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142.ルシアン、尾行する

 内心はらわた煮えくりかえっていたのだけど、トラブルを起こさないためじっと黙り込む。すると見かねたルシアン君が苦笑を浮かべながら彼女を制してくれた。


「カーミラお嬢さん、相手は魔王様なんッスから失礼な発言は……」

「は? 誰あなた」

「ぐぁー!」


 すげなく切り捨てられて勇者補佐が崩れ落ちる。恐るべしベルデモール・カーミラ嬢。興味のないことに対しての塩対応が半端ない。


「ひどい……オレだって結構がんばってるのに……認識さえされてないとか」

「さ、参りましょ。喉が渇いてしまいましたわ、せいぜい人間が飲めるものを出してちょうだいね」


 そのまま床にうずくまってシクシク泣き始めるルシアン君を放置して、ベルデモール嬢はツンとすまして歩き出す。勇者様と顔を見合わせた私は、お互いに苦笑を浮かべてその後を追うことにした。並んで歩きながらエリック様が申し訳なさそうに眉を下げる。


「サイード殿の時に引き続き今回も申し訳ない。元老院からの命により急遽彼女が二国間の親善大使に任命されたんだ。今回の式にもぜひ出席したいと出発前にねじ込まれて」

「しんぜっ……友好とは程遠い態度を取られたんですが」


 思わず耳を疑いながら先を行く彼女を見つめる。お嬢様は興味のないふりをしながらチラチラとあちこちを観察しているようだった。うーん、なにか企んでるにしては挙動不審っていうか、動きがバレバレすぎる。そう感じたのはエリック様も同じだったのか、彼は歩きながらそっと耳打ちをしてきた。


「彼女が突拍子もないことをしでかさないよう、こちらも気をつけておくよ。式を無事に済ませられるよう頑張ろう」

「はい」


 そう答えたものの、胸にわだかまる一抹の不安を消すことができなかった。


 その胸騒ぎが意外な形で的中してしまうことになろうとは、この時の私は知る由もなかったのである。



 ***



「あれっ、ちょっとー? ひでぇ、マジで置いていくとか冗談きついっすー先輩ー」


 一方そのころ、エントランスホールに一人残されたルシアンは大げさに倒れ伏していた状態からむくりと起き上がった。日頃の扱いを考えればスルーされて当然なのは分かっていたが、真面目一辺倒で通すのは彼の性分が許さなかった。格式高い騎士団に入ってからというもの、お調子者の言動がすっかり染みついてしまった騎士は口を尖らせながら白い制服の裾を払う。だがその時、視界の端を横切る何かに気が付いて顔を上げた。


「あれ……あの人」


 こちらがちょうど死角になっているので気づかなかったのか、ホールの向かいを通り過ぎていくのはこの国では一、二を争う有名人だった。魔王の右腕、リュカリウスその人である。


 思いつめたような表情を浮かべた彼は、壁にかけられた巨大なドラゴンの絵画の前に立った。暗い色調で描かれた竜は、こちらを威嚇するように大きく口を開けている。彼がその表面に指を滑らせると追従するように光が走り、ガチャリと一度音がする。額縁に手をかけこちら側に引きこんだ金髪の青年は、その奥に隠された通路に入っていった。


(隠し扉?)


 ルシアンの好奇心が首をもたげ近くへ寄る。静かに閉まりゆく額縁にそっと制服の布を挟むと、扉は音もなく半開きとなった。しばらく待って中へ入りこむ。自動感応型なのか、かすかな光がゆく先々でポッと灯り、振り向くと消えていた。


 やがて通路の突き当りが見えてくる。見つからないようにと這いつくばったルシアンは、ほふく前進をしながら部屋の中をこっそり覗き込んだ。どうやら入り口からは下り階段が数段あるようで、視線より下に吸血鬼の後ろ姿が見える。彼は人が通り抜けられそうなほど大きな鏡の前で立ち尽くしていた。


(おっと)


 鏡に映りこんでしまわないよう微妙に位置を調整する。石造りの小部屋は殺風景な物で、中央に置かれたその鏡以外は何もない。が、ルシアンは瞳を輝かせテンションを上げていた。


(ふぉぉぉ秘密基地! 少年のロマン!)


 こんなところに隠してあるのだ、あれはさぞ重要なアイテムなのだろうと鏡を観察する。よく見ると一度割れてしまった物を繋ぎ合わせたようで、ところどころに亀裂が入っていた。目の前に俯いて立つ男が少しだけ歪んでいるのが見て取れる。そして表面にそっと手を当てた吸血鬼はそこから微動だにしなくなってしまった。何か独り言をブツブツと言っているようだ。


(鏡よ鏡、この世で一番のイケメンはだぁれ? それはルカ様、あなたッスー。シャララララ)


 ふざけて内心アフレコをしていた騎士は、次の瞬間ド肝を抜かれた。いきなり鏡の縁に手をかけた吸血鬼が、勢いをつけてそれを引き倒してしまったのだ。思わず耳を塞ぎたくなるような音をたてて、姿見は無残な姿になってしまう。砕け散った破片を一つ拾い上げたルカはそれを見つめながらきつく握りしめた。すぐに珠のような赤い雫が膨れ上がり指先を伝って床に落ちる。


「こんなもの、無意味だ……俺は――!!」


 悲痛な声にビクッとするが、物音を立てないことだけは死守する。見つかればタダでは済まないような気がした。見てはいけない物を見てしまったような、そんな


 そっとその場を離れた騎士は、一目散に逃げ出した。今見てしまったことの意味を考えながら……。



 ***



 午後三時半ちょっと前、あと五分ほどで戴冠式が始まるという中、私は玉座に腰掛けながら進行のおさらいをしていた。


 事前の打ち合わせ通りに行けば、まず大広間の扉を開けて勇者様が入って来る。お互いに形式ばった挨拶を終えたら、いよいよ課題の合否発表だ。無事ハーツイーズが国として認められた後はお祝いパーティーで会食の予定になっている。


 そんなわけで、大広間には歴史的瞬間を一目見ようと来客がギュウギュウに詰めかけていた。ほとんどがうちの国民なんだけど、あまりの数の多さに廊下の外まであふれ出している。左に視線をやると、バルコニーからも翼を持つ種族たちが覗き込んでいるのが見えた。国民がイベントとかお祭りごとが好きなのは嬉しいんだけど、野次馬感がすごい。


「アキラ様、そろそろいーい?」


 横に控えていたライムが覗き込みながら聞いてくる。おうとも、私はオッケー。ルカは――と、右に振り仰いだところで私は片眉を上げる。私の右腕はどこか魂が抜けたようにぼんやりとしていたのだ。


「ルカ? どうかした?」


 呼びかけると遠い目をしていた彼がハッと我に返る。いつものように柔らかく微笑むと調印用の机を端からざっと点検して一つ頷いた。


「問題ありません、いつでもどうぞ」


 本当に? と、聞きたかったのだけど、大広間に置かれた巨大な置き時計の長針がコチッと音を立てて真下を指す。時間だ。


 待ち構えていたライムに合図を出すと、彼は壁際に沿って控えていた楽団に向かって大きく手を振る。高らかなファンファーレが会場に鳴り響き、入り口の扉が大きく内側に引きこまれた。歓声と共にエリック様、ルシアン君、そしてベルデモール嬢が赤い絨毯の上を進んでくる。挨拶を終え、一歩進み出た勇者が持っていた巻紙を広げよく通る声で読み上げ始めた。


「ハーツイーズ国・城主アキラ殿に宛てて、我がメルスランドが国王リヒター・フォルセ・メルスより書簡をお届けする! 心して聞かれよ!」

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