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146.……鈍感

 力強い言葉に鼓動が跳ねる。嬉しさがじわじわと胸に広がって、私は目を見開いたまま深紅の瞳を見つめ返していた。さきほど付けたランプの灯りが揺れて、ラスプの頬に赤みが差していく。


「……」

「……」


 先ほどまでの柔らかい雰囲気が少し変わった。急に意識してしまって、どちらかが指先一つでも動かしたら張り詰めた風船が割れてしまいそうな緊張感が満ちていく。そんな空気を破ったのは向こうが先だった。


「そっ、そろそろ寝ないとな! お前も休める内に休んでおけよ! じゃあなっ」


 わざとらしいまでに大きな声を出してラスプが立ち上がる。私は反射的に目の前を横切るしっぽの根本をむんずと掴んでいた。


「あひぃ!? おっ、お前な! そこは敏感だからむやみに触るなって――」

「あ、えっと……」


 ヘンな声を出して彼がこちらに振り向いたのが気配で分かった。それでも私は視線を上げず俯く。


「アキラ?」


 逸る鼓動が痛いくらいに内側から叩いている。言ったらもう戻れない。でも、それ以上にどうしようもなく感情を抑えられなかった。どれだけ時間が経っただろう、私は胸の辺りで詰まっていた気持ちを呼吸に乗せ解放した。


「ひとりに、しないで」


 私の消え入りそうな声に、目の前のしっぽがブワッと毛羽だつ。再びの沈黙が訪れ、少しずつ落ち着いてきた赤毛が言った。


「そ、そうか、ならライム辺りを呼んできてやるから。そうだ、手首でもいいな。よし、不安なのはみんな一緒だ、なんなら大広間で全員あつまって……その」


 途中まで調子のよかった声が、どんどん勢いを失くして言葉尻が消えていく。次に聞こえてきたのは、長いため息と、感情を無理に抑え込んだような声だった。


「お前、それがどういう意味だか分かってんのか?」

「わかってる、よ」


 呼吸が浅くてクラクラしそうだ。胸の前で握りこんだ右手が汗ばみだす。


「私、ラスプの優しさに甘えてる。でもお願い、今夜だけ――」


 意を決して顔を上げると同時に目の前の影が動く。気づいた時にはもう肩を押されていて、背中を受け止めたベッドのスプリングが軋んだ。おそるおそる目を開けると、覆いかぶさったラスプが真剣な顔をしてこちらを見降ろしていた。頬を指先で優しく擦られビクッと反応してしまう。


(あぁ、どうしよう。ほんとうに私、この人と……)


 せめてしっかりと相手の目を見ようとまぶたを開ける。二コリともしないラスプが急に知らない人のように思えて怖くなる。急に背中に手を回されて抱きしめられた。


「っ、」


 ぎゅっと目を閉じて身体を強ばらせる。首筋に顔を埋めてきた彼の声が耳元で響いた。


「震えてるくせに」


 言われて初めて気づいた。胸の前で握りしめた自分の手が微かに震えてる。それでも必死になって手をほどき、彼の背に回そうとした。その時だった


 突然ボフッと言う音がして、手を回していた物が別の形に変化する。目を丸くしてケムリが晴れるのを待っていると、わずかな光源のランプが照らしだしたのは赤い狼形態に戻ったラスプの姿だった。


「寝るまでだからな! お前が寝たらヘンな誤解をされる前にとっとと出ていくから!」


 大きな口を開いて言い訳めいた口調で彼は叫ぶ。その言葉を脳がかみ砕いた瞬間、自分でも表情がパァァと明るくなっていくのがわかった。目の前の獣に抱きつき力いっぱい抱きしめる。


「もふもふだー!!」

「まったく……」


 諦めたようにため息をつく彼には悪いけど、私は心底ホッとしていた。


 この暗い部屋にひとりぼっちで残されるのが本当に嫌だった。もしかしたらそういうことになってしまうかもと、それでも独りは嫌と、覚悟の上でこの人を引き留めたのだ。だけど未知への恐怖がまったく無かったと言えばウソになる。


 その気持ちをラスプは汲み取ってくれた。優しさに甘える形になってしまうけど、ずるいのは分かっているけど、その心遣いが本当に嬉しい。私は赤い枕に顔を埋めながらニマニマする。なめらかな毛並みと暖かい体温を心行くまで堪能していると、ちょっとだけ不機嫌そうな声が上から聞こえてきた。


「お前、実は誰でも良かったんじゃないだろうな? たまたまオレが来たから引き留めただけとか」


 どこか疑わし気な声にカチンとくる。なぁにぃ、それぇ。私が誰でも寝床にホイホイ引き入れる女ってことーぉ? フンと鼻を鳴らした私は、本当のことを伝えるのが癪だったのでこう言い返した。


「そうね、ヘタレなあなただったらなんやかんや安心だと思ったから」

「くっ……今からでも足腰立たなくしてやろうか」


 言葉の端にちょっとだけ本気が滲む。行動を起こされる前にと私は慌てて目の前の体をぎゅむと抑え込んだ。


「枕がうるさい」

「スミマセン」


 それっきり黙り込む。私は抱き着いた姿勢のまま心の内で呟いた。


(……鈍感)


 誰でもいいわけないじゃない。身を任せてもいいかなって思う人じゃなきゃ、どれだけ不安だったとしてもあんなこと言うわけない。


 耳を寄せた身体からトクトクと鼓動の音が聞こえる。生きてる証、生命の流れる音。しばらく無言でいると、様子を伺うような小さな声が聞こえてきた。


「アキラ?」


 返事はしないで寝たふりをする。少しだけ時間が経った頃、抱き着いている獣がゆっくりと人型に変化していくのが分かった。頭に乗せられた手がゆっくりと私の髪を梳いていく。その心地よさに私は安心しきって、ゆっくりと夢の中へと落ちていった。



 ***



 翌朝、窓からの朝日で目が覚めると寝室には私一人だった。ちょっとだけ惜しいような気はしたものの、んんん~っと伸びをして充分な睡眠がとれていることを確認する。


「よっしゃー! 忙しいぞー!」


 気合いを入れた私は跳ね起きて身なりを整え始める。泣きまくりの山野井あきらから、強くて聡明な中にも凛とした気高さと美しさを兼ね備えた魔王アキラに着替えて鏡の前に立ち頬をぴしゃっと叩く。いやいいでしょ、思い込むことが大事なの。さてと、まずは朝食の前に確認しておかなきゃいけないことがある。



「アキラ様おはよう、ボクも心配で来ちゃった」


 医務室に赴いた私は、入り口でライムと合流して中に入った。一晩中診察してくれたドク先生が難しい顔をして出迎えてくれたので、開口一番尋ねる。


「先生、エリック様の容態はどう?」

「死んではおらんと言ったところか。難しい事になってきおったぞ」


 案内されるまま中に入ると、看護助手をしていた手首ちゃんが仕切りのカーテンをサッと引く。ベッドに横たえられた勇者は苦しそうに胸の辺りを上下させながらも何とか命を繋いでいた。後から入ってきたドク先生が診断を続ける。


「刺し傷自体は致命傷ではないが、おそらくナイフに毒が塗ってあったのだろう。肉体ではなく精神に作用する毒だ。この患者は魂をものすごい勢いで内側から食い荒らされているようじゃな」


 分かるか? と、ドク先生はエリック様の手首辺りを吸盤のついた指で抑える。どこからか金色の光が集まり、眩いほどに手を取り巻き始めた。


「外部刺激に対する魔力の反応なのだが、明らかにこの量は異常である。魔脈に毒の成分がべったりと張り付き、誤作動を起こさせているようだの」

「それって、どうなっちゃうの?」


 おそるおそる尋ねると、のっそりと病室に入ってきた白い影が先生の代わりにぼそりと呟いた。


「常に魔導を使い続けているのと同じ状態ってこと。脳がオーバーヒート起こして高熱出るし、遅かれ早かれ精神が衰弱して長くはないだろうね」


 リアル『死神の宣告』に私たちはヒッと息を呑む。私は救いを求めて主治医に振り返った。


「解毒剤ないの先生!?」

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