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90.画伯爆誕

 執務室に寄り集まっていた私たちは、額を付き合わせて先ほどから同じような唸り声をあげていた。


「なかなか決められない物ね……」


 目の前のローテーブルには様々な図形が書かれた羊皮紙が散らばり、羽根ペンのインクがあちこちに染みを作っている。その時、自警団の鍛錬を終えたラスプがいつものように勢いよくドアを開けて入って来た。彼は室内の様子を見ると一つ瞬いて怪訝そうな顔をする。


「何やってんだ?」

「国旗の制定」


 私のはす向かいに座っていたライムが手元の紙から目を離さずに答える。その隣にいたグリは早くも飽きてウトウトと舟をこいでいた。私はそう遠くない記憶を思い出させようとそちらを向く。


「ほら、リヒター王から魔族があっちの国に行くときは目印を付けておきなさいって言われたでしょ? いい機会だから国のマークを作ろうかと思って」

「あぁ、そういやそんなこと言ってたな」


 タオルを肩にかけた彼が隣に腰掛けてくる。前のめりになるといくつかの図案を手に取って見始めた。お気に召さなかったらしくその眉間にシワが刻まれる。


「……ごちゃごちゃしてんな」

「お前の鼻にパテをねじ込んでやろうか」


 作者であるライムが笑ってない目でそんなことを言う。じわっと涙をにじませた彼はもぎ取る勢いで紙を取り返した。


「ぷー兄ぃまでそんなこと言う! ボクが真剣に考えたのにケチつけないでくれるっ!?」


 そうなのだ、この話をライムに持ち掛けた時、普段から図面引きを得意とする匠は自信満々に引き受けてくれはした。けれども、どうにも凝り性というか職人気質というか、細かいところまで書き込みすぎるきらいがあるらしい。テーブルの上に散らばった図面は、ほぼ絵と変わらない物が大量に出来上がっていた。さすがにこれは難しいと諭すように私も言う。


「うーん、やっぱりちょっと複雑すぎると思うの。刺繍とかで布に入れなきゃいけないし、もうちょっとシンプルなのが良いかも」

「ぶぅぅ」


 頬を膨らませたライムは羽根ペンを放り出す。それを拾い上げたラスプは、せせら笑うように紙に筆を走らせ始めた。


「そうそう、こんなもんテキトーで良いんだよ。名称が分かればいいんだろ?」


 さらりと書き上げたのを覗き込む。そこにはこの世界の言葉でデカデカと「ハ国」と書いてあった。


「ぷー兄ぃ、センスゼロ」


 間髪入れず酷評を下すライムに続いて私も真顔で却下する。


「これはない」

「んなっ!?」

「ないわ」

「二回言うな!」


 ぺしぺしと紙を叩きながらライムのダメ出しは続く。


「デザイン性を出そうとちょっと斜めに配置してるところもムカつく」

「うるせぇな!」


 少しだけ顔を赤くしたラスプのツッコミに、それまで寝ていたグリがぱちっと目を開けた。不機嫌そうに顔をしかめた彼は、目の前に広がる大量の図案に首を傾げる。


「うるさい。……あれ、まだやってたの?」

「よーし次はお前の番だ。書け」


 ラスプはその手に筆を押し込み、バンッと新たな紙をテーブルに叩きつけた。ぼんやりとペンを握っていたグリは執務室の中をあちこち見回し始める。ここで向かいの私と視線が合うと唐突に尋ねてきた。


「あきらが好きな物って何?」

「え」

「モチーフがあった方が作りやすい」


 なるほど。確かに言われてみればそうかも。目を閉じた私は元居た世界で好きだったものを思い浮かべる。


「そうね、アクセサリーなんかはハートのモチーフとか多かったかもしれない」

「ハートね」

「あと好きな物って言ったらやっぱり食べ物かな。記号的なアイコンでも食べ物とかだとテンション上がるんだよね」

「食べ物と――できた」


 難なく書き上げたグリが図面を広げる。みんなして覗き込むと、お皿に乗せられたハートマークが描かれていた。ご丁寧に両脇にはフォークとナイフが配置されている。


「これは……」

「なんていうか……」


 ゴクリと息を呑んで沈黙する、ややあってラスプが言ってはいけない一言を言ってしまった。


「お前の心臓を喰ってやるぞ、的な」


 きゃ、


「却下却下ー!」


 慌てて掴んで裏返しに伏せる。魔族的にいっちばんやっちゃいけないメッセージでしょそれは!



 それからあーだこーだ言いながら煮詰めていくのだけど全然決まらない。ぐったりしかけた頃、畑の統計調査を取りにいっていたルカがようやく戻って来た。お茶を淹れに来てくれた手首ちゃんも一緒だ。


「図案は決まりましたか?」

「袋小路に迷い込んだ感じ……」


 机に伏せながら答える。かぶりを振ったライムがそちらに向かってペンを差し出した。


「もーやだっ、こうなったらルカ兄ぃが決めて! どうせそういうのも得意でしょ」

「あのですね、誰にだって出来ない事の一つや二つ――」

「えっ、あるの?」


 思わず口をついて出た私の言葉にルカが止まる。しまった、ごめんと謝る前に真顔のまま彼は力強く言い放ってしまった。


「ありません」

「わーっ、さすがルカ兄ぃ~」


 あ、あぁぁ、まずい、この流れは……。止める間もなくライムが嬉々としてルカを自分がいた場所に座らせる。


「ハートモチーフなのは決まったんだ。あとはここにもう一味欲しいねって話し合ってたところでね」

「……」


 いつも通りに見えるルカだけど私だけは気づいてしまった。目、赤に戻ってる。あとちょっとだけ脂汗出てる。ぎこちない動きでペンを持ち上げた超絶有能宰相さんは、室内に視線を走らせた。紅茶の準備をしていた手首ちゃんのところでそれは止まり、ゆっくりと凝視しながら筆を走らせていく。やがてハートの両脇に一対の手(?)らしきものが描き込まれた。いや、かなりひいき目に見て手って言ったけど、メロンパンから五本の棒が生えているって言った方が近い。ルカ画伯……。


「なんだこれ」

「ルカ兄ぃ、これなーに?」

「丸? から枝が生えてる?」

「…………」


 まっ、まずい! これ以上はルカのプライドが!! 後に引けなくさせたのは私のせいでもあるわけだし、なんとかフォローをっ!


「え、えーと、えーと、あっ、これってもしかして羽根? いいじゃない、平和そうで素敵!」


 紙を持ち上げた私は、それを天に掲げてちょっとだけ大げさに言う。するとみんなも納得してくれたみたいで口々に褒めだした。


「そっかー、言われてみれば天使の翼だね」

「へぇ、いつも物騒なアイデアしか出さないのにめずらしい」

「悪くないんじゃね」

「ハハハ、アリガトウゴザイマス」


 カタカタと震え出したルカがこれ以上ボロを出さない内にと、私はさりげなく翼の形をもう少し整えて最終案を出した。


「よーし、じゃあこれで決定ってことで!!」



 かくして、我が国のマークが決定したのである。城の頂上ではためく国旗が実は手首ちゃんであることは、今日に至るまでおそらく私とルカしか知らない。

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