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91.ハーツイーズ城の七不思議

 この世界に来てから鋭くなったことの一つに直感が上げられる。


「!」


 真夜中、私は言葉では言い表せない感覚と共に目を覚ました。跳ね上げるように起き、掛け布団を握りしめながら油断なく室内を見回す。間違いない、誰か……いる。


「ア~キ~ラ~さ~ま~ぁぁぁ」

「ぎゃあああ!!!」


 顔のすぐ側で暗闇の中に生首がボヤァと浮かび上がる。のけぞるように反対方向に倒れると、イタズラの犯人はケタケタと笑いながらカンテラを掲げてみせた。


「あは、ビックリした? ボクだよ」

「ライム……」


 全力疾走した後のように跳ねる心臓を抑えていると、彼は瞳を輝かせながらベッドの上に正座した。探検隊のような服装になぜか虫取り網を装備している。


「色々ツッコミたいんだけど、まずどうやって部屋の中に?」

「ボクスライムだし、扉の下からにゅるーっと」

「……」


 押し出し、ところてん、三杯酢でちゅるっと……寝起きでぼんやりする頭でそう考えているとライムはこちらの手を捕まえてブンブンと振り出した。


「アキラ様、オバケ捕まえに行こう!」

「オバケ?」

「お城の七不思議を巡る探索ツアーだよ!」


 ***


 ホラー物が苦手だ。何が嫌いって得体のしれないナニカが物陰から突然脅かしてくるのが死ぬほど怖い。


「いーやぁぁぁ!! 何が悲しくて自分から幽霊に会いに行かなくちゃいけないのよ!! 誰かーっ」

「兄ぃ達ならみんな出てるよ~、今夜の護衛担当はボクだからね~」

「護衛ってなんだっけ!」


 見た目からは想像できないほどの怪力スライムに引きずられるようにして廊下を移動していく。抵抗するだけ無駄だと悟った私はとりあえず自分で歩く事にした。慌ててひっかけてきた上着にちゃんと袖を通しながら尋ねる。


「で? 七不思議ってなんの話?」

「それがさ、お城に住んでる人たちの間で、ヘンなウワサが流れてるみたいなんだ」


 実はこのお城、私たち以外にも住んでいる人がそこそこ居る。マイスター制度なんかでこの国に流れて来た人たちの大抵は下の村で寝泊りしてるんだけど、中にはこのお城の方が都合が良いっていう人も居て一・二階に仮住まいしていたりする。住み込みでメイドをしてくれてる手首ちゃんなんかがその代表だ。


「ボクたちは上に暮らしてるから知らなかったけど、ルカ兄ぃの方に報告が上がってるんだって。それでもし機会があったら突き止めてくれって言われてたんだ。アキラ様! みんなが居ない今夜がチャンスだよ、ここで解決して褒めて貰おう!」


 ライムは頬を紅潮させて熱く語り出す。あっちこっちの建設事業に携わってる幹部の一人だから忘れがちだけど、こういうところは年相応なんだよね。


「でね、でね、オバケを捕まえたら隠れてないでちゃんと出ておいでって話してあげるんだ。君みたいな存在だって、この国ならリッパな国民になれるんだよって」


 クスっと笑った私はこの散策ツアーにしばらく付き合う事にした。それに城内のトラブルなら家主としても放っておくわけにいかない。ちょっと怖いけど、びくびく怯えて生活するよりスパッと原因を突き止めておいた方が精神衛生的にもよろしいからね。


「わかった、付き合ってあげる。でも本当に怖かったら逃げるからね! いい年こいた大人だけど悲鳴あげて全力で逃げるからね!!」

「ボクを盾にして言われると説得力があるなぁ……」


 先だって歩くライムの後ろにピッタリ張り付きながら、私たちは『なぞなぞ番人君』の扉を開けて二階まで降りる。ポケットからメモ用紙を取り出した隊長は一番上の項目を抑えて読み上げた。


「まずは第一のウワサ『午前零時の円舞曲ワルツ』謁見用の大広間で夜な夜なダンスをしてる亡霊のカップルが目撃されるんだって」

「うわぁ、なんか本格的」


 亡霊のカップルねぇ。大昔このお城で死んだ令嬢が身分の差で結ばれなかった想い人と共に化けて出るとかそういう話だろうか。半ば半信半疑だけど、ゾンビチャレンジした時にヒトダマをこの目で見たし、この世界では幽霊って普通に目視できる物なのかも。


 おっかなびっくり大広間の前まで来た私たちは、ピタリと閉じられた扉の両脇にスタンバイして視線を合わす。


(いい? まずはちょっとだけ隙間を開けて中の様子を伺うのよ)

(オッケー、そーっとそーっと……)


 普段から油を差してあるおかげで扉は少しも声をあげることなく開く。その隙間から団子状に覗き込んだ私たちは息を呑んだ。月明りだけが差し込む広間の中央で、背の高い白い影がクルクルと回転している!


(ひぃぃっ、本物!?)

(あれ、ちょっと待って、あのダンスの相手してるのってペロ兄ぃじゃない?)


 え、ペロ? よく目を凝らしてみると――確かにペロだ。あのいつものシミだらけでダボっとした服でドタバタと踊っている。いや、踊っているというよりは両手を広げて相手に抱き着こうとしているような……


「あぁァ、そうやってつれない君モ、なんて魅力的なんダ!」


 ってことはまさか……。私の予感に応えるように、ダンスのお相手の白い影がバサッとペロに覆いかぶさる。その中から出て来た手首ちゃんが空中から床にスタッと着地して肩で息をするようにハァハァと息を整えた。そのまま後ろに跳んだ彼女は、テーブルクロスからペロが脱出しない内に浮遊魔法『フロート』でそこらへんに飾ってあった燭台やらなんやらで追撃をかける。


「いイ、いいヨ! この時間だけハ僕だけヲ見つめてくれル、なんて最高のダンスタイムなんダ!! あはァもっと激しクゥ!」


 この辺りで扉をそっ閉じした私たちは、次なる七不思議に向かうことにした。近頃やたらフロートの精度が上がってたような気がしてたけど、これが原因か。


「初っ端からこれだと、何となく先が読めるような気がしてきたんだけど……」

「ま、まぁまぁ! 次のはさっきよりすごいよ。その名もズバリ『嘆きの御曹司』! 悲痛な声ですすり泣きながら廊下を歩く小さな男の子が目撃されるらしいんだ。そう、まさにこの回廊で――」


 噂をすれば影。角を曲がる直前ですすり泣きが聞こえてくる。その声は本当に辛そうで聞いてるこちらの胸にまで何かがこみ上げてくるほど悲痛な物だった。ゴクリと息を呑んで待ち構える私たちの前に、角を曲がってその陰が現れる。


「ニャぅぅぅ……ひっく、えぐっ、あれ、魔王さま?」

「ナゴ君……」


 嘆きの御曹司、もといナゴ君はそう勘違いされてもおかしくない恰好をしていた。ゴテゴテに装飾の施された貴族のお坊ちゃんのような服装で、ペタリと寝た耳にはクルクル金髪の縦ロールのカツラがかろうじて引っかかっている。


「魔王さみゃぁぁぁ!! もういい加減にして欲しいニャ、毎晩毎晩どうにかニャりそうなんだニャ!!」


 あの子か。こんなことをするのは一人しかいない。タイミングを見計らったかのように、脳裏に思い描いていた人物の声が廊下の向こうから聞こえて来た。


「う~ふ~ふ~、見ーつけた」

「にぎゃぁぁぁ!!」

「……」


 毎度思うんだけど、魔物よりよっぽど妖怪じみたその動きは何なんだ。丸メガネを光らせながら四つん這いでカササササと移動してきたチャコはタックルする勢いでナゴ君に飛びついた。もしかしてアラクネー族の血でも入ってるんじゃないかってぐらいに手際よく、持っていた糸巻きでグルグルと哀れなマネキンを捕獲する。


「さぁ~、まだまだ試着して頂きたい新作があるんですよぉ~、逃がしませんからねぇ」

「ニャアアア!! ニャアアアアア!!」


 ソーイングルームへと連行されるナゴ君に私たちは揃って合掌する。嘆きの御曹司の正体も看破。


「ねぇライム、だいぶ『オチ』が見えて来た気がするんだけど」

「ひとつぐらい! ひとつぐらい当たりがあるって!」



 焦るライムの願いも虚しく、続く七不思議(笑)も同じようなパターンが続いた。


「『生き埋め男爵』! 昔この城で主人の壺を誤って壊してしまった召し使いが、夜な夜な生き埋めにされた庭から這い出してはその壺をキュッキュと磨いているという!」

『おぉ、ライム殿。いやなに、深夜でもなければ頭部を外して磨けなくてな。がらんどう鎧とて誇り高き騎士。我が輩これでも身だしなみには気を使っておるのだ』


「『冥界からの手招き』! 夜中、医務室の近くを通りかかると白い煙に巻かれていつの間にか気を失っているらしい!」

「ゲコ、おぬしらも眠れんのか? ならワシが調合しとる『お迎えのお香』でも嗅げば一発で眠れ……え、外に漏れ出てる? それは失礼した」


「『徘徊する侯爵』! なんか長身の影が城内のあちこちをうろついてるらしい!」

「ここに来て急に雑になったわね」


 半ば呆れながら意見すると、暗がりからその長身の影がぬッと現れた。


「よぉ、調査は順調かい?」

「リカルド!」


 日中でも特ダネを探しうろつく新聞記者は手元のメモに視線をやりながら頭を掻いている。今までのパターンから行くとたぶん『徘徊する侯爵』は彼なんだろう。ところがそれだけではなかったようで続けてこんなことを言い出した。


「その徘徊する侯爵ってのもいまいちインパクトが弱ぇーんだよなぁ、なぁ、もっといい設定思いつかないか?」

「は?」

「もうっ、リカルドおじさんのくれた情報みんなのことを大げさに言ってるだけじゃないか!」

「まぁまぁ、物事は面白おかしく脚色した方が世の中楽しくなるだろ?」


 憤慨した様子のライムに詰め寄られ、リカルドは苦笑しながら両手を上げて二歩さがる。ってことは何か、つまり今までの噂は全部リカルドの作り話って事?


「人騒がせよっ!」

「仮にも魔王城だからな、怪談話の一つや二つあった方が箔がつくってもんだぜ」

「悪評にしかならないからやめて!」


 あーもう、デマだったのが分かって安心したけど怒りがこみ上げて来た。そんな思いで元凶を睨みつけていると、横で拍子抜けした表情をしていたライムがあれ?と首を傾げた。


「七不思議って言ってるのに五つしかないよね?」

「残りの二つが何だか聞きたいか?」

「聞きたい聞きた~い!」


 どうせロクでもない事でしょうよ。


「第六の不思議『七つ目が何だか分からない』」

「ってことは?」

「第七の不思議『六つ目が何だか分からない』」


 ほらね。


 絶賛募集中だ。とかなぜかドヤるオッサンと、こんなのはどうかな~? とか意見するライムにあきれ果てて、私はため息をつきながら自分の部屋に戻ろうと踵を返す。その瞬間、ずっと先の通路で淡く発光する何かが目に入った。


「……」


 女の子、だろうか。青みを帯びたプラチナブロンドの長髪をなびかせてこちらに背を向けて歩いている。見事なまでに白いのでまるで彼女自体が発光しているかのように見える。


 女の子は視線に気づいたのかゆっくりと振り向いた。遠すぎて顔はよく分からないのだけど、その口元がわずかに弧を描いたのだけは分かった。やがてスゥっと落ちていくかのように光は暗くなっていき――気付いた時にはもうそこには誰も居なかった。


「アキラさま?」


 後ろから声を掛けられたのだけど振り向けない。震える手で少女がいた場所を指した私は何とか声を押し出した。


「い、い、いま、あそこ、女の子が居なかった?」

「え? 別に誰もいなかったと思うけど」

「なんだぁ? モノホン見ちまったのか」


 からかうような響きのリカルドにガッと掴みかかり、私はほとんど泣きながら懇願した。


「言ってぇぇぇ、今のもあなたの作り話だって言ってお願いだからぁぁぁ」

「うぐぐぐががががあががが」

「あは、『消える女の子』と『絶叫する魔王』で七不思議完成だね」

「いやぁぁぁぁぁ!!!」


 ***


 長く響く私の絶叫は、それからもしばらく続いた。いやいやいや、あれも誰かのイタズラに決まってる。そうだ、きっとそうだ。はぁ、そう割り切ったら何だか急にお腹空いてきた。


 ライムと三階で別れた後、自分の部屋に戻るのを少しためらう。この分だと夜中に目が覚めてしまうかもしれない。


(食堂に行ったら、何かあるかな……)


 思い立った私は下りの階段を選び、もう少しだけ夜更かしすることにした。

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