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100.掛け算パワー

 ――誰だって何かできる、それがたくさん集まったら、きっと世界は少しだけ変えられるはずなんだ!


 いつだったかリカルドに伝えた言葉が蘇る。……ダメだな、私。気を抜くとすぐに自信を失ってしまうんだから。大切なのは上手く行くって信じる事。言い聞かせてたつもりだったのに。


「ありがと、ちょっとだけ元気でた」


 少しだけ口の端を吊り上げてジョッキを傾ける。その時、入り口のドアベルが鳴り誰かが入ってきた。浮遊魔術でふよっと移動してきたのは優美な尾びれをなびかせた顔なじみの人魚さんだった。例の散水タルポンプを背負って水泡を周りに浮かべている。


「あれぇ、魔王様じゃないですかぁ。お酒も飲むんです?」

「ピアジェ、久しぶり! 元気だった?」


 相変わらず間延びした口調の彼女は、にぱーっと笑顔を浮かべてこちらに泳いできた。よく見ると台車に乗せた酒だるを引っ張っている。


「元気元気、おかげ様でそこそこお仕事貰えるようになってきたんですよぅ。あ、マスターさん納入ですぅ」

「おっ、ご苦労さん! これこれ、なかなか入手できねぇ銘柄なんだが海を渡ればこんなに早いんだなァ」


 マスターがデレっとした表情でラベルの貼られた茶色い瓶に頬ずりする。キュポッとコルク栓を抜くと三つ並べたグラスに少しずつ注ぎ始めた。琥珀色の液体が店内の照明を反射して踊る。


「せっかくだから試飲していってくれよ、俺のおごりだ」

「あら良いの? 高いんでしょ」


 なんて言いつつも、嬉しそうなカトレアちゃんが一番右端のグラスを手に取る。ピアジェも無邪気に喜びながら受け取るので、じゃあ私も


「良いの良いの、綺麗どころ三人に飲んで貰えるならこっちとしても嬉しいからな」

「お上手ですねぇ~、じゃあちょっとだけ運賃サービスしておきますぅ」


 良いお酒かー、なんて一口含んだ私は軽率に呑み込んだ事を後悔した。燃えるような熱さが喉を焼き胃に落ちていく。間髪いれずに頭をクラリと揺さぶられカウンターに突っ伏してしまった。


「んがぁぁ、強いなら強いってぇぇ」


 一口でダウンした私とは違い、両脇の二人は涼しい顔でクイッと飲み干していた。そんでもって美味しい~だなんてキャッキャと笑いあっている。くそう、私が弱いのかこの二人が異常なのか。


 お酒でテンション上がってきたのか、沈没したままの私を挟んで二人は盛り上がる。ピアジェが楽しそうに笑いながらこんな提案を持ち掛けた。


「カトレアさんて有名な踊り子さんですよねぇ~、今度コラボしましょうよ~、わたし歌いますから!」

「あら良いわね、何なら即興でやってみる? 少し早めの四拍子でお願い!」


 トンッと床を蹴ったカトレアちゃんがしなるバネのようにステージに舞い戻る。胸の前で手を組んだピアジェが透き通った声で高らかに歌い始めるのに合わせて彼女は舞い始めた。どうやらみんな知っている曲のようで楽団の人たちの演奏が入る。


「わぁ……!」


 地球で言うケルト音楽のようなノリの良さで酒場は大いに盛り上がり始めた。私も手拍子をしながら声を上げる。すごい!


 ジャカジャカジャカ~~……ジャン! と、曲が締められた瞬間、酒場は爆発したような歓声に包まれた。店内に居たみんなが総立ちになり、通りの人たちもなんだなんだと顔を覗かせる。汗を拭ったカトレアちゃんはピアジェをステージに呼び二人で頭を下げた。割れんばかりの拍手が鳴り響く酒場は、間違いなく今日一番の盛り上がりを見せた。



 ***



 興奮冷めやらぬ店内を後にした私は、ご機嫌な気分で城へと戻り始めた。いやぁ~いいもの見たなぁ。二人の特技が完璧に合わさって、何倍ものパワーになって感動を生み出してた。


(ん? そっか、何も課題発表を一つに絞ることは無いのか)


 ふと思いついた私は、行き交う人並みの中で立ち止まって考え込む。今までは究極の逸品を献上だとか、来賓を招いてのパーティだとか、国の成り立ちをまとめたレポートの提出だとかを考えていたけど、さっきの二人みたいにそれらを全部合体させてもいいわけだ。問題はその合わせ方なんだけど――


 通りを行く人がふしぎそうに私を見送る中、お城からの下り道をかけてくる二つの小さな影があった。笑い転げながらじゃれ合っていた二人はこちらに気が付いてパッと顔を明るくさせる。


「魔王様だっ」

「こーんばーんわー」


 いつも図書室で遊んでいる子たちだ。元気に挨拶してくれたのは良いけど、辺りはとっぷりと陽が暮れてオレンジ色の街頭ランプが煌々と光る時間帯。私は腰に手をあて彼らをたしなめる。


「あなたたち、こんな時間まで城に居たの? 親御さんが心配するわよ」

「えへへ、ごめんなさーい」

「へーきへーき、城壁の中なら安全になったって言ってたし!」


 お調子者っぽい方がへらへらと笑いながら言う。その様子にちょっとだけ笑って返す。


「まったくもう、そんなに面白い本でもあったの?」


 すると顔を見合わせた二人はまるでイタズラを企んでいるように含み笑いをした。斜めがけにしたカバンの中から数枚の紙を取り出すと、自慢げにそれを掲げて私に見せようとする。


「魔王様言ったじゃないか『面白くないなら、自分たちでおはなしを書いてみたら』って」

「だからオレたちグリせんせーに教えて貰って書いてみたんだ」

「添削して貰ったけど、初めてにしてはなかなか面白いって! 魔王様も読んでみて」


 半ば押し付けられるように紙を受け取る。それで満足したのか子供たちはキャッキャと笑いあいながら通りを下って行った。元気なコンビを見送った私は苦笑を浮かべながら城へと戻る。



 てっぺんの自室に戻り、手首ちゃんに世話を焼いてもらい、さぁ後は寝るだけだと言う段階になって私はようやく「おはなし」の存在を思い出した。ベッドの上に放り出してあった紙を手に取り、仰向けに寝ころびながら手元の紙を捲り始める。なになに……。


 内容はよくある冒険物で、自分たちを主人公にした微笑ましい物だった。起承転結ハッピーエンド。文章は稚拙なんだけど、確かに褒められたというだけあって、あの歳の子供が書いたにしてはよくまとまっている。主人公の二人がおつかいを終え、自宅のドアを開けたところで、私はほぅっと息をついた。物語りを読み終えた後の充足感っていいなぁ。課題発表もこんな感じにできたら――


「!」


 そこで目を開けた私はガバリと上体を起こした。タンスの整理をしていた手首ちゃんがビクッと振り返るのだけど、そんなことには構っていられないほど脳みそが目まぐるしく回転していく。そうよ、そうだわ! うちの全力を表現するには、これしかない!!


「ひらめいたぁーっっ!!」


 完全に固まっている手首ちゃんを捕まえた私は、そこから『もう勘弁してくれ』とジェスチャーされるまで泉のように後から後から湧き出て来るアイデアを夜遅くまで延々と語り続けたのだった。



 ***



 一晩明けて翌朝、爽やかな光が差し込む大広間にはいつものメンバーが雁首そろえて玉座に立つ私を見上げていた。幹部たちにリカルド、キルト姉妹、ドク先生、他にも他にも……なじみの顔がざっと二十人ほど。


「それで、主様? 重大な発表とはなんでしょう」


 自分にも教えてくれないなんて、と、少しだけ不満そうな顔をしたルカが問いかける。ふふんと笑った私はついに発表することにした。


「リヒター王に発表する課題の内容を決めたわ」


 ざわっとどよめきが走り、みんなが顔を見合わせる。もったいぶって無いで早く教えろとヤジが飛ぶ中、私は両手を前に突き出してまぁまぁと宥めた。


「じゃあ説明するからちゃんと聞いてね。まず、九月の最終日を豊穣祭と定めて、国を挙げてお祭りを開くわ。日中は特産品を使った屋台を出してもいいし、パレードなんかやっても面白いかもね。でもメインは夜、外の空き地にたくさん人が収容できるような会場を作るの」


 ここで合図を出して手首ちゃんが持ってきた巻紙を受け取る。私はそれをバッと広げて胸の前に掲げてみせた。会場のイメージ図は、すり鉢状をした扇型のステージだ。


「成果発表は、リヒター王そのものをこの国に呼んで、ハーツイーズの成り立ちを追った 演 劇 をやることにするわ!」

あきら「そういえば、迷わないでよくここまで来れたわね?」

ピアジェ←陸では超絶方向音痴「それなんですけどね。覚えてます? シェル・ルサールナを襲撃してた十八本ブラザーズさんたちが居たでしょう?」

あきら「あぁ、あの美味しそうなイカとタコ」

ピアジェ「彼らを護衛兼、陸での案内人として雇う事にしたんです~。今も街の外で待機してるはずですよぉ」

あきら「へぇ! そうだったんだ」

ピアジェ「それにしてもぉ、今まで散々いじめてきた雑魚を主人と呼んでヘコヘコしなきゃいけないっていうのは、どういう気分なんでしょうねぇぇ~。ふふ、うふふふ。面白いんですよぉ、お給料袋で頬っぺた叩くと泣きながら喜ぶんですぅ」

あきら(このコ、やっぱり黒い……)

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