101.白羽の矢
「演劇ぃ!?」
ラスプがすっとんきょうな声を上げたのを皮切りに、みんながざわざわと反応し出す。その時、高々と手を突き上げて挙手をする者が居た。チャコだ。
「いいいっ、衣装はぜひとも、わたっ、わたしにっ、お任せ……を……」
周りがシンとしたので急に恥ずかしくなったのか、言葉尻が消えていく。だけど静寂は一瞬の事だった。
「カラクリ使って舞台装置すごいのにしようよっ! お客さんが見てる前で舞台がせり上がったりして変形するんだ!」
「せっかくだからダンスも取り入れてミュージカルにしたらどうかしら? もちろん演奏はうちの楽団でね」
「あぁぁ、それいいです! わたし達人魚族も歌でお手伝いさせて頂きたいですぅ」
「武器なんかの小道具もいるんだろ? うちの武器屋に任せてくれや!」
「リヒター王を招待するとなると、もてなしの酒や料理も必要になりますね。いっそディナーショーのようにVIP席で食事をして頂きながら観覧頂くというのはどうでしょう?」
みんなが目を輝かせてそれぞれの特技を活かしたアイディアを次々と出していく。私は拳をグッと握りこんで堂々と宣言した。
「そうよ、国の技術者であるマイスター達が先導して、クオリティを高めた物を一気に披露するの。みんながそれぞれ持つ能力を最大限に発揮できる一つのステージを作り上げよう!」
ワァァと歓声が起こり、広間に熱気が溢れかえる。興奮さめやらぬ中、ふと何かに気が付いたようなライムが疑問を挙げた。
「でもさ、劇の脚本は誰が書くの? アキラ様?」
「まさか、私に文才はないし、書いてるヒマは無いと思う。でもこの中に適任者が居るでしょう?」
そう言いながら、私はひな壇を降り始めた。みんなは探る様にお互いを見やっている。思案顔で首を傾げていたライムがチラリと横を見上げた。
「文章って言えば、リカルドおじさんだけど」
指名されたリカルドは、ニマぁと笑いながらいつもの手帳を出して書く真似をした。
「おう任せとけ、なじみだから特別料金でやってやるぜ。多少の脚色が入るかもしれんが、そこはまぁ創作と割り切ってくれよな。ドラマチックに演出するためだ二、三百人殺すかもしれんが――」
「あなたに任せたら血糊が飛び交うステージになりそうだわ……」
そんな残虐性はお呼びでないと手を振って払う。まっすぐに歩いて人の輪を抜け出た私は、一番最後列に居た人物を見下ろした。あぐらをかいてコックリコックリと舟を漕いでいた彼は、気配に気づいたのか目を覚ます。数秒遅れて、その場に居る全員が自分を見つめていることに気づいたのだろう、珍しくギョッとしたような顔をした。
「起きなさいグリ、あなたにもいい加減動いてもらうわよ」
寝起きで理解が追い付いていない死神は、散々考えた後、説明を求めるように間抜けな声を漏らした。
「……え?」
***
どうもこの国は死神の捕縛に縁があるらしい。みんながそれぞれの仕事に向かった後、居残りのグリは後ろ手に縛られ腰の辺りをグルグル巻きにされていた。特製の麻縄を用意したペロがいつぞやの仕返しとばかりにケタケタと背後で笑っている。調子にのった元行商人は白い猫っ毛に肘を乗せるとおどけたように口上を始めた。
「エー、こちらハーツイーズ国で捕まえましタ世にも珍しイ、まっしろ白スケの個体でございまス。今なラこちらの鎌もセットに致しましテ、お値段たったノ――」
「ふんぬっ!」
「ぎゃあアア!」
気合いの掛け声と共に出現した青い鬼火がペロの服に燃え移る。転げまわってなんとか消火に成功したペロは怒ったように口を開いた。
「何するのサ! グリグリが素直になれないからッテ、こーやって場を和ませてあげてるのニ!」
「煽ってるの間違いでしょ。あとグリグリって呼ぶな、素直に不快」
ぶすーっとした表情のグリと視線を合わせるため、私はスカートを折り込んでしゃがむ。頬杖をつきながらもう一度繰り返した。
「どうしてもやってくれない? だってあなたお話作るの得意でしょ? 子供たちの添削もしてたみたいだし、絵本を書いて寄贈してくれてるじゃない」
実は図書室を作ろうと決めた時、私の他に本を用意してくれたのがグリだった。私はただ自分が知っている童話を記憶から書き起こしていただけだったけど、彼は子供向けの教育絵本をつぎつぎと書いてくれたのだ。文字と倫理を教え込む『はらペコまおうとおともだち』シリーズは子供たちに大人気で、今も地味に続きが出ている。だけどグリはそっけない声でこう返してきた。
「あれはただの暇つぶし、せがまれたから続きを書いてるだけ」
むぅ……手ごわい。でも負けるか!
「それだけじゃないわ、あなたは私たちの中で一番の演技力を持ってる。指導もできる。おねがい、舞台監督になって欲しいの!」
熱意を込めて前のめりになる。息がかかるほど間近で目をそらさずにいたグリだけど、しばらくすると重たい溜め息がその口から零れ落ちた。
「あのね、あきら。そういうのはこんな素人じゃなくてちゃんとした作家に頼んで書いてもらった方がいいよ。確かに俺は物語りを書くのが嫌いじゃない、だけどそれは趣味だからできることだ。仕事としてなんて、ましてやそれが国の運命を左右するだなんて、とてもじゃないけど――」
「怖いんダ」
それまで黙って聞いていたペロがぽつりと呟いてグリの言葉を遮る。そのまま肩に手をかけて耳元に口を寄せると、私には分からない早口の死神語で何やらしゃべり出した。言葉は分からないんだけどすさまじく煽っているように聞こえるのは、気のせい? 無表情なんだけど、グリの怒りのオーラが段々と増えてきているような、あの、ペロ、その辺りにしておいた方が……。ストップをかけようとしたまさにその瞬間、こちらにチラッと顔を向けたペロは、急に私にも理解できる言語に切り替えた。
「××××××? それにほラ、マオちゃんへノ罪滅ぼ――」
何が逆鱗に触れたのか、カッと目を見開いたグリが目にも止まらぬ速さで頭突きをかました。すぐ間近で煽っていたせいで、その一撃はまともにペロの顎にクリーンヒットする。生理的にヤバそうな音が響いて煽りのプロは床に沈んだ。
「うわっ、え、なに? 私への罪滅ぼしって、何の話?」
「いいから」
「だって、ペロの言うマオちゃんって私――」
「いいから」
「……はい」
こ、怖……。とりあえず私まで頭突きされないようにと、正座のままズリズリと距離を取る。重苦しい沈黙が続いた後、グリは諦めたように肩を落とした。
「わかった、やる」
「えっ」
それが舞台監督の件だと気が付いたのは、数秒たってからだった。嬉しいというより、あんなに嫌がっていたのにと申し訳なくなる気持ちが先に出てきてしまう。
「いいの? どうしてもって言うんならムリにとは言わないよ?」
「そこで転がってるゴミクソゲロ野郎より役立たずのごく潰しとか言われたら、さすがの俺も腹が立った」
マジで何を言ったんだろう……ペロ。
それでもじわじわと嬉しい気持ちがこみ上げてくる。ゆるむ頬を抑えられずに、私は素直な気持ちを打ち明けた。
「ありがとう、ほんとに嬉しい! 見ず知らずの作家さんに頼むより、最初からずっと傍に居てくれたグリに書いてもらえる方が絶対いいに決まってるもの!」
つられて口の端を吊り上げていたグリだったけど、急に目つきを鋭くしてこんな宣言をした。
「言うまでもないと思うけど、焚きつけた以上、あきらにも手伝って貰うから」
「え」
「脚本の叩き台をこっちの修正一回につき最低でも十回は読んで貰うよ。赤ペンの入れ方は後で教える」
縛られていた荒縄を魔導で焼き切ったグリは、少し跡がついてしまった手首を鳴らしながら立ち上がった。普段のぼんやりとした存在感が急激に輪郭を帯び始めたというか、別人かと錯覚するぐらいスイッチが入っている。すれ違いざま、こちらの肩に手を乗せた彼は銀灰色の瞳を細めて微笑んだ。
「俺が関わる以上、中途半端な物は許さないから」
もしかして私、とんでもない鬼監督に白羽の矢を立ててしまったのでは……。
グリが広間を出て行ったあと、何気なく見下ろすと床に転がって頬杖をついているペロと(たぶん)目が合う。ニッと笑った彼は「作戦成功!」と、でも言いたげに親指を立ててみせた。