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116.リナリアの花言葉

 緊張していたところでいきなり呼ばれたものだから、大げさなまでに反応してしまう。背筋をピーンと伸ばして正面を見ると、ラスプは視線を逸らしたまま居心地悪そうにしていた。首元のピンクのキューブをいじりながら切り出す。


「この妙な石なんだが、この間の花は――」

「あ、あぁうん、聞いたよ! 大変だよね、訓練中も目が合うたびに花が出てきちゃうんだって?」


 焦った私はかぶせるように話の主導権を横取りした。相手と視線を合わせると出てきてしまう花のウワサは一瞬にして広まり、「信頼」や「団結」の意味を持つ花を出して貰うのが自警団の一種のステータスになっているのだとか。花を貰えて大喜びの団員に対して、出てきてしまう度にラスプは悶絶しているらしい。


「やっぱり、なんだかんだ言いつつラスプってみんなに愛されてるよね」

「なぁ聞いてくれ、この前ここで出した花は」

「わかってるわかってる」


 皆まで言うなと両手を掲げる。自分の顔が笑顔の形で固まってしまったみたいだ。よく回る口が自分の物じゃないみたいで……それでも私は相手に喋らせまいと必死に口を動かし続けた。


「『仲間として』私のことが大好きってことでしょ? うれしいなぁ、最初はお前なんか認めないとか言ってたのに、いつの間にかそんなに信頼してくれてたんだね」

「違う、オレが言いたいのは……その」


 視線をそらした窓の外は暗い雲が立ち込める雨模様。打ち付ける雨の音がそういえば朝よりも強まっているな、なんて心のどこかでぼんやり思う。


「その気持ちに応えられるよう、これからも国王として頑張っていくから」

「おいアキラ」


 こちらに振り向いた気配を感じて、私はとっさに立ち上がった。


「ごめん……、部屋、もどる」

「待てって!」


 制止する声を振り切り、私は手早く資料をかき集めて執務室から逃げ出した。一度も振り返らず、階段の手すりを掴んで自分の身体を引き上げるように折り返す。聞けない、聞いちゃいけない!


「!」


 ところが部屋まであとちょっとのところで後ろから手首を掴まれてしまった。左腕で抱えていた紙束が宙に舞い散らばる。誰も居ない静かな午後の廊下。繋がれている手首から熱が伝わってきてお互いの緊張を伝えていた。


「どうして逃げるんだ」


 低く抑えた声で問いかけられ、私は唇を噛みしめる。


「逃げてなんか、ないよ」

「……」


 偽りの感情すら乗せることを放棄した平坦な声が出る。ふいに握られた手に力を込められて、あっと思う間もなく壁に押し付けられてしまった。肩を抑えつけられ、背中に感じた衝撃でつい視線をあげてしまう。鮮やかな緋色に視界を奪われる。小さな光が集約して、赤い花たちが次々と降り注いだ。綺麗なのに、見とれるくらい美しい光景なのに、中心にいる彼は苦しげな表情をしていて


 どうしようもない感情を持て余すように、ラスプは言葉を叩きつけた。


「もう分かってんだろ、オレはお前が――!」

「っ、」


 とっさに俯き、手で言葉ごとふさぐ。言わないで、それ以上踏み込んだらきっと


 ――最後は笑ってお別れできるようにしなきゃ


 つい先日、心に決めた戒めを己に言い聞かせる。つとめて冷静な声が出せるよう意識すると、口から出てきたのは自分でも耳を塞ぎたくなるぐらいに冷たい声だった。


「聞きたくない」


 言葉は武器だ。氷の刃でスゥッと心の表面を撫でられるような気がして私は食いしばる。


「何を言いかけたのかは知らないけど、聞かなかったことにするから、だから――っ」


 あんなにスラスラ出ていた言葉がここにきて急に形を失う。熱いものがこみ上げてきて息がうまくできなくなる。一度詰まってしまった言葉は口から出ることを拒否してはけ口を求めた。


 どれだけ沈黙が続いたんだろう、ふいに頬に手を添えられて否応なしに顔を上げさせられた。こちらをまっすぐ見下ろしているはずの彼の表情が見えない。


「……どうして泣いてるんだ」


 やるせなさを無理やり押し込めたような声が私の胸をえぐり、いっそ怒鳴りつけてくれてくれた方がどんなにラクかと自分勝手な考えが浮かんだ。ぐにゃりと歪んだ視界がまばたき一つで押し流される。あぁ、なんて私はひどいヤツなんだろう。傷つけて、そんな顔させて。


 滂沱する私から目をそらし、苦し気に眉根を寄せたラスプは気まずそうに気持ちを打ち明けた。


「オレは、どうやらお前が好きらしい。なんでとか、理由は分からないけど」


 嗚咽の合間にしゃくり上げながら、私は必死になって言葉をかき集める。頭を振ると涙が散った。


「だめなんだってば……ラスプには幸せになって欲しいって思ってる。だけどそれは私じゃ叶えられない、私だけは好きになっちゃだめ、だめなの。だって私はいつかこの世界から去る存在だし、それに私には先輩が」

「また先輩か! そういう建前を抜きにして、オレをどう思ってるんだよ!」


 こちらを向いたラスプは、泣く寸前か怒り出す直前のような顔をしていた。ポゥっと光が集まり、一手折りの花が床に落ちて私は目を見開く。リナリア、花言葉は――『この恋に気づいて』


 正面に視線を戻すと、射貫くような赤い光が私を捕らえて離さなくなる。想いの丈をまるごと詰め込んだような感情の波にさらわれる。夕焼けに染まる荒波に呑み込まれるような錯覚さえ起こして


「オレを見てくれ、オレはここに居るのに……どうして見ようともしてくれないんだ」


 ラスプ自身も、どうにもならない感情に振り回されているのかもしれない。苦しそうに胸を掴んだ彼は押し殺すように叫んだ。


「無視されたこの気持ちはどこにやればいいんだよ……ッ」


 溺れそうだ。痛いくらいまっすぐな気持ちが心を穿つ。私は真っ赤になってモゴモゴと言葉を繰り出した。


「あの、その……」

「迷惑か」


 ぼそりと呟かれた声に慌てて視線を上げる。俯いて前髪がかかっているので表情は伺えないけど、私は即座に否定した。


「迷惑じゃない、気持ちは嬉しいけど」


 素直に出て来た言葉に自分でも驚く。そうだ、告白されて戸惑いはしたけど不快感はなかった。その瞬間たしかに何かの感情が芽生えたんだ。ただその形を捕まえられなくて、もがいて居る。


「でも……」


 ここまで来ると自分がどうしたいのか分からなくなって黙りこくる。時間がほしい、気持ちの整理がしたいのにさっきから心臓はドキドキしっぱなしで――


 ふと、左のほっぺたに手を添えられてビクッと反応する。大きな手は私の髪の毛をサラとかき分け首筋をたどり、そのまま後頭部へ回る。息がかかるほど近くにあるラスプの顔は、妙に澄んで落ち着き払っていた。


 しとしと、トクトク。雨音と鼓動の音しか聞こえない。切なげに顔を歪ませたラスプは、出会ったときと少しも変わらないまっすぐな瞳でこちらを見つめていた。


「誰かを好きになるのに許可なんて要らない。そう教えてくれたのはお前だろ」


 ささやく声の意味を理解しようとしたときにはもう、唇に感触が伝わっていた。

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