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138.みんなの居場所

 私より先に走り出していたラスプが振り向きざまに吼える。ふしぎな物で、自分より焦っている人が居ると冷静になれるものだ。落ち着いてルカに問いかける。


「会場内すべてを奪われたって事は、魔力で動いてる物は全滅ってことね?」

「えぇ、音声拡散器やその他の物も」

「私たちの魔力で充填することはできない?」

「できなくはないでしょうが、あの照明は初動にかなりの魔力を消費します。舞台を照らす光量にするには三十分ほどかかる上に弱々しい光にしかならないかと」


 それじゃダメだ。そういう仕組みだからこそ、前もって時間をかけてじっくり魔力電池に貯めた物を使ったのだ。サイードがどうやって魔力を奪ったのかはしらないけど何とかして取り返せないだろうか。ダメだ、あのボックス席で問い詰めると騒動になりそうだし、ヘンな言いがかりをつけたとごちゃごちゃ言われている内にタイムアップだろう。きっぱり諦めて別の手段を探した方がまだ望みがある。


 会場から歌声が聞こえてくる。四分半ある演奏は半ばと言ったところ。……厳しい、この状況をひっくり返せるような起死回生の一発がないか、何か……


「アキラ様ぁぁ~どうなっちゃったのこれ、このままじゃせっかく用意した花火も不発で終わっちゃうよ!」


 階段を駆け上がってライムもこちらに駆けつけて来た。ほぼ全ての道具を担当していたエンジニアはこの事態に責任を感じているようで、私に飛びつくと泣き出してしまった。


「なんでぇぇぇ最終チェックもちゃんとやったんだよ、ボクのせいじゃないよぉぉ」

「落ち着いて、ライムのせいじゃないのは分かってるから」

「まいったねー、どうしようか」


 どこか参ってるんだか分からないような口調でグリもやってくる。暗闇の中でもぼんやりと浮かび上がる白い姿を見た瞬間、何かがひっかかった。何かを閃きそうで頭を必死に回転させる。なんだろう、前に同じような場面があったような……


 そんな私の様子には気づかず、グリは人差し指を立てると得意の炎魔導でボッと着火した。


「原始的だけど、燃やすとか?」

「それしかありませんね。服でもなんでもいいです、棒に布を巻き付けて即席の松明を――」

「待った!」


 私の声に、幹部たちがそろってこちらを向く。口をしばらくパクパクさせていた私は、その真ん中を突っ切って手すりに飛びついた。劇場の外に広がる草原が、まるで凪いだ夜の海のように広がっている。時おり野ねずみでも走り抜けているのか、あちこちで草むらが揺れホタルのような光がポッと灯った。その希望の光を見た瞬間、私は思わず叫ぶ。


「そうだ……これだよ、これがあった!!」

「主様?」


 エンディング曲がサビに入る。もう時間がない! 振り向いた私は詳しい説明もすっ飛ばしてがむしゃらに指示をだした。


「ラスプとルカはとにかくこの周辺の草原を走り回って草むらを蹴散らして! ライムは舞台袖に戻って待機、すぐにこの辺りに魔力が充満するから道具の復帰に充てる!」

「俺は?」

「グリはあれ! あの時やった技――」


 最後に指示を出して、私たちは散開した。急げ、急げ! 折り返し階段を駆け下りて、適当に拾った枝を持ち、やたらめったらそこらへんの草むらを打ち払う。ラスプは狼形態に戻って駆け回り、ルカは風魔導をあちこちに放っている。私の脳裏では、流星群が降った夜のグリの声が再生されていた。


 ――星屑草の群生地だったんだ。天からのエネルギーを取り込んで開花まで蓄えるんだよ。


 やがて刺激を与えられた星屑草から、流星群の魔力を含んだ金色の胞子がいっせいに立ち昇り始める。一つ一つは弱い光なのだけど、数が数なだけに次第に辺りは明るくなり始める。歌声響く会場の中からも驚いたような声が聞こえてきた。


「うぃるおーざうぃすぷ、かもーん」


 さらに、気の抜けるような死神の掛け声と共に、青やライトグリーンのヒトダマが上空をめぐり出す。やがて辺りは昼間と見間違えるほどの明るさになった。ようやく立ち止まった私は、肩で息をしながら空を見上げる。周囲から立ち昇る光が緩やかな螺旋を描きながら空に還っていく。それは今まで見てきたどんなイルミネーションよりも幻想的で、強烈に網膜に焼き付いた。


『この劇の行く末はまだわからないけれど、それでもこの光景を見ていると自信しか湧きあがってこないの。きっと大丈夫、このハーツイーズで出来たことはどんな場所でも実現出来るはず』


 音声拡散器もようやく復帰したのか、ダナエのセリフが聞こえてくる。外にいる私は、持ったままだった枝をようやく放し、会場の彼女とハモらせるようにセリフを呟いた。


「今日この場が歴史の転換点。人も魔族も手を取り合って共に生きて行こう……」


 ワァァァ……と、波のような歓声が巻き起こる。一仕事終え、集まってきた幹部たちが背後でどさりと腰を落としたのが分かった。私は駆け回ってすっかりぐしゃぐしゃになってしまった髪をほどきながら彼らに振り返る。


「……」


 言葉は要らなかった。みんな泥まみれ汗だらけなのだけど、やり切った満足感で笑顔を浮かべている。それは私にとってどんな着飾った正装より何万倍もカッコよく見えた。


 フィナーレにふさわしく、ライム特製の花火が打ち上がる。感極まった私の視界がまたしてもにじむ。あぁ、またルカに泣き虫って言われそうだ。でもこれは嬉し涙だからいいよね。


「みんな、今まで本当にありがとう」


 ぼやける視界の中でも、彼らの笑顔が伝わってくる。あぁ、この五人で始まったんだ。この世界で過ごした半年間は確かに私を成長させた。


 流れる涙を拭いもせず、私は精一杯笑った。今この瞬間、私がここに居たことをどうか忘れないで。


「私、今日のこと、絶対忘れない!」



 ***



 劇が大盛況のうちに終了し、役者たちのカーテンコールも終わる。私は最後の挨拶をするため舞台に立つことになった。スポットライトと共にセンターまで進み出て一礼をする。一斉に向けられる視線を感じるのだけど、落ち着いて用意していた巻紙を広げる。


「夏の厳しい陽射しの中にも秋の気配が感じられる季節になってまいりました――」


 けれども、前もって準備しておいた文章の一行目を読み上げた私は、途中でふぅっと息をついて宙を見上げた。うーん……堅苦しくない?


「どうかされましたか?」


 後ろで控えていたルカがそっと訊ねてくるのだけど、私は答えの代わりにクルクルと丸めた紙を彼にポンと渡す。観客席に向き直ると、今度は私自身の言葉で話し出した。


「みなさんがホッとできる場所はどこでしょうか」


 それまで舞台の感想などで談笑していた観客たちが、何を話すのかとこちらに注意を向ける。これまでで一番多くの視線にさらされながらも、すっかり慣れた私は落ち着いたスピードを保ったまま話を続けた。


「安心できる場所。自分の家、家族の隣、守られた城壁の中――大抵の人の答えはそうでしょう。私も同じです、私もかつてはとても安全な世界にいました。守られた場所からいきなりこの地へと連れてこられたのです」


 明日食べる物にも困る生活を目の当たりにして、私に何ができるだろうと考えた。助けたいって気持ちもあったけど、原動力のほとんどは自分の為って言っても過言ではなかったかもしれない。


「それまでいた世界では人に優しくするのが当たり前の社会。だけどこの世界ではみんな自分が生きる事に必死で、他人に構ってる余裕なんてない厳しい世界でした。そこで気づかされたんです、余裕がなければ人になんて優しくできるわけがないって。それが当然なんです」


 スッと右手を己の胸にあて、原動力となったココロを打ち明ける。


「だから私は自分自身の保身のためにも、人を思いやれるだけの余裕がある『みんなの居場所』を作ろうと決めた」

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