113.小道具作成中
公には非公開になってるはずの情報に猫はギクッと反応する。多分だけど、内心はらわた煮えくりかえっているピアジェは容赦なく追い打ちをかけていく。
「普通に考えれば分かる事じゃないですかぁ~、魔族の中でも指折りの幹部さんたちに守られてるのに暗殺とか、ちょっと無謀っていうかぁ、考え無しっていうかぁ」
「うっ、うるさい! あとちょっとの所だったんだ! お前サカナのくせに生意気だぞっ」
「あらあらぁ? 種族差別発言ですか? 哀しいですねぇ、悔しいですねぇ、口で勝てないからって種族性を持ち出してくるなんておこちゃまの証ですよぉ? うふふ~」
フシャーッと、猫そっくりに威嚇するダナエだけど、相対するおさかなさんは余裕しゃくしゃくでカウンターヒットをくらわす。わー、この世界だと魚が猫に勝てるんだ。
二人の口論は次第にヒートアップして行き、城で働く人たちが「なんだなんだ」と顔を出し始める騒ぎに発展してしまう。すっかりギャラリーが出来上がった頃合いで、二人はまるで打ち合わせでもしてるかのように揃えてこちらを振り向いた。
「魔王様!」
「おいニンゲン!」
「この人に/コイツに「「何とか言って」」下さいっ!/くれっ!」
響き合う余韻が木立の合間に消えていく。クッキーの最後の一かけを口に放り込んだ私は、彼女たちをビシッと指差し息巻いた。
「いいハーモニーだよ二人とも! 劇の本番でデュオしたら?」
後から何度思い返しても笑ってしまうのだけど、その時の二人はそっくり鏡に映したような顔をしていた。眉間に皺を寄せて口をひん曲げるっていう女子としてはちょっと……な表情。
その様子で庭園にドッと笑いが巻き起こり、ようやく二人は囲まれている状況に気づいたらしい。バツが悪くなったようで、どちらからともなく謝って事を収めたようだ。
***
「へぇ~、騒がしいと思ったらそんなことになってたんだ。ボクも見に行けばよかったなぁ」
手元のいじくっている箱から視線を外さず、ライムがちょっとだけ惜しそうな声でそう返してくる。
ここは一階お芝居小屋の隣にある『ライムの実験工房』。もともとライムは三階の私室で機械いじりをしていたのだけど、あまりの騒音に隣のラスプから苦情が入った。なので近頃はここで実験をしている事が多い。お茶会がお開きになった後、顔だしついでに舞台小道具の調子を見に来た私は、色んな配線が散らかっている机に寄りかかりながらため息をついた。
「ダナエももうちょっと心を開いてくれたらなぁ……」
「あっちもきっかけを探ってるんじゃないかな。観察してるってことは知ろうと努力してるってことだし」
その時、カチッという音が響く。何事かと問いかける間もなく彼の手元で小規模な爆発が起こった。もぎゃあ! とか、ヘンな悲鳴を上げたライムはあぐらを掻いていた体勢からひっくり返って工房の床に背中をしたたかに打ち付けてしまう。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あうう~、失敗したぁぁ」
慌てて駆け寄ると煤まみれになった匠はゴーグルを上げたところだった。彼は藍色の目に涙を浮かべながらケホッと咳をする。爆発した機械は少し離れたところで赤い火花を乱射し続けていた。
「扱いが難しいなぁ、誰が発動させても事故がないようにしないと」
「実験も気をつけてね。クライマックスの花火はあれば嬉しいってだけだから」
「やるからには全力で、だよ。アキラ様」
ニコッと笑ったライムは、別の物を取り出してきた。透き通った緑のガラス球を半分に切ったものだ。
「ルカ兄ぃに協力して貰って、こっちはほとんど完成したんだ。みてて」
スッと一撫でして「わぁー」と話しかける。すると周囲にわずかに風がそよぎ、声がちょっとだけ増幅されて工房に響いた。壁に掛けてあったレンチやハンマーが共鳴してうぁぁん……と、鳴きだす。これは役者の声を風魔導を使って拡散させるマイクの役割をもつ小道具だ。
「出力を上げれば会場の端っこまで届く大きさになると思うよ。役者の人数分と予備が用意できたら、アクセサリー屋さんに持ち込んで加工して貰おうね」
「キルト姉妹に頼んで、洋服に縫い込むっていうのもありかもね」
それからしばらく、いつものように二人で話し合ってどんどんアイデアを出していく。私が現代日本の舞台でありそうな演出を伝えて、ライムがこっちの技術でそれを再現できないかどうか考えるのだ。
「アキラ様ってホント面白いこと考えつくよね、すごいや!」
いやぁ、私の発案じゃないんだけどね。本当にすごいのはそれを軽々実現しちゃうライムの方だと思うよ。
***
八月も二週目に入り劇の本格的な稽古が始まった。オーディションを経て選出された人たちは種族も年齢もバラバラ。お給料は出ないので任意で集まってくれたボランティアなのだけどみんなやる気は充分だ。
「『諦めるのはまだ早いよ、魔族も人間も関係なく暮らせる国を造ろう!』」
今日も簡素な袖なしチュニックに下穿きという動きやすそうな恰好をしていたダナエだけど、その口調は普段とはガラリと変わっていた。魔王アキラ役を演じている彼女は心なしか表情も普段とは違うように見える。
私は観客席で真剣なまなざしを舞台に向けているグリ監督の横に座り、演劇を大人しく鑑賞する。パンと手を打ち鳴らした彼はこれからのスケジュールを発表した。
「オッケー。じゃあこれから十五分休憩、休憩終わったら一幕・二幕を通しでやるからすぐに始められるようにしておいて」
その合図でみんなの緊張が一気に解ける。大勢の人がお互いの演技について談笑し始める中、なれ合いをしないダナエは一人舞台から降りてきた。首にかけたタオルで汗を拭いていた彼女はこちらに気付くと眉をしかめて立ち止まった。私は軽く手を上げて素直な感想を伝える。
「お疲れ様。すごいよ、予想してたより全然うまい!」
「からかうのはよせ。おべっかなんか使わなくたってちゃんとやる」
ブスッとしたままの彼女は私たちが座っていたベンチの端っこに座る。休憩中の役者たちに配られる水を受け取って半分呷ると頭からかけてブルブルッと頭を振った。なんだか夏場の体育会系みたいだ。暑いもんねぇ、この中。
「ダナエ、声の出し方はちょうどいいけど動きがちょっと固い」
監督が立ち上がってそちらに向かったので私も後からついていく。目の前に立つとオレンジの髪から雫を滴らせた彼女は顔をしかめて見せた。
「はいはい、次は意識するよ。その女の仕草を真似りゃいいんだろ? ラクショーだね、この数日間、飽きるほど見てたからな」
そう続けたダナエはしばらく俯いていた。話しかけるなって事なのかなと思い始めたころ、独り言のように呟いた。
「……脚本、アキュイラ様を悪役にしてるのかと思ってたけど、そんなこと無いんだな」
顔を上げた彼女は私たちを通り越して左に視線を向ける。その先には、誰かが置きっぱなしにしている台本があった。
「あの人を悪く言う役なら絶対にお断りだと思ったから、ちょっと安心した」
笑うでもなく、ただただ本音をこぼしたかのような口調に私は口の端を吊り上げる。勢いをつけて彼女の隣に座ると、前かがみになってその小さな顔を覗き込んだ。
「確かに、彼女を悪役にすれば話は作りやすいし人間側の共感も得やすいと思う。だけど私とグリはそうしたくなかった。だって魔族のみんながここに居るのはアキュイラ様が居てくれたおかげなんでしょ?」
トパーズみたいに透き通った瞳が一度だけこちらに向けられる。すぐに逸らされてしまったけど、しばらくしてダナエはポツポツと胸の内を明かしてくれた。
「アタシのこと、初めて認めてくれたのがアキュイラ様だったんだ。故郷のリュンクス村じゃ男がどうやったって優位に立ってて「女なんか」っていつもバカにされてた。どれだけ武芸の腕を磨いても生意気だって」
両の手を見つめていた彼女は、遠い昔を懐かしむようにその目元を少しだけ和らげた。
「若気の至りってやつだよな、やるせなくなったアタシは家出同然に飛び出してさ、魔王に傷一つでもつけられたら一目置かれるんじゃないかと思って奇襲を掛けたんだ。今考えるとほんと無謀だったんだけど」