115.アーティファクト
「ほーんと、素直じゃないよねぇ~」
「誰が!」
ライムの楽しそうな声にダナエはキッと目尻を吊り上げた。ようやくピッチャーを戻すと机に勢いよく打ち付ける。え、なに? 何のはなし?
「よーし分かった、ならアタシがそいつのこと全然好きじゃないって証明してやるよ」
「へ?」
挑みかかるように宣言されて目が点になる。彼女は着ていたジャケットの内ポケットから何かをひっぱり出した。皮ひものネックレスのようで親指の爪ぐらいの大きさのペンダントトップが付いている。
チャリと目の前に掲げられたのをライムと二人で覗き込む。濃いめのピンク色で形は正八面体、よく見ると中で小さな粒子がキラキラと回転している。ふんっと鼻息を吐いたダナエは自慢げに腰に手をあて言い放った。
「聞いて驚け、これぞ古くから我が家に伝わるアーティファクト『ひとひらのコトノハ』だ!」
「ひとひら……?」
「アーティファクトぉ!?」
首を傾げる私とは別にライムはすっとんきょうな声をあげた。手をついて乗り出しピンクのひし形とダナエを見比べている。
「ホントのホントに? ダナエ姉ぇん家ってお金持ちだったの?」
「ふふん、家はビンボーだけどこれは手放さなかったのさ」
「ちょっと待ってよ、アーティファクトって何なの?」
一人だけ話についていけない私は慌てて話を止める。ようやく私が異世界から来たと思い出してくれたらしい。ライムは中腰のまま振り返った。
「アーティファクトっていうのは、狂気の天才魔導師ロゴスが残したと言われる魔道具のことなんだ。とんでもないパワーを秘めていて、S級クラスなら売れば人生三回ぐらい遊んで暮らせるって言われてるよ」
「まぁ、ランクにもよるんだけどな……これなんかは遊び半分で作られたB級らしくて、そんなには高く売れなかったんだと」
ちょっとだけ残念そうな顔をしたダナエが振り子の要領でアーティファクトを左右に揺らす。ただのアクセサリーにしか見えないけど、いったいどんな力を持ってるんだろう。
「ね、ね、早く見せてよ、ボク伝説の魔道具って興味あったんだ」
キラキラとした瞳で見上げるライムを横目に、得意そうな顔をした持ち主は首に掛けた。……そのまま私の方をジッと見つめるのだけど何も起こらない。
しばらくして首からアーティファクト(?)を外したダナエは、渾身のドヤ顔でガッツポーズをした。
「どうだ!」
「「何が?」」
寸分のずれもなく私とライムの声が被る。目を剥いた彼女は憤慨したようにテーブルをバンバン叩き始めた。
「だからぁー、何の反応も無かっただろうが! これは好意を持ってる相手を前にしたら不思議な魔力で花がポンポン出てくるんだよっ! しかも素直にならないと首から外せないからアタシはお前が別に好きじゃないってことの証明になるの!」
「そう言われても、ねぇ?」
「実際その現象を見てみないと……」
いまいちピンと来ない私たちは微妙な顔をする。と、その時、執務室の扉を開けて誰かが入ってきた。
「やっぱりここに居たか。うちの団員について相談があるんだけどちょっといいか?」
何かの紙束を肩に入ってきたのは、自警団の制服姿もすっかり板についたラスプだった。今日は暑いからか髪を後ろで一括りにしている。私は笑顔で立ち上がって出迎えた。
「いいよ、何かあったの?」
「最近、副業で護衛のバイトをしたいってヤツが増えてきてな、オレとしては鍛錬を怠らなければ自由にやらせようかと思ってるんだが――」
リスト表を見ながら話し始めるラスプ。その後ろからニュッと顔を出したダナエはなぜかニンマリしていた。まるでイタズラ少年のように黄金色の瞳を輝かせている。
「実証実験!」
「うわ!?」
飛びついた彼女は捕縛するように後ろから皮のネックレスをかぶせる。普段なら気配に気づいたのだろうけどダナエに殺意は無かったので反応が遅れてしまったらしい。彼の黒い制服の胸元でピンクのキューブが揺れる。
「なんだよ猫娘。ビックリするだろ」
肩越しに振り返るラスプに対して、パッと離れたダナエはただ無言で笑顔を向けている。視線を右に移すとソファから腰を浮かしたライムが目をまん丸に見開いているのが見えた。私は正面に向き直り事情を説明しようと口を開く。
「あ、あのねラスプ、それ――」
「ん?」
目が合った瞬間、彼の頭の左辺りが急に輝きだし光が収束した。軽いポンッという音を立てて赤い花が一輪空中に出現する。
「!」
「? なんだ? 手品か?」
ラスプは床に落ちたそれを屈んで拾い上げた。その側から次々にピンクや赤の花が出現し始めてしまう。辺りにはあっという間に花束が一つ作れるくらいの花が広がった。
「ぷ、ぷー兄ぃ、ちょっとこっち」
「なんだよ」
ぎこちない動きでライムが彼の袖口を掴んで執務室から引っ張り出していく。私は執務室の白い床いっぱいに広がったそれらから目を離せずただ立ち尽くすしかなかった。
「あははははっ、分かりやすいヤツだとは思ってたけどここまでとはな」
予想通りだったのが嬉しいんだろう、ダナエはソファに腰掛けてお腹を抱えて笑っている。涙まで浮かべていた彼女は目元を拭いながらからかうように言った。
「あの犬、本当にアンタのことが大好きなんだな」
「……」
熱を持っていく頬を見られたくなくて、私は黙ったまま俯き床に散らばった花を集め始めた。バラ、チューリップ、名前も分からない花たち……全てに共通しているのは暖かな色あいをしているってこと。まるで彼のような。
(ラスプ……)
内側から激しく暴れだす心臓の音がうるさい。きっとライムから事情を聞かされたのだろう、部屋の外から盛大な悲鳴が聞こえて来た。
***
(バラ『あなたを愛しています』。ベゴニア『片想い』。アネモネ『君を愛す』。モモ『私はあなたのとりこ』……)
図書室の花図鑑をパタンと閉じた私は、周りに迷惑にならない程度のうめき声をあげながら机に頭を沈めた。花言葉を調べれば調べるほど情熱的な言葉が出てきてしまうので、こんな動作を午前中からもうずっと繰り返している。
(なんであのラスプが? 私に? ありえないって、思ってた……のに)
突っ伏したまま腕で顔を囲む。今まで考えてこなかったけど、意識した途端にこれまでの色々なことが思い浮かんでしまう。
食べている私を見つめる優しいまなざし。無遠慮にこちらの髪をかき乱す大きな手。からかうような声の響き。だけど真剣な時はまっすぐ真面目で……満月の夜、耳元でささやかれた声がふいによみがえる。
――オレは、お前が
「~~~っ!!」
直接言葉にされたわけじゃない、花だってダナエの冗談かもしれない、でもそれらを無視するには意識しすぎてしまった。もう二度とこれまで通りに接することができないんじゃないかと別の不安がチラリと顔を覗かせる。
(それは困る……)
のそりと顔を上げると爽やかな甘酸っぱい香りが鼻をかすめた。図鑑のそばには、あの時拾い集めた花たちをまとめた小さな花束が置かれてる。その中の可愛らしい一輪が目に留まる。サクラソウ、花言葉は『初恋』。
『ラスプ様は、もうずっとご主人様だけを見つめていらっしゃいましたよ』
花をまとめてくれた手首ちゃんのメモを取り出して見つめる。私は、わたしは……
***
それから数日はお互いがお互いを避けるように過ぎていった。ギクシャクとした関係は周りにもバレていたようだけど、それでも誰も何も言っては来なかった。
だけど国王と自警団の団長という間柄、どうしても外せない話し合いの場が来てしまう。執務室で二人っきりという状況が、これだけ気づまりに感じるのは初めてだった。
「じゃあ、今後はそういうルールで」
「あぁ」
お互いに固い動きのまま会議は終わる。
「……」
「……」
う、うぅぅ、気まずい。耐えらんないぃぃ!!
話し合い中も気になってたんだけど、ラスプの胸元には例のアーティファクトがぶら下がりっぱなしだった。ダナエが言っていた『素直にならない限り外せない』と言っていたのは本当のようだ。でも素直にってさ、それってつまり、
「…………アキラ」
「はいぃ!?」