こうして触れ合えばこそ
待機していたメイドの人に寝室まで案内された。失礼させていただきます、と彼女は恭しく去っていった。取り残されたのは俺だ……。
キャンドルで照らされた、薄暗い部屋。華美ではないものの、上質であろう家具。これこそリアム様の趣味といえたもの。
でもって、中央にあるのは――天蓋付きの大きなベッドだ。
「……ベッド、アレしかないよな」
寝室は一緒とはいえ、ベッドまで同じとは思わないだろ。俺用のベッド、どこかにないものか。キョロキョロ見渡すも……なかった。
「……座っとくか」
俺が座ったのは、壁際にあったソファだった。あ、よく沈むわ。ベッドで待ったりするもんか。出来るかっての。俺には無理だ。いっそソファで寝たいくらいだ。
「……灯り、つけるか」
この雰囲気作り……マジでなんなんだ。こちとら新品とはいえ、ダル着だぞ。すっかりピアスも外している。髪も洗ったまま、手入れの液をつけたくらいだ。
普段の寝スタイルまんま、いつもの俺だ。
「つける。寝る時に消せばいい」
この雰囲気にもってかれるなんてゴメンだ。だるい、ゆるい。そうそう、いつもの俺だ。
壁際のスイッチまで来たところで――開かれたのはドア。
「――君の方が早かったのか。すまない、待たせてしまったな」
「……」
俺は言葉を失ってしまっていた。いきなりのリアム様――この人の姿に。
銀の髪は上げられてなんていない。下ろされ、垂れた髪。意外と長いんだな……。
……でもって、バスローブ姿ときた。開かれた襟元からは、逞しい胸筋が。
規律正しい、凛としたいつもの彼ではない。家での姿、今だけの――。
「……」
俺は固まってしまっていた。フェロモンが漂う……色気がやばい。彼がわずらわしそうに髪をかき上げている……その仕草も。
彼にだって『そういった経験』はあるのかもしれない。相手の人が見てきたであろう、この姿。
でも、今は俺だけが見ている。彼のこの姿を――。
「――失礼」
「ちょっ!?」
一言の断りと共に、彼は俺の手をとっていた。そのまま引っ張られていく。
「……リアム様?」
俺は信じられない思いだった。だって、あのリアム様がこうも……切羽詰まったような様子で。
気がつけば、だった。俺はベッドの上に座らされていた。隣に座るのが……リアム様で。
「……君の恰好、どうにかならなかったのか」
「いや、そう言われても……リラックスしたいだけだし」
襟元がゆったりしている、だらしないものだ。色気もへったくれもない。それなのに。
そんな俺を……彼は見ている。あますことなく。視線は注がれたままだ。
「……リラックスとやらにも限度がある。どうしてそうなる。どうして、君はそうなんだ」
あまりにも、だらしない恰好だからか。堅物のこの人はそれが気に入らないのか。
「つか、アンタの恰好もかなりラフだろ。いいだろ、寝る時くらいは」
「君という子は……私と君とでは違う」
「違うって――」
「君はわかっていない。周りから……どのような目で見られているのか」
「それは……」
疎ましく思われているって……いや、違う。そうなんだけど、違う。この人はそんなことを言う人じゃない。
じゃあ、なんで。なんでなんだよ……なんで、そんな目をしているんだ。
その瞳は熱をもたないと思っていた。なのに、どうしたというんだ。
「どれだけの男が……君に邪な目を向けているのだと」
そんな熱をもった目で、俺を見ることなんて。
「いや、それはさすがにないだろ」
アダム相手じゃないんだから。俺がそう言おうとするも。
「……っ!」
――彼に呑まれそうになってしまった。
「頼むから自覚をもってくれ。そんなにも肌を露わにするなんて――どれだけ惑わせてくるんだ」
どうしたんだ、アンタ。
アンタがさ、そんな言葉を吐くなんて――。
「……!」
心臓がドクンとなった。鼓動が速く脈打つ。動悸が止まってくれない。涼しい寝室で大量の汗が噴き出てくる。
視界が揺らぐ。耳鳴りが止まない。
――目の前のアンタは誰なんだ。
いつの間にか、だっただろうか。
俺はベッドの上に押し倒されていた。
しっかりと押さえつけられた腕。聞こえてくるのは荒い呼吸――興奮しきった男がそこにいた。
堅物。理知的な男。そんな男、この場にはいやしない――獣と化した男だけだ。
言葉はない、ただ行為だけだ。首筋には彼の冷たい唇が。俺の体に触れていく無骨な指。探るように、そこはやたらと丁寧だった。
興奮しているのに、理性を失っているはずなのに。なのに……宝物に触れているようだった。荒いはずの手は、すごく優しくもあった。
俺だって好きな人と触れ合いたい。求め合いたい。なら、このまま受け入れても。
……違う。自分でもわからない、でも違う気がするんだ。
俺を覆いかぶさる男は、このまま俺を愛してくれると。でも、違う。『この人』は違うって――。
「――ユーマ!」
声が、した。なんだろな、昔にも聞いたような声だった。必死な感じが――。
「あ……」
香りがした。
ぬくもりがあった。
――俺はリアム様に抱きしめられていた。
混濁していた意識がはっきりとしてきた。そうか……俺はまた幻覚に陥っていたんだ。
「なんてことだ……」
リアム様はあんなことはしていなかった。あれは幻覚だった……最悪だ。
「……いいって。俺に優しくなんてしなくていい」
俺にはそんな資格なんてない。アンタに触れられるわけにも。
「アンタを汚したも同然だ……」
……最低最悪の幻覚を見てしまった。アンタみたいな人相手に。そんなことしないだろう人なのに。
「……」
リアム様は黙っていた。察しがついているんだろうな。それでも抱きしめたままなのは、優しいから。それなら俺から離れよう――。
「――幻。そうなのだろう?」
「……え」
力を入れて押し返そうとしたところで、俺の手が止まった。
「今はどうだ、ユーマ? 君は幻の中か?」
「それは……違う、けど」
前に触れ合った時もそうだった。抱きしめられた今も……そうだ。息苦しくもない、心も凪いでいるようだ。
「いや、なんで……」
なんでこの人相手だとなのか。ただでさえ、清浄なる一族の人だ。俺に触れたら穢れる方がまだ想像つくのに。
「それは、私が――」
俺が理解に苦しんでいる間、彼は彼で言葉を選んでいたようだ。しばらくして、口を開いた。
「……私の体質が変わったんだ」
リアム様は『そういうことだ』と。彼は俺を抱きしめたまま、ベッドに潜り込んだ。
「今の私なら君の苦痛を和らげられる。こうして触れ合えばこそ――」
優しく寝かしつけられていた。彼のぬくもりも、香りもそのままだ。
「おやすみ、ユーマ」
「うん……」
背中をゆっくりと撫でてくれる。心地よかった――。
気がつけば寝ていたんだと思う。
悪夢を見ることもないというか、覚えてないともいうか。久々の大熟睡だった。




