112.ガールズトーク
ほらきた! 見た目よりしたたかなピアジェが何の用件も無しに来るはずがないと思ってたのよ。そんなこちらの視線を感じ取ったのだろう、慌てて両手を振った彼女は弁解し始めた。
「はわわ~、そんなに警戒しないでください~、遊びに来たって言うのも本当ですからぁ~」
「はわわ~、なんてリアルで使うやつにロクなヤツは居ないのよ。素で話していいから」
飾らずに、どうぞ。と、ジェスチャーすると、口を尖らせた人魚姫は少しだけスピードアップした口調で話し始めた。
「このテクも女性には効きづらいですねぇ、ガラハド諸島の領主さんはこれでデレデレになってくれたんですけど」
「逆に女から反感喰らうタイプだから気をつけた方が良いかもね。それで?」
そう尋ねると、彼女は握りしめた両こぶしを顎の下に持っていきグッとガッツポーズをしてみせた。案外、素でもこういう動作なのかも。
「聞いてください! ついにうちも観光業に本腰を入れ始めたのですよ!」
「本当? おめでとう」
聞けば、シェル・ルサールナの一番尾であるピアジェは主力の運送業メインで忙しいので、観光業はお母さんのイオ様が主体で動くらしい。泡で出来たバブルボールの運行開始など本格的な受け入れを近いうちに始めるそうだ。
「お母様ったら張り切ってしまいまして、近頃なんだか若返ったような気がするんです。お父様が居なくなってから、ようやく笑ってくれるようになりました」
口元で指先を合わせた人魚さんはえへへと嬉しそうに笑う。頬をばら色に染めるこの時だけは国を率いるトップから親を慕う純粋な子供の顔に戻っていた。つられてこっちまで微笑んでいると、キラリと瞳を輝かせた彼女はようやく本題を切り出してくる。
「で、で、で、お願いっていうのがですね、以前魔王様とルカさんを視察でお連れした際、海に進入した海岸があるでしょう? あのポイントに待ち合いの停留所を作ってもよろしいでしょうか?」
「停留所?」
言われてみれば、深海行きのバブルバスを待ってる間、砂浜にぼーっと座ってるだけっていうのもツラいものがある。ベンチとか雨避けとかあったら――ん? 待てよ? いっそその辺りにお店を構えちゃえば、シェル・ルサールナへ行く観光客の『おこぼれ』にあずかれるのでは?
「わかった、待合所の建設は任せてちょうだい! どの道うちの国土だもの、最優先で作らせて貰うわ!」
「やったー、作ってくれるんですね! あとあと、こちらで作ったお野菜も、その待合所からだったらラクに出荷できますね~」
むじゃきに言うピアジェに私は内心ギクリとする。確かに、この城の近くにある畑をそっち寄りに移動したら運ぶのに便利なんじゃないかと考えていたけど、読まれてる? やっぱりこの子、できる……! と、いうか最初からこっちに作らせる気満々だったのか。
まぁいいか。この建設はお互いに利益が出るだろうし。win-winってやつよね。そうなると輸出関係で関所の支部も置いた方が便利かな。いっそ第二都市として港町にしても……。
裏ではそんなことを考えながら手首ちゃんお手製クッキーを勧める。一つ目を食べ終えすぐに手が伸びたところを見ると味が気に入ったようだ。重大な話は済んだとばかりにピアジェは軽い調子で話し出した。
「しかしビックリですねぇ、まさかあの卵から氷のドラゴンさんが産まれてしまうとは。あの卵、拾った者の報告では、ホントにちっちゃな孤島の砂浜に漂着していたらしいです。あーでも、言われてみればあの辺りの海流って北西から流れて来てますねぇ」
「じゃあ、ドラゴン島からぽろっと落ちた卵がどんぶらこしても……」
「おかしくはないですね。こちらでもその海域で探している親竜が居ないかどうか気にかけておきます」
ちなみにその漂流卵ステラちゃんはと言うと、今日は自警団の鍛錬所にお邪魔しているはずだ。近頃私にベッタリだったので他人に慣れさせる意味合いも込めてね。ラスプは諸事情あって居ないのだけど大丈夫かな。
キンキンに冷えたレモネード入りグラスを傾けると、クッキーのほろ甘さが残る口内に一気に爽やかさが押し寄せる。うーん、夏場は氷竜様々だわ。氷室があると無いとじゃ大違いよね。同じように堪能していたピアジェが次なる話題を振って来る。
「そういえば先月末の視察は勇者様じゃなかったとか。トゥルース社の新聞読みましたよ」
「そーなのよー、楽しみにしてたのに全然違う騎士さんが来てさぁ!」
だはぁ、と机につっぷして愚痴をこぼす。そりゃエリック様は騎士団のトップなわけだし気軽にホイホイ来れるはずないけど、期待値が大きかっただけにがっくりと来てしまったのだ。ずぞぞとレモネードを吸い上げていたピアジェが提案してくる。
「でしたら、いっそこちらから会いにいってはどうです?」
「えぇ……私これでも魔王だからなぁ。アポなしに人間領に行ったら混乱引き起こしちゃうよ」
まぁ、この世界に来て早々こっそりお邪魔したけど。密かにそう思っていると、ここぞとばかりに両手を広げた人魚が良い笑顔で切り出す。
「でしたら間を取って、シェル・ルサールナへ一泊旅行なんていかがでしょう~?」
「あ、そこにつなげる」
「ロマンチックにきらめく泡と幻想的な世界……カップルの方にもご満足いただけるようなデートスポットとして様々なプランも計画中でございます~」
それからしばらくキャッキャと理想的なデートプランについて語り合っていると(あー、なんの気なしのおしゃべりって久しぶりかも)突然ガサリと音がして頭上から木の葉が一枚落ちて来た。
「……よくもまぁ、そんなに実のない話を永遠とできるものだな」
うんざりしたような声が続けて降って来る。見上げれば枝の又のところで寝そべるダナエが半分呆れたような顔でこちらを見下ろしていた。私は軽く手を振って挨拶をする。
「いつから居たの? 降りてきて一緒にお茶しようよ」
クッキーもまだまだあるよ~と、誘うのだけどケッと鼻で笑った彼女はしなやかな尻尾を揺らした。
「おあいにく様、アタシはアンタの観察をしてるんだ。仲良くお茶なんかできるかよ」
「おいしいのに」
このように、近頃ダナエはいつの間にか私の近くにいる事が多い。表向きは演じる役の為の観察とか言っているけど、たぶん私の粗探しをしているんだろう。とげとげしい態度は相変わらずだ。
一方、彼女とは初対面のピアジェは合点がいったように手をパンッと叩いた。臆した様子もなく笑顔で話しかける。
「あぁ~、噂のダナエさんですねぇ。新聞よみましたよ~、劇で魔王様役をやられるんですよね?」
「はぁ? サカナ女がアタシに気安く話しかけてんじゃねーよ」
あっ、と止める間も無くダナエが返す。せせら笑ったリュンクスは見下すような視線を投げてよこした。
「さっきから見てりゃ、ぶりぶりぶりぶり気持ち悪いなぁ~アンタ。そんなに媚び売ってて恥ずかしくないの?」
「……」
笑顔のまま固まるピアジェに、私は冷や汗が流れ落ちるのを感じる。ま、まずい、この空気はまずいって。
「でも話してる相手が媚び媚び魔王サマだもんな、お似合いってもんだ。あっはっは!」
お腹を抱えて笑い出したダナエに対して、ピアジェが入っているタライの水が細かくさざめき出す。次に口を開いた時人魚さんは相変わらず笑顔のままだった。
「そういえば小耳に挟んだんですけどぉ、ダナエさんって単騎で魔王様の私室に突入して返り討ちに遭ったって本当ですかぁ?」
「んぐっ!?」