118.セニアスハーブ
秘めたる想いを暴露しちゃうアーティファクトの件は、所有者であるダナエに「むやみに使わないこと!」と、釘を刺してひとまず今回は終結した。特に人の許可を得ずにつけるなんてもっての他だ。
「わっ、ホントに出た!」
だけど本人の意思で使う分には特に制限する気もない。そういうわけでダナエからネックレスを借りて来たライムは執務室で無邪気に遊んでいた。ポンっと軽い音をたてて出現したのは、丸みを帯びた花弁がかわいい黄色い花。
「フリージアね。花言葉は『親愛の情』」
すっかり花言葉にくわしくなった私は意味を教えてあげる。花を拾い上げて握りしめたライムは、にっこりと笑顔を浮かべてそれをグリに渡した。
「だってさ。はい、どーぞ」
「どうも」
「面白いよね~、二人もやってみたら?」
そう言って首からアーティファクトを外して差し出すのだけど、花をしげしげと観察していたグリと、デスクで書き物をしていたルカはそれぞれやんわりと拒否をした。
「花言葉程度で私の気持ちを表しきれるとは思いませんので」
「ヘンな花が出てきたら弁解できない」
「出るんかい」
思わずツッコミを入れるとグリはふよっと浮き上がって逃げて行った。ライムも遊び道具を返しに行くと出ていき、ルカと二人きりになる。人魚街への停留所に予算は割けそうかと問いかけようとした時、ズレた眼鏡を押さえた吸血鬼さんは書き物を続けながらサラリと問いかけて来た。
「それで、奴のキスの腕前はどんなものでしたか?」
ブホッ! と、吸い込んだ息が気管のヘンなところに入り盛大にむせる。しばらくゲッホゲッホと咳き込んでいた私は涙目になりながら聞き返した。
「なっ、ななな、いつ見て……っ!!」
「おや?」
意外そうにこちらを見るルカに一瞬ポカンとする。その意味理解した途端、全身がマグマのように一瞬で沸騰した。
「カマかけたわねっ!?」
「そうでしたか、あのヘタレを少々見くびっていたようです」
「ルカ!」
バンッとローテーブルに手を叩きつけて叫ぶと、彼は羽根ペンを持った手をアゴの下に添えて考え込むような素振りを見せる。ぐぬぅぅ~、こんな初歩的なひっかけにあっさり掛かってしまうなんて! よし、取り乱すのもみっともないし、ここはひとつ冷静に、なんともない風体で切り抜けよう。
「ぐ、偶発的な事故のようなものですし、本人だって野良犬にかまれたと思ってくれって言ってくれましたし」
あちゃあ、何だかものすごい言い訳くさい感じになってしまった。それでも、もにょもにょと消え入るように続ける。
「ファーストキスだったけど、気にしてない」
「そうですか」
平然と流すルカにちょっとだけムッとする。一人慌てる自分が急にバカみたいに思えてきて、書き仕事に戻る彼を半目でにらみつけてやった。
「何よ、私にあんなプロポーズまがいのことしてきたクセに。ずいぶんと冷静じゃない」
「嫉妬して欲しいんですか? 可愛い人ですね」
小さな子をあしらうように言われてついカッとなる。私はツカツカと歩み寄りデスクの端にドカッと腰掛けた。片手を広げて何でもない事のように言い返してやる。
「べっつにー? 私、知ってるんだから。どうせルカは本気じゃないんでしょ。だいたいあなたの愛の言葉ってラスプと違って嘘くさいのよ。心がこもってないって言うか、うわべだけっていうか」
あれ? なんで私こんなムキになってるんだろう。これじゃ本当に嫉妬して欲しかったみたいじゃない。
チラッと後方を見る。目が合ったルカは手を止め、いつもの完璧な微笑みとは違うちょっとだけ崩れた笑みを浮かべてみせた。頬杖をついて尖った犬歯を覗かせる。
「ま、『はじめて』じゃないんですけどね」
「……ん?」
話の前後が繋がらなくて首をひねる。どういうことかと問いかけようとしたその時、外開きの窓がキィと開き、吹き込む風と共に長身の影が突入してきた。
「ようお二人さん、ちょいとやべぇ事になりそうだぜ」
「リカルド……ここ三階なんだけど?」
「ダナエの時もそうでしたが、外からの侵入経路を何とかしないといけませんね」
相変わらずのガバセキュリティに私たちはそろってため息をつく。新聞記者さんは話題に食いついてくれないこちらに苛立ったらしく、ベルトに挟んでいた新聞を引き抜いてパンッと一つ叩いてみせた。
「聞けっての! 見ろこの新聞、ウチのライバル社の明日の朝刊なんだが、内容があんまりにもひどいんで先に入手してこっちに回してくれた。一大事だぜ」
デスクの上に広げたそれを三人して覗き込む。メルスランドでは一番読まれてる超大手の『日刊メルス』だ。明日のトップニュースはリヒター王の地方視察のようで、王様は優しそうな笑顔で片手を上げている。
「あ、エリック様もいる。お付きでロンゴ村に出かけたんだって」
「至って平和そうですがこれが何か?」
たしかに血相変えて窓から飛び込んでくるにしてはインパクトに欠ける。そうじゃねぇと呟いたリカルドは指をスライドさせて別の見出しを指して見せた。
「こっちだ、読んでみろ」
-新任魔王は我らの味方か? セニアスハーブに新成分発見-
友好的な魔王アキラが隣国ハーツイーズに降臨して早数か月が経過した。よき隣人として魔族と交流が増えて来たのを実感している方も多いだろう。だが彼女に対する驚くべき見解が植物学者ギュンター氏によって発表された。
「魔王アキラ。彼女は間違いなく我ら人間側寄りの魔王と言えるだろう。このハーブが何よりそれを証明している」ギュンター氏はそう語る。
セニアスハーブはメルスランド領のみに自生する野草で、古来より魔除けとして使われている。乾燥させ燃やすことで独特の清涼感をもたらす嗜好品なのだが、クセが強いことで好き嫌いは別れる。ところが魔族の方の舌にはよく合うようで、ここ数か月で急激にハーツイーズへの輸出量が増えている。
なんとこのセニアスハーブ、この度ギュンター氏の研究により魔物を鎮静化できる成分が実際に含まれていることが発見された。パイプで燻らし一服することで凶悪な思考を鈍らせることができると言うのだ。
「とある筋から仕入れた情報では、魔王アキラはこのハーブを積極的に自分の国に運び入れてほしいと行商人に頼んでいるようだ。つまり彼女は我ら人間と友好的に過ごしていくために魔族たちの牙を抜こうと画策してくれているのである!」
なんとも嬉しい話ではないだろうか。かの魔王はこちら側との真の和平と親和を望んでいる。もはや凶悪で粗暴な魔族は過去の物。彼女の今後の動向に期待が持てる。
「セニアスハーブ?」
聞き覚えのない単語に首をかしげる。当然だけど、そんな商品を輸入してほしいだなんて行商人にお願いした覚えはない。こんなのでっち上げじゃない。と、隣の右腕に言おうとした私は目を見開いた。ルカは思った以上に深刻な顔をしていたのだ。
「まずいですね」
「え?」
「主様、これを魔族側が読んだらどう受け取めると思いますか?」
ハッとして声を失う。青ざめた私に代わってリカルドが代弁してくれた。
「魔王アキラが魔族たちに首輪をつけるため、セニアスハーブとやらを密かに輸入して蔓延させた……って、感じるだろうな」
「しっ、知らない! 私そんなことしてない!」
とっさに否定すると、頭の切れる二人は冷静にこう返してきた。
「わかっていますよ、ですがあちら側にとってその主張はどちらでも構わないのでしょう」
「黙り込めば肯定、否定すりゃ必死になって怪しい。どちらにせよ不信感を植え付けるには十分ってわけか」
鼻にしわを寄せたリカルドは舌打ちを一つして現状を突き付けてくれた。
「マスコミの十八番は大衆の心理操作。どうする魔王、ここで選択を間違えれば一気に信頼を失うぜ」