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断片その一(12)

 ご飯の後、間が保たないのでテレビを付けた。手っ取り早く知識を取り入れられるとは、フェルさんの談である。

 丁度やっていたのは、バラエティー番組。今の時分は何処を回しても同じようなものばかりだ。これで何の知識を手に入れようって「ど、どうやってこのハンターとやらを作ったのだ……」いやいやこの知識要らないだろ。無駄な知識だろこれ。


「フェルさん、これ作り事ですからね」

「なにっ」

「うわ吃驚したその吃驚具合に吃驚した」

 ぐわっと音でも付きそうな勢いで振り返られ、衝撃だったのがよく判る。そんなフェルさんが私は軽く衝撃でしたが。


「では、ハンターは居ないのか」

「居ませんねえ」

「そうか……」

 何故ちょっと残念そうなんだ。


「フェルさんて、走るのとか速そうですよねー。力持ちみたいだし」

「ああまあ、鍛えているからな。だが私等まだまだ。隊長と比べたら、足元にも及ばん」

 フェルさんはほんの少しはにかんだが、直ぐに表情を引き締めた。


「ええと、その、竜騎士? って、やっぱり凄く鍛えてないといけないんです?」

「鍛練はいくら積んでも過ぎる事はない。かと言って無理は禁物だがな」

「はあ」

 たんれん。鍛練。いまいち想像がつかない。グラウンド何周とか、ジムで重量挙げとか、そんなのしか思い浮かばず、違うんだろうなあと思いながら、惚けた相槌を打った。

 そんな私を見返して、フェルさんは小さく笑う。


「ミホは細腕だな。それでは剣も持てまいよ」

「あー……」

 言われて自分の腕を見る。短い袖から伸びている二の腕は、細いと言うより脂肪ばかりと言うか、脂肪しかないと言うか。フェルさんは、とても均整の取れた筋肉のつき方をしているから、余計に際立った。わあ落ち込むー。


「最近運動してないからなあ……」

 その割に特別何かを控えたりはしないのだから、脂肪が付くのももっともだ。腕だけでなく、他も色々やばい。だってデスクワークしかしてなくても、疲れだけは一丁前で、チョコとかつい甘い物が欲しくなるんだよ。お酒は癒しなんだよ。

 溜め息混じりに漏らすと、フェルさんが最近の問題ではないような、といらないツッコミを入れてきたので、睨んどいた。きょとんとされたから意味は全くなさそうだが。


「女の子に体型の話は禁物ですよ」

「そうか……すまない」

「いやそんな真面目に謝られると余計傷付くんですけど」

 そっと目を伏せるな。居た堪れなくなるじゃないか。

「え、あ、どうすれば」

 俄かに狼狽したフェルさんが、眉を下げて私を見返す。流す事を知らないんだろうか。一々真面目だな。 凛とした青年が、女子一人に狼狽える姿がなんだか可笑しくて、ふは、とつい吹き出すと、瞬きされた。

 面白いひとだなあ。周りには居ないタイプだ。

「いや、フェルさんて、憎めないなと思って」

「え……」

 笑いを収めつつ言えば、目を丸くされた。そんなに驚く事を言ったつもりはないんだけどな。


「わ、私が?」

「はい。言われません?」

「いや……、非道だとか鬼だとかは言われた事はあるが」

「ええ? いやいやいや……え、まじすか」

 そんなまさかである。こんな穏やかな人が鬼とか何言ってんだと、冗談に受け止めて笑うも、ところがフェルさんは真顔。え、まじなの。


「どうも私は、厳し過ぎるらしい。隊長にも言われた。己に向けるそれを、相手に強要する節があると……。恐らく、それが不満を買うんだろう。去って行った者も居る程だ」

 眉根を寄せて、気を付けてはいるんだが、と呟くように付け足す。厳しい……誰の事だ。

 私にとっての彼は、真面目、誠実、それと、我慢強い。そういう印象だ。

 今の状況は、彼には歯痒く辛いものだろう。自分の力では及ばない、他人に頼るしかない今の今。それなのに、そういう部分を見せない。私なら、発狂するかもしれない。

 膝を抱えて泣き続けるかも。或いは滅茶苦茶に暴れるかも。

 そういう状況だ。不安定になって普通。しかしフェルさんは、しっかりと現実を見据えようとしている。簡単に出来る事では、ない。


「あとはそうだな……無愛想、とか」

「不評ばっかじゃないですか」


 なんだそれー。むうと口を尖らせ膨れると、何故かいつもの控え目な笑い方で、笑われた。


「何故貴女が不満気なんだ」

「不満ですー。だってフェルさんは、」

 あなたはいつも、

「向かい合ってくれるじゃないですか」


 それの何処が非道なのか。何処が無愛想なのか。

 人の話をきちんと聞ける人は、人の気持ちを無視したりしない。それが鬼だなんて、とんでもない話だ。

 相変わらず膨れながら、テーブルに肘を付いてフェルさんを見上げると、虚を突かれたような顔で、瞬いてそれから、ふらりと視線を逸らした。


「……、そんな、事は、ない」


 あれ……?

 俄かに目を見張る。低く、途切れがちに漏らされた言葉達。逸らされた瞳は、胡乱としていて、何処を見ているのか判らない。

 何故否定されたのか、照れや謙遜でない事は、私にも判った。でも、なら、どうして? どうしてそんな、苦しそうな顔を……そう、寄った眉根は苦し気だった。


「私、は………」

 彼は何かを振り切るように一度目を瞑ってから、すうと息を吸い込んだ。


「臆病なだけだ」


 何故そうなるのか、私には到底判らなかった。それから彼は、私が思うような人間ではないとも言った。

 言葉を探して黙った私に、彼は小さく苦笑する。


「大丈夫だ。私は今のところ、貴女の世話になるしかないのだから」

 それは暗に、取り敢えずは今の状態に甘んじるが、先々は判らない、そういう意味を含んでいた。

 その意味の意味が、私には判らない。曖昧模糊とした今の関係が、気に入らないのだろうか。逸らされたままの青い瞳は、私が思うよりずっと暗く重たいものを抱えているのか。

 息を吸い、止まる。


 ――戻りたい?


 当たり前か。そんな事は訊かずもがな。平気そうに見えるからといって、平気とは限らない。それも当たり前の事なのに、忘れてしまいがちだ。

 私はその言葉を飲み込んで、代わりに違う言葉を吐き出した。


「私は、頼まれたら断れない質とか、よく言われますよー」

 緊張感のない顔で、笑う。

 するとフェルさんは、表情少し和らげ、とても納得したように頷いた。


「ああ……」

「何ですかその判る判る、みたいなああは」

 むくれると、慌て取り繕うようにフェルさんが口を開く。

「ミホは人が良いから。それは、この短時間で痛い程判った」

 そうかなあ。私はイマイチ納得がいかない。お人好しと言われたら、直ぐ様そんな事はないと言い返せるだろう。駄目なものは駄目と言うし、無理なものは無理と切り捨てられる。

 頼み事を断り切れないのは、それが微妙に自分に可能だからだ。ちょっと無理すれば出来る範囲。それを無下に断ってしまう事に、抵抗を感じるからだ。

 何でも人に頼るようなやり方は好かないし、相手に怠慢を感じれば相手自らやらせる場合だってある。ただどうしても手が回らない、そんな時に助け合うのは、人間関係に必要だと思う。

 助ける、ではないのがミソだ。助け合う。ギブアンドテイク。そうやって人は、人と生きていくのだと思う。


「荷物持ち」

「え?」

 不意に口を開いた私を、フェルさんがきょとんと見返す。

「食器洗い」

 訳の判らないという顔をしながらも、私の真意を確かめようとフェルさんが目で探る。


「今日、フェルさんがやってくれた事です」

「ああ、そう、だな?」

 まだ彼には、私の言いたい事は通じていない。


「これから、そういう事が増えていくと思います。此処に住む以上、ずっとお客さんじゃ困ります」

「それは……、出来る限りの事はするつもりだ」

 漸く、意思の籠もった目で頷いたフェルさんに、私も頷き返す。

「フェルさんがちゃんとしてくれないと、私容赦なく追い出します」

 こくり、神妙に頷く彼が、本当はちょっと可笑しい。そういう意味で言っているのではないからだ。


「だからですね。だから私は、そんなに人が良いとは言えないです」

「うむ………………うん?」


 フェルさんは、きちんと頷いた後、思い出すように目を中空で彷徨わせ、首を傾げた。恐らく回想と疑問が彼の頭を支配したのだろう。話は飛んではいないのだ。きちんと回帰する。


「まあ滅多な事じゃ追い出したりしませんけど」

「……………………」


 言って手元の麦茶を一口。視線を感じたので笑い掛ければ、複雑そうな笑顔で返された。ちょっと一言では言い表わせない、複雑そうな笑顔である。何故に。


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