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104.魔王によるしつけ教室

「あら、愛玩目的だけで飼うよりよっぽど責任があると思わない? もちろん奴隷じゃないから本人が嫌がる事はさせないつもりよ。この子の居場所を作りたいだけ」


 可愛いだけで飼って、巨大化したらポーイなんて無責任なことは絶対にしないつもりだ。リターンがあるならなおさらね。もう決まったとばかりに私は笑顔で抱え上げた。


「それじゃあ今日からあなたもハーツイーズの一員! 上手く育てられるかは分からないけど、努力はするから生命力見せてね」

「キュイ!」

「名前を付けないとね、何にしようか?」


 呼び名を決めようとした時、ジト目のままだったラスプが腕を組んだままぼそりとつぶやく。


「ドラゴンが一日にどれだけ喰うか知らないだろ。お前の過剰摂取分から回すからな」

「………………名前、手羽先とか、ゆで卵とか、かば焼きとか」

「喰うな、非常食路線をやめろ」


 そんなわけで、また新たな住民が加わったのであった。しかし竜とはまたファンタジーな……って、吸血鬼とか狼男とか居る世界で今さらか。



 ***



 エントランスホールで二歩進んで足を止め、また三歩進んで振り返る。「とてとて」と、後ろをついてきて居た幼ドラゴンは私を見上げると元気よくキュイ!と鳴いた。


「かーわいい~ぃ」

「魔王さま、触ってもいい? だめ?」


 見守っていた子供たちからワッと歓声が上がる。前もって釘を刺していたので駆け寄ってもみくちゃにすることは無いけれど、それでも触りたそうにそわそわしている。私は一人だけ指名すると、その子を膝立ちにさせて手のひらを差し出させた。ケットシ―族の女の子はちょっとだけ緊張したようにピンク色の肉球を見せてくれる。私は、その上に干し肉のカケラを二、三個置いてあげた。


「仲良くなるコツはね、ビックリさせちゃうから絶対に自分からは駆け寄ったりしないで、向こうから近寄って来るのを待つの」


 小さなドラゴンは食べ物の匂いにつられて少しずつ寄って来る。手を伸ばせば届きそうな距離でフンフンと女の子の手の匂いを嗅いだ。


「じっとしててね、食べ始めてしばらくしたら鼻先から額にかけて優しく撫でていいよ」


 おそるおそる指先でなぞると、夢中で食べていたドラゴンは気持ちよさそうにすり寄る。警戒心が薄れたのか食べ終わると彼女に甘えるように身体を預けた。


「わぁっ、ひんやりしてる!」


 ケットシ―はペタンと座り込んで嬉しそうに撫でている。同じようにして他の子たちも少しずつ友達になっていった。竜なんて飼ったことないから不安だったけど、こうしてみると犬と一緒だなぁ、案外このままラクにしつけられたりして――


「痛い!」


 慢心した私を張り飛ばすように鋭い悲鳴が上がる。慌てて駆け寄ると人間種族の男の子が腕を抑えてビィビィと泣いていた。よく見ると柔らかい腕にぷっくりと二か所、赤い血の球が出来ている。じゃれあっている内に子竜が調子に乗って噛みついてしまったようだ。子供たちがサッと引いてその場に輪ができる。ビックリしたようにすくむ竜とわめき続ける男の子だけが取り残され、私は慌てて駆け寄った。


「大丈夫? すぐドク先生をっ」

「もう居るわい、どれ見せてみい」


 いつの間に来たのか、のっそりと現れたドク先生が救急箱をドンと置いて男の子の腕を引く。彼は鼻水を垂らしながらカエル先生に泣きついた。


「せんぜぇぇぇ、噛まれだぁぁぁ、いだいいいい」

「うるさいのう、お前さん自警団に入るのが夢とか言っとったじゃろうが、このぐらいで泣いてどうする」


 ハラハラしながら見守っていたのだけど、幸いにもまだ幼体なだけあって深い傷では無かったようだ。でもこれが成長したドラゴンだったらとぞっとする。これから顎も頑丈になるだろうし、子供の骨なんてカルシウムせんべいより簡単に砕けてしまうだろう。


「魔王様、叱らなくていいの?」

「そうだよ、叩いてダメッ! って、怒らないと」


 子供たちに揺さぶられて我に返ると、ドラゴンは戸惑ったように自分を非難するような視線を見回している。そうだ、あの子の為にも、不用意に噛むのがいけないことだってちゃんと教えないと。でも待って、叩いて教えるよりいい方法がある。


(みんな、背を向けてあの子を完全に無視して。近寄ってきても反応しちゃダメよ)


 コソッと隣の子に呟いて、伝言を回してくれるように頼む。すぐに竜だけを残してみんなが外側を向く陣形が出来上がった。後ろを向きたくなるけどぐっと我慢。


「キュ?」


 可愛い声が中央から上がり、子ドラの戸惑ったような気配が伝わってくる。トットットと足音が聞こえるのだけど誰も反応してあげない。さっきまで撫でて可愛がってもらっていたのに、いきなり無視されて寂しくなってきたようだ。食糧庫で立てこもっていた時のように細い声で鳴きだす。


「ぴぃぃ……」


 動かないよう気をつけながらちらっと様子を伺う。ドラゴンは順番にみんなの足に体をこすりつけていくのだけど、誰一人として動かない。やがて先ほど噛まれた男の子の前まで来た彼は、考え込むようにペタンとお尻をつけて見上げた。緊張の一瞬が走る――


「ふっ、ふふっ、あはは!」


 急に男の子が笑い出してみんなが動き出す。見れば竜は赤い舌を出して男の子の腕をペロペロと舐めていた。男の子はそのまま抱え上げると良い笑顔でくるりと回転する。


「くすぐったいよ! まったくもう、二度とあんなことしちゃダメだからな」

「キュウ!」


 あらら。でもまぁ、子ドラも反省したみたいだし良いタイミングか。その後、夕方五時の鐘がなるまで子供たちはドラゴンと遊んで行った。遊び疲れた竜は私の膝に乗りクゥクゥと可愛い寝息を立てている。結局ずっとそばで見守ってくれていたドク先生が、寝ている隙を狙って体温チェックや脈を取り始めた。


「やれやれ、毒がないのを確認済みとは言え、子供が噛まれたらさすがに親は良い顔をせんぞ」

「あはは、そこは反省してます……あそこの家は毎晩家族でお風呂に来てるはずだから、後で謝っておくわ」


 平熱は氷竜なだけあって低い、脈は犬猫と同じくらいらしい。ボードの紙に走り書きをした先生は難しい顔をしながら言った。


「データが無いからこれが正常なのかどうかも分からんな、しばらくは毎日観察するぞ」

「お願いします」


 ところで――と、患者名の欄でペンを止めた先生は至極まっとうな質問をしてきた。


「名前は決めたのか? カルテを作るから教えておくれ」

「うん、ゆで太」

「ゲコ?」


 なんだって? とでも言いたげな聞き返しに、私はもう一度繰り返した。


「ゆでたまごの、ゆで太」

「……」


 あ、何よその顔。私の命名にケチつけようっての? いいじゃない、親しみやすくて。頭を抱えたドク先生からうめき声が漏れ出す。


「天下のドラゴンになんという名前を……なげかわしい……」

「だぁぁーって、公平にクジで決めたらそれになったのよ! ルカの『エターナルフォースブリザード』よりマシだと思わない!? ラスプなんて『チビ』だし、グリなんて『かき氷』よ! ライムに至っては『冷却くん』だし」

「おぉ神よ、この国のトップにネーミングセンスを与えたまえ……」


 神様になんて祈るガラじゃないだろうに、ドク先生は両手の吸盤を合わせて天に嘆いている。ししし失礼な。そりゃ私だって、こんな美しい生き物に悪ふざけみたいな名前付けちゃって後悔してる節がないこともないけどさ。


「じゃあ、ドク先生だったらどんな名前つけるのよ?」

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