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99.踊り子カトレア

「マイスター制度も希望者がいっぱい来てるので、すぐ二期募集をすることにしたんです。一期に比べて出遅れたなんて悔しそうで~」

「あぁ、その制度の事なら私も聞いていますよ。課題のことを見据えた実に面白い取り組みだと思います」


 サイード様がそう言ってくれて好感度が急上昇する。ですよね、ですよね、分かってくれます? なんだ~良い人じゃん。


「そういえば、その成果発表を何にするのかは決まったのかい?」


 うぐっ、痛いとこ突いてきますねエリック様……。言葉に詰まった私に察したのか、彼は優しく言ってくれた。


「成果発表に関しての報告義務は今のところないから。ゆっくり考えていい物を出してくれるのを期待しているよ」



 その後は、城も変わりが無いかどうかだけチェックして二人は帰っていった。あぁぁ、サイード様も居るからゆっくりはできないんだろうけど、またお会いできるのはひと月後なんですね勇者様……。


「遠距離恋愛ってこんな気分なのかな……」


 橋のところで見送った後、ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸っていた私に対して、耳を掻いていたラスプはケーっと可愛くない発言をした。


「ばーか、恋愛どころか完全なる一方通行じゃねーか」

「言ったわねー!」

「やめとけやめとけ、勇者エリックなら引く手あまただろうし、お前みたいなちんちくりんじゃ相手にもされねぇよ」

「キーッ!」


 聞き分けの悪い小さな子をあやすように頭をポンポンと叩かれる。私は殴りかかろうとするのだけどリーチの差で抑えつけられてしまっ――めだか師匠か!


「いでっ!」


 一瞬の隙をついて頭を掴む手をガブッと噛む。素早く抜け出した私は街側の門のところで振り返った。


「見てなさいよ、女の子は好きな人のためならいくらでも綺麗になれるんだから!」


 ふんっと鼻息荒く踵を返した私は、ぽかんとするラスプを置いて街への道を歩き出した。



 ***



「しかし安心したよ、新国家を立ち上げると聞いていたからさぞ勢いがあるのかと思っていたが、あの程度ではな」


 レーテ大橋を渡り終えた青年卿は、カイベルクへの帰途をたどりながら冷たい眼差しで言い放った。そこに先ほどまでの好奇心に満ち溢れた表情は微塵もない。


「しかもあの女、報告を聞いた時はまさかとは思ったが……『紋』は確かめたのか?」

「はい、左耳の後ろに」


 左を歩く騎士は固い表情のまま頷いた。あの時、危険を冒してまで確かめたのは無駄ではなかったようだ。


「そうか、なら放っておいても先は長くないな。なにせあれは――」


 クククと笑う青年卿は、それでも策を張り巡らせることにした。念には念を入れておいて損はないだろう。


「ちょうどいい物がある。それさえ流せばこちらが手を出さずとも国は勝手に自滅していくだろう。お前はこれまで通り、あいつらと仲良しごっこを続けて良い。何かあった時その方が自由に動けるからな」


 前方を見続ける騎士は無表情のまま頷いた。元よりあの国王は自分に好意を抱いている。難は無いだろう。


「……早く戻って穢れを洗い落としたいところだな、魔物の臭いが染み付いてしまった気分だ」


 青年卿はそこで振り向き、今はもう遠くなった対岸の関所を見ながら実に楽しそうに呟くのだった。


「新生ハーツイーズ国は確かに歴史に名を残すだろう。最短記録で滅びた国としてな」



 ***



 ラスプを放置して街まで戻ってきた私は、新しくオープンしたばかりの酒場で唸り声をあげていた。


「うーん……」


 だらしなくカウンターに突っ伏していると、小さなタルに取っ手がついたジョッキが目の前にトンと置かれる。左に頭を転がすと、輝く笑顔を浮かべた美人さんが汗を拭いながら隣に腰掛けたところだった。


「どうしたの魔王様、なにかお悩み事?」

「カトレアちゃん」


 エメラルドグリーンの髪の毛を高い位置で結い上げた彼女は、この世界ではちょっと名の知れた踊り子さんだ。ステージを終えたところなのか店内はピーピーと指笛を鳴らすお客さんが盛り上がりを見せている。


 彼女、歳は私と同じくらいなんだけど、世の中にこんな完璧超人が居るのか?って思うほど美しい。エキゾチックな衣装に天女の羽衣のようなショールを持って舞う姿は、これまでの人生であまりダンスに縁のなかった私でもこれはすごいぞと見惚れるレベル。しかも性格も気さくでとびっきり優しいお姉さんと来れば嫉妬する気持ちも起こらないと言うものだ。私が男だったら間違いなく王妃として召し抱えてた。あとおっぱいが大きい。すごく大きい。そんなカトレアちゃんが属するライゼン楽団、二週間ほど前からこの国に滞在してくれている。本来、長期滞在はあまりしないらしいんだけど、この国の雰囲気が気に入ってくれた様でしばらくは居てくれるんだって。


 黄金色の瞳をイタズラっぽく煌めかせた彼女は、私にくれたエール酒と同じ物を注文しながら片肘をついて身を乗り出してきた。手首につけたブレスレットがシャラと鈴の音を出す。


「当ててみせましょうか? ハーツイーズの魔王様が頭を悩ませるのは、自分よりこの国の事が圧倒的に多い」

「あーたーりー」


 気の抜けた炭酸のような鈍さでノロノロと上体を起こす。奢ってもらったお酒をチビチビ飲みながら、私は真新しい天井の木目を見上げた。


「九月の課題の成果発表を何にしようかなって。漠然と考えてはいるんだけど、いまいちピンとこないと言うか……」


 アイデアはそれなりに浮かぶのだけど、あっちが良いんじゃないか、いやこっちの方が良いんじゃないかとなかなか決まらない。何ともくしゃみ不発みたいな気分だ。


「これだーっ! っていう決定打がここ! ここまで来てるのよ! わかる!?」


 水平にした手を喉元までグッグと押しあげる。困ったような笑みを浮かべていたカトレアちゃんだったけど、マスターからジョッキを受け取りながら穏やかに答えてくれた。


「エリック様も焦らなくて良いって言ってくれたんでしょ? 大丈夫、きっとうまくいくわ」

「だと良いんだけど……」


 いくら普段のーてんきでお気楽な「どうにかなるでしょ」思考の私でも、さすがにこの選択を失敗したらまずいことは分かってる。責任の重さには少しずつ慣れて来たつもりだったんだけどな。


「ねぇ、アキラちゃん」

「ん?」


 うーんうーんと唸っていると声を掛けられる。横を見れば頬杖をついたカトレアちゃんが目を閉じたまま歌うように言葉を継いだところだった。


「楽団のみんなに、この国にしばらく居ようって提案したのは私なの、どうしてだかわかる?」


 食べ物が気に入ったから? なんて返しがすぐに浮かんでしまい慌てて打ち消す。いやいやいや、カトレアちゃんに限ってそれはないって。私じゃないんだから。それほど間を置かずして、疑問符を浮かべる私に答えが与えられた。


「魔族と人間が共存できるんだなんて言い出す人は誰一人居なかった。トゥルース新聞社の号外を読んだとき、本当に実現できるなら一番近くで見届けたいと思ったの」


 ここで目を開けた彼女は、こちらに視線だけを流してニコッと笑った。


「予言してもいいわ、これからこの国にはあなたの人柄に惹かれた大勢の才能が集まって来る。私もその一人」


 私はジョッキを両手で抱えたまま無言で聞く事しかできない。そんな力、私にあるのかな。こちらの疑わし気な視線に気づいたのか、手を伸ばしたカトレアちゃんは、おどけたように私の鼻先をちょんとつついた。


「いつだって一人じゃない事を忘れないで、一つ一つの力は小さいかもしれない。でもそれらがたくさん集まったら、すごいことができるはずなんでしょ?」

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