129.アイデア続々
何気なく振り向いた私は、ぽやっとした表情のリュンクスを目の当たりにした。いつもの刺々しい表情は消え去り、なんと軽く微笑みを浮かべてさえいる。
「ほへ?」
「だな、ダナエさん?」
「あひゃひゃ、なんらか、またたたびみたいにフワフワするにょ」
弱い! まさかの下戸だったダナエはふにゃふにゃとグラつきだす。慌てて支えた私にしがみつきながら彼女はおいおい泣き出した。
「いつもごめんねぇぇアキラたゃぁぁ、あたっ、アタシ、ほんと素直になれにぁー」
「放送事故、放送事故!」
彼女のプライドのためにも舞台袖にペイッと放り込んで、水を飲ませて介抱しておくように伝える。び、びっくりした……。
「エントリーナンバーさん! ライカンスロープと手首の共同開発による『フォーチュンスイポテ』だ!」
暑苦しく拳を握りしめたラスプが、頭に手首ちゃんを乗せて登場する。出ました城内きってのお菓子作りコンビ! 実は密かに期待してたのよね。うへへ
飛び降りた手首ちゃんが浮遊魔術フロートで指揮するように人差し指を振る。舞台袖から飛んできたお皿が私たち審査員の手元に収まった。見た感じ正統派なスイートポテトっぽい。
「あれ? なんか入ってる」
「異物混入ですか?」
食べると舌に固いものが引っかかる。取り出してみるとそれは小さなカードだった。【今日のラッキーカラーは白】と書かれている。得意そうな顔をしたラスプは同じようなカードをポケットから取り出してみせた。
「手首のアイデアで運勢占いが中に入ってる。オレはこういった女々しい物は信じてないが、たまに大当たりがあって、そっちが目玉だ」
その時、わーむ君がぴたーん!と尻尾を叩きつけて合図する。床に吐き出されたカードを私は拾い上げて読み上げた。
「【大当たり! 自警団団長との特訓権利を獲得!】……なにこれ」
聞かなくてもなんとなく分かるような気がしたけど、ラスプは目を輝かせて自信満々に答えてくれた。パシッと力こぶを叩く音が響く。
「一等だな! それを当てた奴にはなんとオレが直々に訓練をつけてやる! どんな非力な女子供でもクマを一撃でブチのめせるぐらいに――」
「占いは楽しいアイデアね、何度も買いたくなっちゃうかも。特訓はともかくとして」
「もう一個プレゼントとかも混ぜたら購買欲が上がるんじゃないですかね。特訓は却下として」
「なんでだよ!!」
「え~んとりぃーなんばーふぉー ゲッゲッゲ、医療担当ドクマゴラであるぞ~」
この世の陰鬱全てを集めたような笑い声と共に、ドク先生が登場する。先生は特大ビーカーに入ったドブ色のドロリとした液体を小さなビーカーに注いで配り始めた。すごい、器の時点で実験感やばい。
「ワシが特別に調合した『芋ジュース』を 召・し・上・が・れ」
語尾にハートマークでも付きそうなイントネーションで、先生がニタァと笑う。入ってる! 確実に何かが入っている! っていうかジュースなのこれ!?
「主様、毒見を」
「逆でしょ、臣下の為に王が毒見とか聞いたことないわよ」
キリッとした表情でこちらを向いたルカに反射的にツッコミを返す。相変わらず主人を主人と思わない部下だことー!
「大丈夫です、主様なら毒ぐらい美味しく頂けるはずです」
「いくら私でも毒耐性なんてないわよ!」
「飲ませてくれとは、わがままな方ですね」
「どっかで聞いたセリフーッッ」
頭を押さえつけられてググググッと攻防が続く。観客席ぃぃ 笑ってるけど仕込みじゃないぞこれ!
「むぐっ」
強制的に口に突っ込まれ、ドブ色の液体が口の中に流し込まれる。ドロドロした食感が喉を通り過ぎ胃に落ちていく。その味は――ん? 思ったより
「おいしい」
私が飲み込んだのを確認して、他の審査員たちも口にする。だけどその瞬間みんなそろって何とも言えない顔をした。
「うげぇ、なんだこれ」
「青臭さと喉越しの悪さが半端ないのですが……」
『ピギャ……』
「いや、おいしいよ。薬草臭さを芋の風味で緩和してるし、食べるスープって感じ」
おかわりを要求する私にドク先生は満足そうに微笑んだ。自らもビーカーに注いだ芋ジュースを腰に手をあて一気にグイッとあおった。
「さよう、げぷっ。ありとあらゆる健康薬草を絶妙に調合したワシ特製健康食であるぞ。芋をベースにしているからエネルギー摂取も優秀でな。いずれは食の細くなった老人や病人食に利用できればと考えている」
「なるほど、いいアイデアね!」
そういえばおじいちゃんが飲んでた青汁もあのクセの強い味が案外好きだったなーと思っていると、青い顔をしたダナエがこそっとルカに耳打ちしているのが見えた。
「もしかして、アキラって何喰っても美味いっていうんじゃないの? こんなゲロマズな物喜んでるなんて」
「否定はできないですね……」
「?」
「エントリーナンバーファイブ! キルトブランドでっす!」
元気よく飛び出して来た若草色に観客席含めたみんなが意外そうな顔をする。そりゃそうだ、キルトブランドと言えば身に着ける衣服を作るところ。その裁縫技術をアキラ芋にどうやって応用すると言うんだろう。社交的なコットンは司会者ライムからマイクを受け取ると身振り手振りでアピールを始めた。
「ウチらが提案するのは新たなるモードファッション! お姉ちゃん、持ってきてー」
「は、はぃぃ~」
舞台袖から引っ込み思案な姉チャコの声が聞こえてくる。裁縫マイスターは新ファッションとやらを着せられたマネキンを押しながらやってきた。
「い、いざという時『非常食にもなるドレス』です~~」
「腐るわ」
もうちょっとひねるかと思ったら、キルト姉妹はダイレクトに芋ドレスを作ってきた。複雑な形にカットした生芋を糸でつなぎ合わせるという前衛的すぎるファッションで、ご丁寧にレースやリボンをセンスよくあしらっている。パッと見は確かに白いドレスに見えないこともないけど、一言言わせて頂こう……食べ物で遊ぶな!
ところがチャコは私の姿を発見するや否や、マネキンからそのドレス(仮)を引っぺがしてものすごい勢いで迫ってきたのだ。前言撤回。遊ぶなって言ったけど、このコ大真面目だ!
「まままままおーさまぁぁぁああ!! ぜひ試着をっ」
「だぁっ! 着ないわよそんなもんっ!」
「なに言ってるんですか食べられるドレスですよ魔王様が着なくて誰が着るんです!?」
「ふぉ!?」
た、食べられるドレス? 確かに言われてみればなんて理想的な洋服なの!? 衣食住のうち、二つを兼ね備えているなんて!
「それにこれを着たらアレができちゃいますよ『私を食べて(はぁと)』ってのをぜひとも幹部さんたちとやって頂きたいのですがハァハァ」
「あ、目が覚めた。結構です」
「なんでですか! お隣のジュエリー職人さんも協力体制なんですよ!」
「エントリーナンバー六……『芋エンゲージリング』……」
「何やってんのドワーフさん!」
さすがに衣料系への進出は時代を先取りしすぎということで不採用になった。こういうのは事前申告の時点で弾いておいてよライム……。
「次のアピール者はこちら!」
『ッピィ!』
可愛い鳴き声と共に登場したのは、真っ白ボディが美しいステラ。え? あの子いつのまに?
どんな商品を思いついたのだろうと興味津々で見守っていると、リストを見ていた司会者が彼女の言葉を代弁してくれた。
「エントリーナンバー七番。ステライオナさんの特産品提案は『冷凍芋』だそうです。お得意の氷で長期保存が可能な――」
なるほど、夏場でも腐らせないように保存食としての加工ね。
「鈍器として」
「鈍器!?」
食品からはもっとも縁遠い単語に反応すると、急に笑顔になったライムは何やらスイッチを押した。ステージ下から大砲がウィィンとせり上がってくる。
「さらにさらにぃ! ボクとの共同開発により撃ちだし式の大砲としての発射が可能に! どかーん!」