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102.人気ランキング

 グリが執筆を開始してから三日ほど経過した。今日も彼は陽のさしこむ図書室の一角に腰掛け羽根ペンをよどみなく走らせている。その横顔はこれまでになく真剣な物で、よっぽどの事がなければ話しかけるのをためらう雰囲気を醸し出していた。


(誰なんだよあれは……)

(私も驚いた。ここまで集中力が高いとは思わなかったから)


 本棚の影からその光景を覗きながら、私たちはひそひそ声で会話する。ラスプ、私ときて、一番下から顔を出したライムがこちらを見上げながらこんな事を報告した。


(リカルドおじさんに聞いたんだけど、グリ兄ぃの支持率が急上昇してるらしいよ。ほら、あそこにも、こっちにもファンが)


 彼が指し示す方向を見ればなるほど、本棚の影から私たちと同じような体勢で熱い視線を送っている女性たちが居る。グリはそんな視線を少しも気に掛けることなく執筆を続けている。色素の薄い彼が光の中で書き物をしている様子は妙に神々しくて、世俗から離れたちょっとした文豪みたいだ。意外と着流しとか似合うんじゃないだろうか。そんな事を思いながら口を開く。


(確かにね、これまで居るんだか居ないんだか分かんなかったニートから、いきなり知的な作家っぽくなったもの。そのギャップにやられた人が多いんじゃないかしら)


 かくいう私も、最初にこの光景を見た時はドキッとしたものだ。普段の眠そうな顔つきを知ってるから余計に。


 ところがラスプからすると死神様のギャップ萌えはどうでもいいらしい(いや、ぞっこんになられても困るけど)代わりに別のところを聞き咎めた。


(それより何なんだよ、その支持率ってのは)

(ウチの国の人気投票だよ。独自の聞き取り調査で統計出してるんだって、週刊ランキングでトゥルース社の新聞に顔写真付きで載ってるよ)


 知らないの? と、かわいく小首を傾げたライムは指をふりふり最新の格付けを上から発表してみせた。


(一位は毎回ぶっちぎりでアキラ様だね、お年寄りから子供まで幅広い層の男女に指示を受けてるよ。魔王なのに若い女性ってところもウケてるみたい。アキラ芋のイメージガールとして他国にも広がってるから顔も売れてるし、それなのに気取ったところがなくて国民と同じ目線で話しかけてくれるから親しみやすいんだって)


 信じられないような顔で上から見てくるので、私はふふーんと自慢げに笑う。トップの面目躍如といったところですか。


(アキラ様にちょっと遅れてルカ兄ぃ。とにかく女性票が多いんだ。あの笑顔で言葉責めされてみたいって意見が殺到してるらしいよ。それに税制の面で厳しいけど公正にしっかりやってくれるから、経営者からの信頼も地味に厚いみたいだね)

(お、おぅ。で、その次は誰なんだ?)


 この辺りでそわっと赤いしっぽが揺れ動く。この人、そろそろ自分が来るんじゃないかって期待してる……。そんな淡い希望を打ち砕くように、ライムは星でも飛ばしそうなウィンクをしながらダブルピースを決めてみせた。


(ボクでーす)

「なんでだよ!?」


 思わず飛び出たツッコミが反響し、静かに読書をしていた人たちからギロリと睨まれる。ラスプは縮こまりながらスミマセン……と、呟いた。ジト目になったライムから注意される。


(ぷー兄ぃ、ここ図書室)

(悪かったっての。じゃなくて、おかしくねぇ? そこは自警団の団長であるオレが来るだろ、常識的に考えて!)


 納得できなさそうな彼を前にして、私たちは顔を合わせて含み笑いをする。


(ラスプは、ねぇ?)

(ねー?)


 そんな反応に、狼さんはなぜだ!なんて言いながら大げさな動作で頭を抱える。ラスプの場合、どうしても二枚目半っていうか、いじられ役っていうか、オチ担当っていうか……こういう役回りがホント似合うなぁ。私は嫌いじゃないけど。


 へこむ彼を慰めるように、ライムが頭をポンポンと叩きながらフォローする。


(まーまー、ルカ兄ぃを除いたボクたち三人はどんぐりの背比べってところだよ。週によってけっこう変動したりするし)

(ところが、ここでグリが頭一つ抜きんでて来てるのよね。もしかしたらルカといい勝負になるかも、って)

(あれがぁぁ?)


 ここで視線を戻すと大文豪は机に突っ伏して寝ていた――なんてことは無くて、先ほどと同じく黙々と書き続けている。やろうと思えばできる人なんだなぁ。うぅ、なんだか涙が出てきそうだよグリ。


 妙な感動を覚えていたその時だった、静寂の図書室に扉を勢いよく開け放つ音が響く。中にいたみんなが何事かと振り返れば、騒音の犯人は一息入れた後、扉脇に貼ってある「お静かに」の貼り紙なんてお構いなしに叫んだ。


『魔王殿! 大変である!』



 ***



 焦った様子のフルアーマーさんに導かれ、食糧庫まで駆け付けた私たちは周囲の異常さに目を見張った。


「うわぁ、カチコチ」

「どうなってんだよこりゃ」


 一階の隅にある食糧庫に到る廊下は、そこだけ冬になってしまったかのように霜が降りていた。真っ白く変化した床を見下ろしながら進むと、大扉の前に居たルカが白い息をまとわせながら振り返る。


「主様が外側に居るという事は犯人は別でしたか」

「ちょっと、なんで真っ先に私を疑ってるのよ」

「場所が場所だけに」


 聞き捨てならなくて問いただすと、みんなの間で「だよなぁ」なんて空気が流れ出す。なんで!!


「それよりどういう事? なんで食糧庫が冷凍庫みたいになっちゃってるわけ?」


 この食糧庫はちょうど真上にある二階の厨房とつながっていて、内部の階段で上り下りできるようになっている。そちら側も完全に固まってしまっているようで出入りは不可能になっているらしい。幸いにも朝食の後片付けが済んだ頃だったので中に閉じ込められた人は居ないとか。ルカは困ったように扉を見上げながらこう続けた。


「それが、まったくの原因不明でして……。厨房に居た者によると中から鳥のような声が聞こえたと」

「鳥?」


 凍らせる能力を持った魔物でも迷い込んだんだろうか。でも食糧庫には窓なんかないし、どうやって入ったんだろう?


 扉の下の隙間からは白い煙がぶぁぁーっと流れ出ている。耳をピタリと当ててみると、氷が形成されているパキパキという微かな音が聞こえてきた。まずい、どんどん進行してるみたい。


「とにかく、なんとしてでも溶かすのよ! このままじゃ今夜のご飯もままならないわ」


 それだけは何としてでも阻止しなければ! 火持ってこい、火!


 そこで火の魔導を得意とするグリが進み出て扉に手をあてる。しばらく目を閉じて集中していたのだけど、驚いたように一歩ひいて報告した。


「全力で抵抗されてる。中に居る誰かさん、めちゃくちゃ魔力高いよ」


 溶かす片っ端から再凍結されていくという。そんな強力なチカラを持ってるだなんて、いったい何者なの? その時、閉められた扉から紫色の何かがにゅっと出てきたのでみんなして悲鳴をあげた。思わず身構えるのだけど、何てことはない、見慣れた仲間の一人だった。


「いやァ、ビックリしタ。なんであんなノがここに居るノ?」

「ペロ!」


 どうやって中から? と、言いかけて、そういえば物理透過できる死神だったと思い出す。私が無言で隣の白い人を見上げると、同族のグリは少しだけ気まずそうに頭を掻きながら「そういえば通り抜けられるの忘れてた……」と呟いた。


 とにかく、中の偵察をしてきてくれたペロに誰の仕業なのかと尋ねるのだけど、彼は見た方が早いヨとちょっと離れた壁の辺りを指す。


「その辺りなラ氷が薄かったカラ、溶かすヨリそっちから入ったほうガ早いかモ」

「ラスプ、おねがい」


 腰に携えたロングソードをスラリと抜き取った警備隊長は、目にもとまらぬ速さで剣技を繰り出した。しっくいが塗られた壁に亀裂が入り、蹴りを一つ入れると人一人が通り抜けられるぐらいの穴が開く。油断なく剣を構えたラスプに続けて私たちも後に続くと冷気が腕を撫でた。


(どこにいるの?)

(コッチコッチ)

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