95.なんで普通のOLが税率について悩んでるんだろう…
いつだったか来た時は恐ろしく見えた墓場も、こんな爽やかな陽気の中では吹き抜ける風が心地よくて
「おまたせ」
待ってくれていたルカとグリと一緒に丘を登っていく。国名の由来にもなったハーツイーズの花が咲き乱れる中、村のお墓からは少し離れた見晴らしのいい場所にそれはあった。黒い石で作られたクロスの前に屈んで挨拶をする。
「こんにちはアキュイラ様。なかなか来れなくてごめんなさい」
――偉大なる魔族の王 美しき災厄 アキュイラ・エンデ ここに眠る
墓石に彫られた文字は、この下にかつての魔王が眠っていることを示していた。アキュイラ様のお墓があると聞かされてから一度はお墓参りに来なければと思っていたのだけど、結局こんなに日が空いてしまった。
それから三人でお墓を綺麗にして周囲の掃除をする。見違えるほど綺麗になった墓前に跪き、私は持ってきた花束を添えた。
かつての魔王が今の私を見たらどう思うだろう。戦わず和平への道を選んだことを責めるだろうか、それとも応援してくれるだろうか。心の中で問いかけてもお墓は答えを返してくれない。
(私にはあなたの心を推し量ることはできないけど、自分が信じる道をひた走ろうと思います)
手を合わせて心の中で報告する。スッと目を開けても亡霊がそこに出現しているだなんてことは無くて、最後に一度頭を下げてその場を後にした。
「アキュイラ様をネクロマンシーの術で復活させようとは思わなかったの?」
帰り道、自然と湧き出た疑問が口をついて出る。横を歩いていたルカが微笑を浮かべながら私の肩にそっと触れた。
「何をおっしゃいます、巡る魂は転生してこの場に帰ってきて下さっているではありませんか」
「? あ、そっか」
そういえばそんな設定だった。魔王の生まれ変わりとして日本に転生していたのを、ルカに見つかってこっちに連れてこられたんだっけ。
でもなぁ、未だに私の前世がアキュイラ様だったっていうのはピンと来ないんだよね。一度肖像画を見せて貰ったことがあるけど、とてもじゃないけど私とは似ても似つかない迫力美人だったし。すごかったんだから、濡羽色のワンレンで、黒いドレスでボンッて胸が出てて。共通点が目と髪の色と性別くらいしか無いってのも哀しい話だ……。
おっと話が脱線した。とにかく人違いなんじゃないかって疑惑はいまだ拭えない。そういえば、記憶の小瓶もいつの間にか飲むのを止めているのに、ルカは何も言わないんだよね。チラッと横目で見上げるといつものように微笑まれた。
「何か?」
「……ううん」
本当は気づいてるんじゃないの? そう言いかけた言葉を呑み込む。私は私のままがいい。山野井あきらで居たい。なら、もう少しこのままで。
「ところで主様、明日の公布の準備は整っていますか?」
「大丈夫、まとめてあるよ」
途切れた会話を繋ぐようにルカが話題を振る。そのやりとりに、のっそりと後ろを歩いていたグリがふしぎそうに尋ねて来た。
「公布ってなに?」
首だけをひねってそちらを向き、私は人差し指を立てて説明を始めた。
「三週間経って、だいぶ収入も安定して来たでしょ? だから――」
***
「五月いっぱいで配給制度を終了します!」
お城の前広場に集めた国民に向かって、私は腰に手をあてながら宣言した。一瞬呆けたように考えを巡らしていた民衆は、次の瞬間、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「そんなぁ、それじゃあこれからどうやって生活していけばいいんですか」
「お肉とかパンとか、国から貰えるものがあったから飢え死にしないで済んだのに!」
えぇい、落ち着け! 今説明を――おいっ、誰だ今、『魔王様、食糧独り占め?』とか呟いたの、聞こえてるぞ!
「聞きなさいっての。知っての通り、これまではみんなで作った野菜を外で売ったり物々交換して、配給の物資を揃えて来たでしょ? その経営がかなり順調で、ある程度の資金が貯まってきたの。だからその分け前をみんなに分配して配給は終了! 今後はお金を使って生活していって欲しいの」
見本として掲げたのはメルスランドでも使われてる通貨『メル』。さすがに自国で質の高い金・銀・銅貨を作るのは無理があるので、お隣のをそのまま使うことにした。大国なだけあって、他の国でも価値は高い。
「いつまでも配給制じゃ居られないからね。野菜以外の物資は、当面は行商人に話をつけて定期的に売りに来て貰えることになったから。質問は?」
はーい、と、最前列にいたスライムが青い触手をにゅっと伸ばして挙手する。
「おかねって、どうやったら手に入るんですか?」
「わかった、作るんだ!」
それは偽造。
「旅人から奪うだぎゃ。ひと昔前のオレたちゃそれで稼いでただよ」
おう、これまでの努力を無に帰すつもりか貴様。頭の横で軽く手を振った私は、彼らの誤解を訂正した。
「違う違う、今までの配給食糧の代わりがお金なんだってば」
これまでは国民が一丸となって一次産業をしてたけど、これからは野菜作りを続けてもいいし、新たな仕事を始めるのも自由にする。野菜を作るなら自分で売りにいってもいいし、委託してくれればまとめて売りさばいて来るよ。そこまで説明したところで、ピンと来た人と首を傾げてる人が半々くらい。
「まぁ、よくわかんない人は今までと同じサイクルをしてれば大丈夫」
合図を出すと、壇上にアゴひげを生やした男性が登ってくる。彼は村の顔役の男性で(アキラ芋のネーミングを提案した人だ)今後の野菜作りは国営から民営へ、彼にバトンタッチすることになる。人望の厚いこの人なら私益を肥やすことなく公平にやってくれるだろう。
「あ、あー、どうもこういった場は苦手だな……。そういうわけだ、俺なんかがどこまでできるか分からんが、アキラ様から指名された以上は精一杯やっていきたいと思う。よろしくな! とりあえず今まで通り野菜作りを続けたいってヤツはこの集会が終わったあとこの場に残ってくれ。以上」
国が主導でこのまま続けても良いのでは? と、ルカから提案があったのだけど、ほとんど完成した組織を動かすより、やるべきことが国としては他にもたくさんある。一次から二次・三次産業への発展を目指していかなきゃ。そのためのマイスター制度でもあるのだ。
「んん? それじゃあ魔王様たちはどうやって生活していくんです? うちらのマイスター制度のお金とかどっから捻出するの?」
噴水の近くにいたキルト姉妹の片割れ・コットンが、ウェーブした髪をいじりながら考え事をするように宙を見上げる。良いところに気が付いたわね。
「ここでもう一つお知らせ。六月から税制を導入します」
税?と、いまいちピンと来てない住人たちに、明日メルスランドで発行されるトゥルース社の新聞記事が回される。誰でもわかりやすいようにリカルドが図入りでまとめてくれたものだ。導入するのは大きく分けて二つ。
「ハーツイーズで物を売り買いするときに消費税、うちの国で作ったものをよその国に出すときに輸出税。これらを国家金庫に少しだけ徴収させて貰います」
ざわざわし出す民衆に了承を得るため、私は税制を取り入れるメリットを具体的に説明することにした。
「ここで集めたお金は街の治安維持の自警団とか、私たちが生きて行くためにちょっとだけ使わせて貰うけど、物がいっぱい動いて貯金が貯まってきたらみんなに形として還元するからね!」
例えば? そんな空気になったのを確認して、私はニヤリと笑った。腰に手をあて人差し指をピッと立てる。
「なんと、みんなから集めたお金で共同風呂にシャワーが付きます」