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96.店子さん募集中

 みんなは「おっ」と、興味を惹かれたような顔をする。ここぞとばかりに私は両手を広げて惹き込んだ。


「それだけじゃないよ、今ある城壁だってもっと頑丈で安心できるものにグレードアップできるし、この間のレースみたいなお祭りだってできちゃうかもしれない。図書館の本ももっと増やせる、立派な学校も建てられる。みんなのお金でもっともっと住みよい街を作っていけるんだから!」



 集会が解散した後、城に戻ろうとしたところでリカルドがスッと寄って来る。さきほど配っていた新聞を縦半分に折って眺めながら彼は楽しそうに言った。


「さすがの演説だな魔王様、一も二もなく賛同を得られたのは日頃の人徳ってやつかね」

「この国を良くしていきたいって気持ちはみんな一緒なんだよ」


 謙遜しながら答えると、トッ、と紙面を指の背で弾きながら彼は続ける。


「『物価が安くて、治安がよくて、活気のある住みよい街づくり』キャッチフレーズとしてはこんなところかね。こりゃ高い住民税払ってるカイベルクの連中が聞いたら羨ましがるぜ。しかもその税金のほとんどは貴族の懐に流れてるって噂だしな」


 そう言って笑うリカルド。前々から思ってたけど貴族をこき下ろすことに関しては妙に活き活きとするのよね、この人。


「世論を操作するには、お高く留まった貴族をやり玉にあげるのが一番簡単だからな。いやぁ、ますます移住希望者が殺到しそうだ。おもしろくなってきたぜ」

「あなたの思い描いた通りになってきた?」


 言葉は力だ。彼が一番最初に乗り込んできたときの声がよみがえる。けれども見えない空気の扇動者はおどけたように肩をすくめて両手を広げてみせた。


「おいおい、一介の新聞記者にそんな力あるわけないだろ、買いかぶんな」


 少なからず誘導してる節はあるでしょうに。そんな視線を向けると、背の高い新聞記者は私の額に指を突き立てニヤリと笑った。


「筋書きはお前が作る。俺はそれを面白おかしく書き立てる。子供みたいな夢物語の実現をこれからも期待してるぜ魔王」


 お前ならやれるだろ? そう言われたような気がして、私はニッと笑い返した。



 ***



 六月中旬。日本だと梅雨入りの季節だけど、ハーツイーズに集中的な雨期というのは無いらしい(でも一年中ほぼ雨の降っている国も魔族諸島の中にはあるんだとか)


 なので服装は丈の短いチュニックとか半袖が適切なのだけど、私はパンツ一枚というほぼ素っ裸状態で立ち尽くしていた。後ろからシュルッと回されたメジャーが胸のすぐ下にあてられ締められる。


「アキラ様ってほんと不思議な体型してますねー、あんだけ食べるくせにアンダー細いなぁ」

「キルトブランドってブラまで作るの?」


 首をひねるとふわふわした若草色の髪が目に入る。コットンの大きく出したオデコはこの陽気と狭い試着室のせいでうっすらと汗ばんでいた。緑の瞳に真剣な色を宿したまま、彼女はトップを測る。


「新しく着手するみたいです。『美しい服は美しい姿勢から! ひいては体型! 下着だ!』って張り切ってました」

「さすが裁縫マイスター」

「あと『私が手掛けた物以外は一糸たりとも魔王様に纏わせるかー!』とか夜中に叫んでました。鼻血だしながら」

「……その情報は要らない」


 まぁ、腕は確かだから。そう自分に言い聞かせている内に採寸は終了した。いつものブラウスと薄手の青いロングスカートを着直して試着室を出ると、噂をしていたチャコと目が合った。丸眼鏡をずらした彼女はぴゃっ!と叫んでマネキンの影に隠れてしまう。布人形の腰あたりから覗いた緑おさげが喋りだした。


「あのぉ……いかがでした? ごめんなさい、採寸ルームが取れなくって……その、試着室で」

「ううん、こっちこそごめん。もうちょっと店舗部分を大きく作ればよかったね」


 城の一階部分を間借りして住んでいたキルト姉妹も、一週間ほど前に完成したこの空き店舗に店子として入ってくれた。さすがカイベルクで店を構えていただけあって、一番に名乗りを上げてくれたのだ。


「そうだ、その件なんですけど、隣の店ってまだ誰も入ってないですよね? そっちもウチが借りていいですか?」


 グラスを持ってきたコットンが私をソファに座らせてお茶を出してくれる。近くの井戸からくみ上げたばかりの冷たい水がおいしくて半分くらい一気に飲み干してしまう。口元を拭いながら私は頷いた。


「今のとこ空き店舗だらけだから、借りてくれるならこっちとしてもありがたいよ」

「じゃ、二間続きで借りるってことで多少の割り引きとか~」

「ちゃっかりしてるなぁ」


 ニッと笑う彼女に苦笑いしながらも承諾する。最近わかってきたんだけど、コットンはかなり商売上手だ。裁縫に専念する姉と、それを最大限活かして売る妹。うーん、チャコ自身は経営まるでダメダメっぽいのでバランスとれてるなぁ。聞けば両親を早くに亡くして姉妹二人で支えあって生きて来たんだとか。どちらか片方だけではキルトブランドもここまで有名にはならなかっただろう。


 立ち上がった私は、できたばかりの壁に触れながら頭の中にイメージを膨らませた。


「店舗改装の件はライムに頼んでおこうか。二店舗ぶち抜きならこの壁を壊す感じかな」

「あ、それなら大丈夫っす。ここ作った大工さんが新しく商売始めるらしいのでそこに頼もうかと」

「へぇ」


 っていうと、ライムに指導されてた自警団の誰かが建築業を始めたってことかな? いいねいいね、需要に応じて新しい仕事が出てくるのは良い流れだ。


「ライム君めっちゃ忙しそうですからねぇ~。それに、あたし達もできるだけこの国にお金落として行きたいって思ってるんで!」

「う、うぅ、何てありがたいお言葉……」


 ウィンクしてグッと拳をにぎるコットンが眩しくみえる。ぶっちゃけ、キルト姉妹はこの国の経済をめちゃくちゃ回してくれてる。だってここに店がオープンするなりあっちから買い付けに来たどこかの貴族の使用人が居たみたいだし(お城で会った……えーと、ベルデモール嬢もファンっぽかったしなぁ)


 とにかく、キルトブランドはそれだけ国外に需要があるのだ。高級品なので関所遊園地を通るときの輸出税もウハウハだし、売れて入ってきたお金をキルト姉妹は積極的にこの国に落としてくれる。モデルケースとして理想よね。


「さて、採寸も終わったし、そろそろおいとましようかな。店舗契約の件は後で書類回すね」

「ままま魔王様っっ、新作できたらまたすぐに届けますねねね!!! ぜひぜひぜひ着て頂きたいアイディアが山のように海のように洪水のように怒涛の勢いで私の頭の中を埋め尽くしてまして!!!」


 マネキンの緑おさげが焦ったように喋る。えー、気持ちはありがたいけどそんなに買い取れないって。


「今回頼んだのは普段着だけだけど……」

「あーいいんですいいんです、アキラ様はみんなのファッションリーダーになって頂きたいんで、いわばウチの宣伝広告塔です」

「しれっと人を広告塔呼ばわりするんじゃない」


 マイスター制度の『自発的研究成果』として受け取って下さいね~、なんて商売上手なコメントと共に店から見送られる。っとぉ! 忘れてた!

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