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136.ハーツイーズ建国物語2

 悲しみの歌がフェードアウトしていき、民のすすり泣きだけが響く。その時、スポットライトがステージのある一か所を照らし出した。セットの岩山の上にはいつの間にか穴が空いていて、その中から白いケムリがもうもうとあふれ出している。どこからかシャラララとウィンドチャイムの音が聞こえてきて、その中からゆっくりと何者かがせり上がってきた。


『誰だ、あのヒトは何者なんだ?』

『なんだか懐かしい気がするわ』


 私役のダナエは、キラキラと輝く純白のドレスを身に着けていた。元々目鼻立ちのハッキリしたコなので、化粧を施した彼女はこの遠い席から見てもとても舞台映えしていた。リュンクスの耳やしっぽは出しっぱなしなのだけどタダ者ではないオーラをまとっている。一目見ただけで重要人物だと分かるような存在感だ。スッと目を開いた彼女は流れるような声で名乗りを上げた。


『私は魔王アキュイラの生まれ変わり、アキラ。長い時を経て再びこの地に戻って来たの』


 まぶしそうにそちらを見上げていた民たちが、それぞれに顔を見合わせながら戸惑ったように話し出す。


『魔王?』

『魔王様が戻ってきて下さった?』

『おぉ、ついに……!』


 ここ、実際は「お前みたいなチンチクリンな魔王が居るかっ」って罵られたのよね。あー懐かしいわー、舞台では尺の都合上割愛してるけど。


『では再び我らを導き、今度こそニンゲン領に侵攻するのですね?』


 希望を見出したように民が顔を明るくさせてそう言う。だけど魔王アキラは首を振りながら高台から降りてきた。


『いいえ、そういった無駄な争いは今後一切しない事に決めたの。この先魔族が生き残っていくためにはこれまでの生き方をまるっきり変えなければならないわ。戦いを止め、和平への道を進むのよ!』


 唐突な魔王の宣言に民たちは再びざわめき出す。中には失望したように肩を落とす者も居た。


『そんなこと言われたって……』

『どうせ無理に決まっている。ニンゲンは我らを憎み邪魔者扱いしている、聞く耳なんて持ってもらえるわけない……』

『やる前から諦めてどうするの!』


 魔王アキラの一喝にみんながビクッと跳ねる。みんなと同じ目線に立った彼女は左右を見渡しながら両手を広げた。


『諦めるにはまだ早いわ、ヒトも魔族も共に暮らせる優しい王国をここに造ろう! 知識やアイディアは私が出す、みんなにはそれに応えて欲しい。今度は途中で死んだりしない、責任をもって導くから、だからついてきて』

『でも……』

『大切な人をもう失いたくはないでしょう? 怯えてコソコソ生きるだなんてつまらないわ。何気ないことで笑い合える素晴らしさをみんなに知って欲しい。変えていくことはできる。変わろうよ、今ここから!』


 タイミングを見計らったように、ギターによく似たリュートと言う楽器がかき鳴らされアップテンポの曲が始まる。ピアジェ率いる人魚隊のコーラスもそれまでの雰囲気を一変するような明るい物に変わり、美しいうろこを煌めかせながら尻尾を楽しそうに揺らし始めた。舞台袖から踊り子のカトレアちゃんを先頭に次々と薄布を持った子供たちが舞台に飛び込んでくる。楽しくてしょうがないと言った彼らはクルクルと回り出し歌声を響かせた。


 ♪さぁ、動かそうよ 足を 腕を

 ♪泣いてたって 始まらない

 ♪まずは今日の ごはんから


 歌とダンスに勇気づけられるように、しおれた草木のようだった民たちが少しずつしゃんとしていく。一人、また一人と頷き合って行動を開始した。


『そう……だな、やれるだけやってみよう』

『これまでとは違う、別の生き方で!』


 クワを持って大地を耕し始めると、マンドラゴルァ――もといアキラ芋がぴょこんぴょこんと端から生えていく。地面から抜け出した芋たちが舞台を走り回って村人が翻弄される場面では観客席から笑いが起こったりもした。だんだんと住民が増えていき、ミュージカルのように歌と踊りがあふれ出す。観客席側からも手拍子が上がっている。


 ところがその時、急に曲調が戦闘曲のようになり、会場の外側から覗き込むように巨大な黒い影が暗闇の中から現れた。


『うわぁぁ、バケモノだぁ!!』


 ゆらゆらと揺れる恐ろし気なワームベームの登場に、舞台の役者だけでなく観客席からも悲鳴が上がった。前もってこれが演出である事を伝えている騎士さんたちはさすがにパニックにはならないのだけど、少し緊張したように身を強ばらせている。


『ひぇぇ、おたすけぇぇ』

『魔王様、あれは凶悪なワームベームです。被害が出る前に殺っちまいましょう!』


 舞台上の役者たちが魔王アキラにすがる。けれども、弓を用意し始める民たちを彼女は鋭く止めた。


『待って! 巨大ミミズさん、こちらの言ってることがわかる?』


 呼びかけられたわーむ君は首を激しく上下に動かした。教え込まれただけあって実に人間臭い動きだ。やっぱり賢いなぁ、あのコは。


 魔王アキラはそちらに両手を伸ばす。誘われるように首をグーっと近づけて来たわーむ君は自分の体重で小さな人間を潰さないよう優しくスリスリした。


『約束して、暴れて誰かを故意に傷つけたりしない。困っている人が居たら助け合う。それさえ守ればあなたも今日からこの国の一員よ。悪意がなければこの国ではみんな仲間だからね』


 赤いリボンを持ってきた子供たちが、わーむ君の首にそれを結んで蝶結びにしてあげる。身体を起こしたわーむ君は、嬉しそうに横揺れを始めて背景演出の一部になった。


『さぁ、この国をもっともっと豊かにするわよ!』


 舞台上のハーツイーズが少しずつ発展していく。こんな事もあった、あぁ、そんな事もあったねと、観客席で見ている国民も懐かしそうな顔をしている。お風呂でさっぱりして、幹部たちみんなでやった童話劇場で笑い、跳ね橋と遊園地もみんなで作って……


『ま、魔王さま~~、大変だぁ! 勇者が攻めてきただよ!!』


 突然、舞台袖から一人の農夫が転がり込むように駆け込んでくる。魔王アキラは震え上がる民たちをなだめ、踊るようにターンしながら高らかに言い放った。


『恐れないで、私たちは生まれ変わったの。彼もきっと分かってくれるはず!』


 ここで私は、リヒター王の向こう側に立っているエリック様をチラッと見る。目が合った彼はちょっとだけ照れくさそうにはにかんだ。


 ダナエは観客席にまっすぐ向き直り、スポットライトの中ドレスの端をつまんでお辞儀をした。すぐ目の前に勇者様が居るように語り掛ける。


『初めまして勇者エリック様、わたくしはこの度新たに樹立致しましたハーツイーズ国を治めております、魔王アキラと申します』


 今回、メルスランド側の人たちには役者を充てていない。彼らに対しては全て観客席側に向かって話しかけているような演出で通している。ほら、下手にリヒター王とかエリック様にゴブリンとか素人の役者を充てたら向こうのアンチさんから何を言われるか分かったものじゃないでしょ? だったらいっそのこと二人称視点な感じにしてしまおうとグリと話し合って決めたのだ。それにこうすれば見ている人たちも否応なしに劇の一部に巻き込まれるような錯覚がするはずだ。あなたも、ほらそこのあなたも、この劇を構成している一員です。なんちゃって。


『この国は、魔族は変わり始めています。ヒトと手を取り合い、共に生きて行けるはず。…………』


(ん?)


 ここまで少しもトチることなくスラスラと台詞を言いまわしていたダナエが急に詰まる。しっぽをだらりと垂らし、俯いて胸元をギュっと握りこんでしまう。どうしたのかと不安になりかけた時、彼女は台本にはない言葉アドリブを差し込んだ。


「全ての魔族がそう考えているとは限りませんが……」

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