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123.夏空と軋轢

 最近の国内情勢もあり心配になる。よもやスーパー超人エリック様に喧嘩を売る命知らずな魔族は居ないだろうけど、不快になるような事とかされていないだろうか。そう尋ねると彼はパッと手を広げて軽く答えてくれた。


「何も? でも確かに前回来た時より町全体の活気はないようだね」

「……」


 答えに詰まる私に察してくれたのだろう、エリック様はやわらかく微笑んで提案してくれた。


「それにしても今日は暑いな、視察の前に何か一杯頂けないだろうか?」



 ***



 カロン、と。グラスの中で氷が涼しい音を立てる。冷たいレモン水を前にしたライムは居心地わるそうに身をよじりながら私に耳打ちをしてきた。


(ねー、やっぱりボク席外した方がいいんじゃない? アキラ様もその方が嬉しいでしょ?)

(お願い、側に居て! 二人っきりだと私なにをしでかすか分からないからっ)

(そこまで言うなら居るけど……)


 大通りから一本入ったカフェのテラス席なので人目が気になるのか、ライムは帽子を目深に被りなおす。擬態してると言えこの子の正体はゲル状のスライムだ。それを知っている街の人間たちはチラチラとこちらを見ている。それに気づいたエリック様はアイスティーを一口飲んで話を切り出した。


「例の新聞記事は私も読んだ。あきらかに火種になるような書き方だったが、ここまで影響があるとはな」

「エリック様、何かご存知じゃありませんか? どうも意図的にこの状況を作り出した黒幕が居るみたいなんです」


 ルカがこの場にいたら目をひん剥くであろう直球を私は投げ込んだ。だけど勇者は少しも動揺した様子はなく即座に返してくる。


「悪いがこの件に関しては大して力になれそうもない。我が国にとっては良いニュースでしかないからな。歓迎と友好の象徴としてセニアスハーブを国交のシンボルにしようと言う動きがあるくらいだ」

「そうですか……」


 大人しく引き下がる私の横で、テーブルに伏したライムは半目になってぶーっと不服そうに言った。


「なーんかヤなかんじー、あの記事を読んだ上でそれ言ってるならボクたちの洗脳大歓迎ってことじゃん」


 聞きようによっては失礼な物言いだったけど、エリック様は否定せず哀しそうに微笑んで一つ頷いた。


「残念だけどその通りなんだ。人は君たち魔族と違ってとても弱いからね、アキラ殿がそういった流れを推奨していると思えば喜んで乗るのさ」

「実際は、こっちの国の空気は最悪ですけどね」


 はぁっとため息をついた私は両手で持っていたグラスを見つめる。表面についていた水滴が球になってコルクのコースターに落ちた。球は形を失わず夏空を反射し続けている。


「どうして争いって起こるんでしょうか」


 ぽつりと疑問が零れ落ちた。完全な無意識だったので口に出してから自分が言ったのだと気づく。少しだけおかしかった。こんな壮大な疑問、元居た現代日本じゃ思いつきもしなかっただろうに。私は口元に手をやって苦笑を浮かべる。


「ふふっ、なんて。世界平和だなんて大それたこと願う前に、自分の国をなんとかしろって話ですよね」

「アキラ殿……」


 柔らかい表情を浮かべていたエリック様だけど、ふいに遠い目をした彼は顔を上げた。その視線の先には私たちのハーツイーズ城がある。


「人は何かを憎まなければ生きていけない物なのかもしれないな。憎むべき対象……憎悪を一か所に向ける事で……」

「エリック様?」


 呼びかけても彼はこちらを見なかった。その表情に見て取れる感情に私は首を傾げる。なんだかためらっているみたい。


 ライムも不思議そうな顔でレモン水をすすっている。散々迷うようなそぶりを見せた勇者様は、決意したようにこちらを向いた。


「魔王殿、実は――」


 実は、何だったんだろう。耳を傾けようとしたその時、ざわっと辺りの空気が変わった。通りを歩いていた人たちが小走りになり大通りの方へ駆けていく。遠くの方から怒鳴り声やざわめき声が聞こえて私は腰を浮かした。


「なにかあったの?」


 向かいのパン屋の軒先で話していた主婦二人に問いかけると、彼女たちは不安そうな顔で情報を伝えてくれた。


「アキラ様、あっちでゴブリンが刃物を持ち出したんですって」

「鋳掛け屋の旦那さんが襲われたとかなんとか」

「!」


 サッと緊張が走り私は椅子から離れる。振り返って驚いた顔をしている勇者様に詫びた。


「ごめんなさい、私ちょっと様子を見に行ってきます!」

「ちょ、アキラ様お会計は!?」

「ツケで!」

「それやったらまたルカ兄ぃに怒られるって――あぁもう、待ってよ!」


 呼び止めるライムを振り切り、編み上げサンダルでまごつく人だかりの中を駆け抜ける。ザッと足元を擦りながら大通りに飛び出すと黒い人だかりができていた。


「通して! 何の騒ぎ!?」


 むりやり分け入る様に入っていくと、ある程度かき分けたところでいきなり輪の中に放り出された。転びそうになるのを何とか踏ん張って顔を上げる。飛び込んできたのはまさに一触即発の修羅場だった。


「謝れ! ウチの坊主が何をしたっていうんだ!」


 刃渡り三十センチほどの幅広の包丁を持ち出していたのは、【みんなのお肉屋さん】と刺繍された前掛けをかけたゴブリンだった。その影には子供とおぼしき小ゴブリンが怯えたように父親の足を掴んでいる。


「なんど言っても聞き分けないそっちが悪いだろう! ウチの子に近付くなってあれほど言ったのに!」


 その刃先を向けられているのは三十代半ばくらいの人間の男性だった。向けられた凶器に汗は掻いているけど、ここまで来たら引けないのか拳を握りしめて一歩詰め寄っている。その後ろにはやはり青い顔をした男の子が尻もちをついていた。二人の距離は二メートルほど、踏み出せばあっという間に詰められる距離だ。


(自警団は何をしてるのよ!)


 こういったトラブルを仲裁するため巡回させているはずなのに。視線を走らせると輪の最前列に黒の制服を着たゴブリンが見えた。だけど微妙な顔つきの彼は非難するような目で人間の父親を見ている。同族の暴走を止めるそぶりすら見せようとしていない。何があったっていうの?


「ぱ、パパ、ブリーのお父さんにごめんなさいして、ブリーを突き飛ばしたパパが悪いよ」


 人間の男の子が泣きそうに震える声で父親にすがる。それに勇気づけられたのか、小さなゴブリンも父親を諌めるように後ろから引っ張った。


「お父さんやめて、オイラ痛くないから、ほらケガもしてないし平気だよ。こっそり会いに行ったオイラが悪かったんだ、だから」


 懇願もむなしく、両者の父親は振り払うように息子を遠ざける。だいたい分かった、「あの子と遊んじゃいけません」なんて勝手ないいつけを親がしたんだろう。だけど子供たちは友達と遊びたくてこっそり会っていた。そこを見つかって、という事らしい。種族間のいざこざがこんな小さな子たちにまで……。


 脅すように包丁をビュッと振った父親ゴブリンは、鬱憤を晴らすように大声で叫んだ。


「もう我慢ならねぇ! ここは元々俺たち魔物の地だ。ニンゲン風情がどのツラ下げて堂々と住みついてやがる!」

「それはこっちのセリフだ! 魔族諸島にひっこめ!」


 なんとその発言に、周囲で見守っていたギャラリーたちからも声が上がり始める。互いに罵り合い威嚇するように拳を振り上げ、武器を持ち出してきている者もちらほら見え始めた。うわ、うわわ!

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