プロローグ
今でも蝶を見ると思い出すことがある。
俺がまだ幼かった頃だ。
実家の庭には、春になると母親が育てた美しい花がいくつも咲き誇った。
ある日、俺が庭で遊んでいると、花に誘われたのか、どこからか蝶がヒラヒラと飛んできて、花にとまった。
俺は、すっかりその蝶に魅せられ、そっと二枚の羽をつまむと、うっとりと見つめた。
白い羽だった。まるで絵本に出てくる妖精のようだ。
もんしろちょう?
蝶をよく見ると、羽に細かい粉の様なものがついていた。
それに気ついた瞬間、俺は慌てて手を放した。
蝶は何事もなかったかの様にヒラヒラと飛び去った。
指を見ると人差し指と親指に、白い粉がついている。
幼かった俺は、とっさに毒だと思った。
泣きながら家に帰り、母親に訴えた。
チョウチョのドクがてについたよ。
母親は笑って言った。
それはリンプンというのよ。チョウチョに毒なんてないのよ。
俺は泣きじゃくった。
ほんとに、ほんとに?
母親にそう言われても信用できず、泣きながら、何度も水道で手を洗った。
それ以来、俺は蝶をつかまえることはしなくなった。
小学生になってから知ったことだが、蝶の鱗粉に毒は無いという。
蛾と違って、蝶に毒を持つ種は存在しないのだとか。
だが、毒の鱗粉を持つ蝶が、この世のどこにも存在しないなどと、果たして本当に言い切れるのだろうか……