120.両手が花
蛇の道は蛇。じゃないけれど仕入れルートなら元行商人であるペロに聞くのが手っ取り早い。メモを握りしめた私は立ち上がって膝のパンくずを払い落とした。
「ありがとう! これがあれば今日の調査がはかどりそう」
「ハッパ系の嗜好品は扱ってなかったかラ、こんな事ぐらいシカわかんなくてゴメンネー」
「ううん、充分!」
めずらしくニヤニヤしていない口元をした死神は、真剣な声で忠告してくれた。
「気をつけてネ、行商人って利益しか考えてないようなヤツが多いカラ、あんまり暗部にツッコミすぎると消される――までは国王サマだから無いとは思うケド、嫌がらせとかされちゃうカモ」
私は足を止めて振り仰ぐ。長い前髪の向こうを見透かそうとするのだけど残念ながら今日も彼の素顔は見えなかった。代わりにこう問いかける。
「ペロ、ちょっと変わった?」
「ン?」
「檻であなたを捕まえた時は『手首ちゃん以外興味ありません!』って感じだったのに、私のこと心配してくれてるみたいだから」
首を傾げたままで静止していたペロだけど、いきなりバネ仕掛けの人形みたいに両手をバッと上げると元気よく答えた。
「ダッテダッテ! 手首ちゃんとの愛の巣ヲ作る為だもノ! このグライお安いゴヨー!」
「あ、うん、ですよねー」
やっぱり根源はそこか。ブレないなぁと苦笑していると、手を下ろした彼は楽しそうに横揺れしながら口をひらいた。
「でも、一緒になっテ一つの国ヲ作り上げていくのが楽しいってのも本音だヨ。死神って基本裏方仕事だからネ」
そういうものなのかと思っているとペロは唐突に好意を伝えて来た。
「それに、僕マオちゃんの魂けっこう好きだヨー。容れ物がフツーすぎるのがちょこっとマイナスだケド」
「あ、ありがとう……?」
素直に喜んでいいのかわからん褒め方だ。顔を引きつらせているとペロは自分の右手を掲げて左手でスパッと切るような仕草をした。
「ねぇ、手首の辺りちょっと切断してみなイ? そしたら手首ちゃんと同じだもノ。そうダ、左手にしよう。そうしたらピッタリ一対で愛でられル! 両手がハナ!」
「あーっとそろそろ時間だー! じゃあね!」
わざとらしく叫んだ私は全速力でその場を逃げ出した。ちょっとだけ見直したけどやっぱりヘンタイだー!!
***
全力疾走したおかげか、私の左手は無事繋がったままで目的地に到着することができた。荒い息をつく私を怪訝そうに見つめてルカが尋ねてくる。
「運動不足とは聞いていましたが、そこまででしたか?」
「手! 手ェついてる!?」
そんな珍妙なやりとりを終えてようやく一息つく。顔を上げるとあちこちの荷車から物珍しそうな目で見られていた。
ここは関所遊園地のすぐ近くに建てられた国境関税所。うちの国から商品を出したり持ちこむ際はここでチェックを受けることになっている。最初は関所でやってたんだけど、すぐに詰まって渋滞してしまうと一般の人から苦情が出たのだ。なので急遽造らせた新しい施設ってわけ。関所から簡素な柵をダーッと走らせた先には、積み荷をカウントするゲートが横一列にズラリと待ち構えている。そこでパスすればようやく入国できる仕組みだ(ちなみに出国する時も同じ。向きが逆なだけ)
カウント場所の背後には事務所があって、そこで集計とお金の管理をしている。木製の扉をノックして入ると中に居た人たちが一斉にこちらを向いた。
「魔王様、ルカ様、ようこそおいでくださいましたニャ」
出迎えてくれたのは紺色のベストにモノクルがおしゃれなケットシ―だった。彼はここの所長さんで輸出入の管理を任されている。深刻そうな顔をした彼は私たちをソファに案内してから白い毛の生えた頭を深々と下げた。
「この度はこちらの管理ミスで多大なご迷惑をお掛けしましたニャ。監督不行き届きは全て私の責任、辞職も懲罰も覚悟していミャす……」
彼がここまで平謝りなのは理由があった。今回、セニアスハーブの入国量や時期、経路を調べようとしたところ、明らかにデータがおかしいのが判明した。調べてみたところ、どうやら税関待ちでしびれを切らした行商人が職員にお金を握らせて素通りするケースが多々あったらしい。もちろん袖の下を受け取った従業員はクビにしたけれど、その期間のデータはめちゃくちゃになってしまったと。
「仕方ないよ、明らかにオーバーワークで人手が足りてなかったみたいだし」
「輸出の方は城への報告義務がありましたが、入って来る方はそうではありませんでしたからね……私も注意が疎かになっていました」
所長さんに頭を上げさせて私たちも反省する。もう少しちゃんと見てあげればよかった。特にここ最近は劇関連で忙しかったし――いけない、これじゃ言い訳だ。起こってしまったことは仕方ない、それは次に活かすとして、
「行商人たちに聞きたい事があるの。ゲート内に入ってもいいかしら?」
許可を貰い、ゲート内に立ち入らせて貰った私たちは、セニアスハーブを持ち込もうとしてる人たちを片っ端から捕まえて話を聞いた。
「急に売れなくなっちまって参ったぁだーよ、この山どうすっかなぁー」
「魔王様、まさか没収するとか言わんでくださいよ? 儲かるってんで人間領でしこたま仕入れて来たのに、どうしてこうなったかなぁ……はぁ」
「この際、洗脳薬でも何でもいいからよぉ、ハッキリさせてくれませんかねぇ。身の振り方が決まらんのが一番困るんすよ」
「お宅が仕入れろって指示してたんでしょ? え、違う?」
どうやらここに居るのは、セニアスハーブがここ最近のブームになってるからって後追いし始めた運び屋ばかりのようだ。だいたいが人間領からの行商人だったけど、うちの国で店を構えてる仕入れ人も少し居る。どこから仕入れたのかそれとなく聞いたのだけど、どうにも人間領の露天で買っただの同業者から仕入れただのハッキリしない。五人ほど聞き終えたところでルカが顎に手をやり考え込んだ。
「何か変ですね。そもそもの生産地がはっきりしませんし、仕入れルートも中間業者を挟みまくっているようです。まるで大元にたどり着かせないようにしているような」
「あっ」
その時、私はガラゴロと移動する一台の荷車に目を付けた。十数メートル先、こっそりと関所の中へ入っていくのだけど、引いている人物の後ろ姿が特徴的すぎるのだ。まるでブロッコリーのような茶色のもさもさ頭を揺らしながら移動している。
「ちょっと待った、そこの荷車!」
呼びかけると茶ブロッコリーはあからさまにギクリと跳ねた。彼が駆けだそうと踏ん張ったのと同時に私のとなりで風が巻き起こる。次の瞬間には瞬間移動したとしか思えないスピードでルカが荷車の前に回り込んでいた。
「うへぁ!?」
「王がお呼びです、少々お待ちを」
ビックリして腰を抜かす茶ブロッコリーさんに私も追いつく。手元のメモと見比べながら彼を観察した。
「茶色のブロッコリーみたいな髪に黄色い目。間違いない、あなたオットーね? 行商人のオットー・セゼク」
ペロから貰ったメモには、行商人の特徴が六人分記載されていた。その中の項目の一つを抑えながら私は読み上げる。
「オットー・セゼク:ハーブや香辛料がメイン。人間領中心に交友関係が広い、でも独身」
「ほっとけやァ!」