事を共にしたゴブリンたちが自国の兵士に惨殺されるというのはさすがに後味が悪い。魔族にもまぁ、多少は知能があるのが分かったことだし、何も皆殺しにする事は無いのでは? そう考えた令嬢は、立ち上がって周りの者たちに呼びかけた。


「な、何をグズグズしていますの? あなたたちもとっとと逃げれば良いじゃありませんか! どうせあの魔王は降伏するつもりなんて無いのでしょう? このままだと――」


 この住民どもは自分が置かれた状況すら分からないほど愚かなのだろうか? なんとか理解させようと息を吸い込んだ時、ベルデモールは彼らの表情に気が付いて声を止めた。隣に座っていた少女がしっかりとした口調で答える。


「わかってるよ、でもわたしたちはここから離れない。王国から兵士さんたちが攻めてきても、出て行かないよ」


 そこにいる住民たちは、みな覚悟を決めたように落ち着いていた。それは諦めたようなものではなく、最後まで戦い続ける戦士のように勇ましいものだった。


「ここは、オラたちがやっとの事で手に入れた故郷なんだ、そう簡単には捨てられはしねぇ」

「んだ、それに帰って来られる場所がなくなっちゃ、出て行ったあの子らも哀しいもんなぁ。オラたちが守り続けなければ」

「……」


 ベルデモールはもう何も言えなくなってしまい、立ち尽くすのみだった。一番年長の老婆がゆっくりと頷き口を開いた。


「大丈夫だ、魔王様がなんとかしてくれる ニンゲンだってきっとわかってくれる ワシらは今はいつも通りにしていればいい」



 畑仕事に戻っていく彼女たちを見つめ、令嬢はあっけに取られたように立ち尽くしていた。その背中に監査役の声がかけられる。


「お嬢様に処分されかけてから、いろいろありましたニャ」


 振り向けば灰色の毛並みをした猫の魔物がすぐ後ろまで来ていた。彼は食後の毛づくろいをしながら何となしに尋ねてくる。


「お嬢様、彼女たちの首に奴隷用首輪をつけれらるニャ? 魔族だから、気兼ねなく爆破スイッチを押すのかニャ?」


 過去の行いを責められているようで、令嬢は全身がカッと熱くなるのを感じた。だがそこで素直に謝罪するにはこれまで重ねてきた年月が長すぎる。ベルデモールは尊大に腕を組むとあさっての方を向いた。


「あ、謝りませんわよっ、わたくしは主人として当たり前の【しつけ】をしただけだったんですから」


 かつて所有物として扱われていたケットシ―は、そんな態度に怒るでも落胆するでもなく毛づくろいを続けていた。ふと手を止めた彼は穏やかな表情のままこう返した。


「そう、お嬢様は知らニャかった。貴女にとってはそれが『当たり前』だったからニャ」


 自分の発言を繰り返されただけだというのに、ベルデモールにはそれが痛烈な皮肉に聞こえた。自分が世間を知ろうともせず、親の考えをそっくりそのまま鵜呑みにしていたのだと気づかされてしまった。この場にいることが急に恥ずかしくなり、そわそわと落ち着かなくなり手を揉み絞る。そんな心境を知ってか知らずか、ナゴは追い打ちをかけた。


「ニャアはお嬢様から謝罪が欲しいわけじゃないニャ。相手を虐げる前に、それに対して復讐する前に『なぜそうなってしまったか』を考える。感情的にならずにその上で判断すること。それをアキラ様から教わったニャ」


 振り向けば猫はどこか遠くを見ていた。その哀愁を帯びた表情の下にはどんな想いを隠しているのだろう。


「お嬢様がニャアを爆殺しようとしたこと、そこには善も悪もニャかった。あるのは差別による先入観だけだったニャ」

「な、何をいって……」


 ふいにこちらに向けられた青い目は、様々な感情を含んでいた。怒り、哀しみ、憂い、諦め――そしてほんのわずかな期待。見計らったかのようにザァと風が吹き、ベルデモールの編み込まれた三つ編みをさらった。


「だからニャアは貴女を赦すニャ」


 暴力をともなわない罰は効果てきめんだった。最初は言葉が耳を素通りした。あなたを、ゆるす? と、令嬢は音節を口の中で小さく復唱し意味を後から拾い上げる。理解した瞬間、彼女の中に湧きあがってきたのは、すさまじいまでの屈辱感だった。思わず金切り声を上げる。


「どっ、奴隷風情がわたくしを赦そうだなんて、生意気ですわっ!!」


 見下していた存在から赦されるという扱いにベルデモールは憤慨した。だが、この反応を予想していたらしいナゴはやれやれと肩を竦めるだけだった。


「だからこの国では奴隷も何もニャいって、モルちゃん」

「モルちゃん!?」


 もう敬語を取り繕う事すらやめたらしい。畑の真ん中には憤慨するご令嬢と所有物だった元奴隷。今この瞬間、確かにその関係が少しだけ変化したのは間違いなかった。


「馴れ馴れしいわっ、ベルデモール様とお呼びなさい!」

「だからニャー」


 とはいえ、それが表面化するにはもう少し時間はかかりそうだ。どう変化していくかも含めて、未定である。



 そんな畑の騒動をふしぎそうに見つめる紫があった。薬草が入った手提げカゴを抱えた死神ペロは、遠目に見えるその光景に首を傾げながらもスーッと通り過ぎる。やがて彼は城の医務室に突入するとようやく地に足を付けて報告した。


「モルちゃんお嬢サマ、元気そうだったヨ」

「そう」


 いまだ昏々と眠り続ける勇者エリックの横で、短く返事を返したグリは疲れ切っていた。もうどれだけ惰眠をむさぼっていないだろう、あきらが居ない間の留守を任された彼は手にした何かの書簡をバサァァと床に放流してうめいた。


「今、あのコを本国に返したら襲撃の目撃者としてルシアン辺りに消されてしまう。だからこっちがこうやって安全に帰せるように苦労してあっちこっちに掛け合ってんのに当の本人は二言目には帰りたい帰りたいってまったくもう、あぁぁぁなんで俺がこんな役回りしなきゃなんないのガラじゃないよールカかむばっくー」

「今日のグリグリは饒舌だネ。あ、エーリカぁ、薬草摘んできたヨぅ~」


 語尾にハートマークでも付きそうなほどのテンションで、ペロはカゴを差し出す。エリックをかいがいしく世話していたその人物は、受け取ると身体全体を大きく折り曲げるようにして感謝の意を示して見せた。アッハッハと笑いながら死神は調子に乗る。


「いいノいいノ。エーリカのお兄サンなラ、僕のお兄さんも同等だかラぶぼっ」


 浮遊魔術フロートで吹っ飛んできた薬草を口に突っ込まれ、その苦さにペロは悶絶する。たったそれだけの魔術だというのに、エーリカは苦しそうにゼェハァと全身を震わせていた。見かねたグリが顔をしかめて彼女をたしなめる。


「無駄な魔力は使うべきじゃない、君は本当にもうギリギリのところで肉体活動を維持してるんだから」

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