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92.頭の黒いネズミがいる

 ほの暗い厨房の中、わずかな光源を頼りにゴソゴソと木箱を漁る。指先に触れる感触があり、握りこぶし大のそれを取り出した私はじっとそれを見つめた。いけるか? いや、さすがに……でも


「……頭の黒いネズミがいる」

「ぎゃあ!」


 考えを巡らしていたせいで背後からの気配にまったく気づかず、私は持っていたガジャイモを放り出してしまった。宙に舞ったそれをキャッチしたラスプは呆れたように木箱の前でしゃがむこちらを見下ろしている。カンテラの光で下から照らし出されていて若干怖い。


「物音がするから何かと思えば……つまみ食いするにしてもせめて火ィ通せ、生で喰うつもりだったろ」

「え、へへ」

「まったく……」


 ため息をついた彼は箱からもう数個ガジャイモを取り出して調理台の前に立った。どうやら何か作ってくれるらしい。ワクワクしながら移動した私は、持っていたカンテラをテーブルに置いて頬杖をつきながらその後ろ姿を見守ることにした。彼は手慣れた様子でかまどに薪を放り込むと、マッチをシュッと擦り火種をおこす。それを藁に移して火が大きくなるまで待つ間、なんてことはないいつもの会話が始まった。


「いま帰ってきたの?」

「あぁ、自警団の飲み会で何人か潰れたから送ってきた。あいつら本当にバカだよなぁ、限度ってものを知らないんだから」


 やれやれと口では悪態をつきながらも苦笑を浮かべるその目元は何となく優しい。火が安定したところでかまどにそっと差し込むと、しばらくしてパチパチと爆ぜる音を立てて薪が燃え出す。それだけで心が和むようなあったかい光景だ。


「聞いてよ~、こっちも大変だったんだよ、寝てたのにライムにいきなり起こされて七不思議ツアーだー! とか連れまわされてさ」

「七不思議ツアー?」


 テーブルに両手を投げ出しながらさっきの騒動の顛末をかいつまんで話す。手元では器用に包丁を操りながらも耳はきちんとこちらに傾けてくれているようで相槌がちゃんと返ってくるのが嬉しかった。一通り話し終えたところで正直な気持ちを漏らす。


「あーあ、ラスプが居てくれたら良かったのに」

「え」

「だって、あなたが居ないと必然的に私がツッコミにまわらなきゃいけないのよ!」

「オレの価値はツッコミだけか!」

「あはは、ほらね」


 軽く笑って頬杖をつく。考えてみれば、私が安心してボケに回れるのってラスプだけなんだよなぁ。他のメンバーだと振り回されてこうは行かないもの。


 そうこうしている内に料理が出来上がったらしい。コトンと目の前に置かれたお皿にはスクエア状に切り分けられたガレットがてんこ盛りになっていた。ほこほこと白い湯気を出し、食べ応えのありそうな見た目がますますお腹の虫を騒がせる。


「ふぁぁぁ~~美味しそう!!」

「こんだけありゃ一晩は持つだろ」

「いっただっきまーす」


 両手を合わせてからフォークで突き刺して口に運ぶ。味付けはシンプルに塩コショウだけなのだけど、うちで取れた自慢のガジャイモなので素材自体にしっかりと甘み旨みが詰まってる。満腹中枢を満たすためよく噛んで味わう。


「ラスプのごはん食べたの久しぶりだー、んんん、やっぱりおいしいぃぃ」


 実は、あまりにも自警団団長の負担が大きすぎるということで、最近はお城のごはんを作ってくれる主婦を下の村から雇っている。そっちも十分おいしいけど、ラスプが作ってくれると何倍にもおいしくなるような気がするのはなんでだろう。


 パクパクと口に運んでいる私を見ている内に自分も食べたくなったのか、火の始末を終えたシェフがワインボトルを片手にやってくる。長椅子の横にかけると皿に指をひっかけて自分の方に少し引き寄せた。私は立ち上がってもう一本フォークを持ってきてあげる。小さくお礼を言った彼は、お酒をチビチビやりながらつまみ始めた。散々飲んできたって言ったけど飲み足りなかったのかな。お酒つよいんだ。咀嚼しながらそちらを何となく見ていると、ふと笑ったラスプがこんなことを言った。


「しかし、お前ってほんと美味そうに喰うよな」

「んー、でも昔は食べるの恥ずかしかったんだ。人並みに抑えてた時期もあったよ」


 その返しが意外だったのか目を見開かれる。お前が? とでも言いたげな空気に私は苦笑を浮かべた。


「人よりたくさん食べるからクスクス笑われるのが恥ずかしくてね。田舎にいた時はみんな知ってたからもう諦めてたけど、就職して上京したのをきっかけに変わろうって決心したんだ。それで我慢しているうちに会社で倒れちゃってさ……」


 空腹でフラフラしていた私に声をかけてくれたのが別の部署で営業をしていた立谷先輩だった。彼はそこから一歩も動けなくなった私をベンチに座らせて、事情を聴いてコンビニに走ってくれたのだ。


「もうね、ビニール袋ぶら下げて戻ってきた姿が神様に見えたよね!」

「それ餌付けされたって言わないか」

「違いますー! ここからが良い話なんだからちゃんと聞いててよ!」


 ほとんど泣きながらおにぎりを一心不乱に食べる私を先輩は横でずっと笑って見守っていてくれた。ようやく満たされて我に返った私は、その笑顔を間近にしてものすごい羞恥心に襲われたものだ。ここまでがんばって隠してきたのに、入社式のごちそうだって涙を呑んで我慢したのに(自宅で転げまわった)とうとうバレてしまった! きっと大口あけて食べるはしたない女だと思われたに違いない。なんとか他の人には内密にして頂けないでしょうかと、私は沈み切った表情で申し出た。ところが先輩は笑ってこう言ったのだ。


「『なんで? それも含めて山野井だろ?』って! 『いっぱい食べる女の子、俺は好きだけど』って言ってくれたの!! もう私そこできゅーんと来ちゃって!!! たとえ気を使ってくれただけにしてもイケメンすぎない!? もう好き、ほんと好きーっ!!」


 頬を抑えてきゃーっと黄色い声をあげる。そのまんまの私で良いんだよと、親にさえ呆れられた異常食欲をまるごと肯定してくれたのだ。惚れないわけがないでしょう!?


「今度の日曜にデートする約束だったんだ~、そこで告白しようと思ってたんだけど、ルカに召喚されてこっち来ちゃって――あれ、どうしたの?」

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