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150.赤い瞳の皇子様

 にっこり微笑みかけるその先には、目だけ出るタイプのフードをすっぽりかぶった男性が居た。裾に赤いライン模様の入った民族風なチュニックを着ていて、手には緑の魔石が付いた杖を携えている。よく見ると他にも同じような恰好をした人たちが少し離れたところに固まっていた。一歩進み出たシュカさんが彼らを紹介してくれる。


「我が国の航海士たちです。彼らが責任を持って魔王様をお連れ致します」

「よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると、少しだけ会釈を返して彼らは船へと乗り込み始めた。いよいよ出航だ。私はライムを呼び寄せて小声で耳打ちをする。


「どう、参考になりそう?」

「風魔導を利用してるってのは盲点だったなぁ、たぶん覆った船の中の空気をどうにかして循環させるんじゃないかな。でも、うちで唯一それができそうだったルカ兄ぃは今居ないし」


 ライムに『安全性の確認のため』という名目で、一足先に船を思う存分チェックさせたのは、その技術を盗ませるためでもあった。あわよくば真似してすぐにでも誰かが追いかけて来られるようにしたかったんだけど……。そこでグッと拳を握りこんだエンジニアは、力強い表情でこう言った。


「でも安心してっ、絶対になんとかしてみせるから! 何かあったら例のSOS信号ね」

「わかった、万が一の時はお願いね」


 最後にギュッと抱き着かれて別れを告げる。錨を上げた船たちは、風司が操る大気の流れにのり、ゆっくりと岸から離れだした。


「いってらっしゃーい!! 気をつけてねーっ」


 ライムは浜辺で一人大きく手を振り続けている。その姿が豆粒のようになるまで私は手を振り返していた。無事に帰って来れるかな。いや、絶対に帰って来なきゃ!


「到着までは十時間ちょいかかるそうだ、それまで自由にしてろとさ」


 船首近くに立ち、しばらく行く手を見ていると、後ろからラスプがやってきた。隣で手すりに寄りかかった彼の赤い髪が海風に靡いて揺れている。私はその横顔を見ながら指先をこすり合わせた。


「言いたくなかったら良いんだけど」

「ん?」

「ご家族のこと、聞いてもいい?」


 ラスプが皇子様なら、シュカさんが皇女様ってことになる。普通に考えればご両親がトップってことなんだろうけど……。


「私がこれからご挨拶に行くのって、ラスプのご両親?」


 会話の切れ間に、船体に波が打ち付ける音が響く。しばらく白い泡を見下ろしていた彼は、目を閉じると静かに答えた。


「いや、オレらの両親はだいぶ前に死んでる。今あの地を治めているのは、代理皇帝の伯父だ」


 思わぬ話に私は何も言えなくなってしまう。ふと、ラスプは何かに気づいたように目を開け、海の方を向いたまま独り言のように呟いた。


「あぁそうか、使い道のなくなった皇子のリサイクル方法として、今回の申し入れは向こうにとっても都合が良いってわけか」


 使い道がなくなった? どういうことだろうとためらっていると、赤い瞳をした皇子様はふっと笑って私の頬に軽く触れた。


「心配すんな、お前はちゃんとオレが守るから」

「!」


 一瞬固まった私は、一歩引くとクルっと背を向けた。どもりそうになる口を必死に動かし、えらそうに命令を下す。


「た、頼んだわよっ、警備隊長さん」

「了解」


 ――この命に代えても


 聞き逃しそうなほど小さく聞こえた声に、それまで逸るだけだけだった心に不穏な影がよぎる。


 見上げた空は、落ちて来そうなほど暗く垂れこめた曇天。一抹の不安を消せないまま、私は胸元をギュッと握りしめた。



 ***



 こんなはずではなかった。ハーツイーズ国、城下町の一画に造られた牢の中でベルデモール・カーミラは頭を抱えていた。


 そもそも、なぜ自分ほど高貴で身分ある令嬢が、こんな暗く冷たい牢に押し込まれなければならないのか? これからどうなるのかと不安でささくれていた心が、再び怒りの燃料により燃え上がっていく。鉄格子に掴みかかった彼女は、本日何度目になるか分からない訴えを監守に向けてぶつけた。


「もう我慢の限界ですわ!! このわたくしにこんな仕打ちをして、無事で済むと思ってますの!?」


 何かの書き物をしていたトカゲの魔族は、頭をポリポリと掻きながら顔を上げ、こちらも何度目になるか分からない返しをした。


「だからよぅ、オラっちに言われたってどーにもならねぃんだよぅ、嬢ちゃん」


 下等生物に話しかけられたことにぞっとするが、それ以上に鬱憤がたまっていた。ベルデモールは足元を踏み付けながら不満をぶちまける。


「最悪ですわ! 最悪ですわ! お茶もお菓子も出ない! 湯浴みもできないし、トイレは陰のおまるでしろですって!? レディに対する侮辱だわっ。裁判よ有罪よ!!」


 だが声を張り上げればすぐにすっ飛んできてくれた侍女たちはここには居ない。その時、怒りでエネルギーを消費したのか、お腹がキュルルルと切ない声を上げる。赤くなって抑えると、トカゲの監守は困ったような顔をして牢屋内の机を指した。


「ほーら意地を張ってるからだ。大人しくメシを喰ってくれんとオラっちが怒られちまうだよー」

「ふん! そんなもの誰が食べるものですか、下々が食べる物じゃない」


 令嬢がチラリと視線を向けた先には、先ほど運ばれてきた朝食と、昨夜の冷え切った夕食が手つかずで並べて置かれていた。簡素なジャムパンや蒸しただけのジャガイモなど、とてもではないが自分のような高貴な身分が口にするものではない。ふんぞりかえって腕を組んだベルデモールは、キンキン声を張り上げた。


「一流シェフを連れて来たら食べてあげてもいいわ、ほら早くしてよ! この国の生ゴミ料理で我慢してあげるって言うんだから感謝なさいっ、わたくしの言う事が聞けないの!?」

「参ったなーぁ」


 耳を塞ぐようなしぐさをしたトカゲは、扉を開けて外から入ってきた三人組に慌てて立ち上がった。白い死神と新聞記者に挟まれた猫耳にピシッと姿勢を正す。


「ダナエのあねさん、お疲れ様っス!」

「ん、囚人はどうよ」

「ハァ、どうもこうも、お客様気分で困ります」

「出たわね化け猫!」


 ベルデモールの侮辱に、ダナエはオレンジ色の耳をピクッと動かす。そちらに一瞥をくれると非常に重たいため息をついた。遠い目をしながら隣の死神に問いかける。


「なぁグリ、アタシも牢に入れられた時こんなだったか?」

「んー、割と近い」

「……帰ってきたら肉球触らせてやるか」


 元暗殺者が己の詫び肉球をぷにぷにとつついていると、無視されたと思ったベルデモールが金切り声を上げた。


「ちょっと聞いてるの? 早く出しなさいよっ、今にお父様がやってきてあんたたちなんか簡単に捻りつぶしちゃうんだから! この下等生物ども!」


 それまでぼんやりと立っているだけだった死神が、その言葉を聞いてすぅっと目を細める。彼の口から出てきた言葉は、平坦な声の中にも冷ややかさを感じさせるものだった。


「っていうか、こんな状況に置かれてる時点で大切にされてないじゃん」

「はっ?」

「メルスランド側から『返せ』要請も特に来てないし、その程度の価値なんじゃない? お嬢さんって」

「あぁ、確かに」


 言葉を失うベルデモールに、新聞記者が追い打ちをかける。軽く腕を組んだリカルドは、妙に丁寧な口調でせせら笑った。


「小耳に挟んだのですが、近頃あなたのお母様のご実家が破産して没落されたそうですね。それを機にカーミラ卿は前々から囲っていた愛人との関係を隠そうともしなくなったとか」

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