家族になるんだから
あれ? 見慣れた航路だった。まるで俺の家に帰るかのような?
「ご家族に話もあるだろう? ここで待っている」
――その通りだった。馴染みの停泊場、それから馬車に乗って男爵領へ。着いたのがショコラーデ家だった。リアム様は外で待機していると。
「ユーマ……いいだろうか」
名を呼ばれたからドキっとしたのもある。それだけじゃなかった。この人が、どこか惑っているかのような声だったから。
「……すまなかったな。家族仲が良いのは存じている。それをこうも早くに離してしまったのだから」
「……リアム様」
強引な話だった。それでいて、気にしてくれたいたのか……この人は。
「だとしてもだ。すぐにでも――君と家族になりたかった」
「……っ」
……だから、いちいちドキってすんなよ俺。この人に他意はない。家の為だ。理のある結婚だからだ。
一方で、俺はリアム様の『立場』について考えていた……苦労してきた彼のことを。
リアム・ブリーヴィオ。伯爵令息にして、今じゃ偉大なる騎士としても讃えられている。かつて――出自で叩かれていたのに。
愛妾の子でもあったのがリアム様だ――聖なる力がうまく発現されなかったとも。
彼は冷遇されてきた……どれだけ苦労したのか、努力を積み重ねてきたのか。この鉄面皮も……そうせざるを得なかったんだろうか。
『ボクと結ばれた方が――リアムの為になるんだからね』
アダムが言っていたことだ。アイツと――聖なる一族同士が結ばれた方がって。
それもそうなんだ。昇りつめた今でも、心無い声もあるだろう。アダムと結ばれた方が……なんだろうな。アイツは強力な後ろ盾となるから。
アダムと結ばれた方が……だとしても。どういった目的や事情があったとしても。
――俺達は家族になる、なりたいんだ。俺は『本当の意味で』望んでいるんだ。
「何もさ、うち寄ってけばいいだろ? 俺からも紹介というか、何を紹介するんだって話でもあるけど。ほら挨拶とか? アンタなら、大歓迎だと思うし?」
俺は何をこうも、まどろっこしいのか。挙動不審過ぎるともいうか……。
「――家族になるんだから、さ」
口にして、どれだけ恥ずかしい思いをしているのか。この人とは温度差が違うだろうに――。
「……そうだ、な」
「……」
表情は崩されることはなくとも、彼の声が。
わからない。俺の気のせいなのかもしれない。彼の声が掠れていて。
――どこか泣きそうだった。
我が家に帰ると、想像通り大歓迎だった。待ち構えていた姉上が、すげぇニヤついてるわ、リアム様に絡んでいるわで……あの人は上手くあしらっていた。
夕飯もこっちで食べていくことになった。大盤振る舞いだった。あの人は食べ方までも整っていた。隙がない。
騒がしい家の連中に、静かすぎるはリアム様。見事なる対比だわー……。
「……」
身内である俺としては慣れたもの。といっても、うるさいとも思うもの。リアム様は――。
「……ふ」
本当に少し、若干、微かにだった。それでも――彼は笑っていた。そっか……。
そういや、俺の私物ってどうなった? 近くにいた姉上に聞いてみた。それがなんともまあ……『既に持ち出したよ』と、得意げに答えてきた。いや、人の私物を……。
そんなこんなで、帰る時間になった。
家族は言ってくれた――いつでも帰ってきてくれ、と。
俺だけじゃない。それはリアム様にも向けてだった――。
新たなる邸に到着する頃には、深夜を回っていた。辺りを照らすのは外灯だ。馬車がとまった。着いたようだ。
伯爵領の広大なる邸、整えられた庭園――これから暮らすことになる。
「――今、戻った」
「お帰りなさいませ。旦那様、奥方様」
老練なる執事をはじめ、メイドたちも揃って出迎えてくれていた。奥方様……俺か。そうなんだろうけど……妙な感じだ。
「……奥方というには、まだ時期ではない」
「大変失礼いたしました。では、ユーマ様と」
……。
まあ、婚約した段階だしな。妙に照れてしまったから、ユーマ呼びの方が助かったんだ。今のってフォロー、だったのかな? この人から真意は読み取れなかった。
「……ユーマ・ショコラーデです。その、お世話になります。よろしくお願いします」
様にならない挨拶ながら、俺は頭を下げた。もっと作法とか、真面目に学んでおけば良かった。
「はい、ユーマ様。これからも末永く、よろしくお願いいたします」
この人たちは微笑んで、それでいて丁重に返してくれた。歓迎してくれてるって、思っていいんだろうか? 温かい人たちには変わりないんだろうな。
「遅くなってしまったな。先方でいただいてきた。あとは寝るだけだ」
リアム様は淡々と説明していた。執事の人たちもかしこまっていた。
「ああ、寝るだけ……風呂がまだだったか」
「……!」
ここで動揺してしまったのが、俺だ。そうだよな、風呂は入るよな。ただでさえ、暑かったんだから。汗をかいてないであろう彼だって、風呂には入るって……うん。
「すぐに入れるようにはなっている。君、ユーマを案内してくれたまえ」
「かしこまりました。さあ、ユーマ様。こちらでございます」
リアム様はメイドに命じていた。『お願いします』と、俺は彼女に連れていかれる。俺達は別々になっていた。そうか、風呂がいくつかあるのか。一緒に入るとか、ないよな。うん、ないな。
「では、ユーマ。後程、寝室にて」
「は、はい……」
なんで寝室は一緒なんだろうな……。
メイドの案内により、俺は浴室の一つに到着した。
道中の説明によると、数ある浴室の一つだとか。海外から取り入れた木材で作った、特注の風呂が評判だとか。話から判断すると……ヒノキ風呂っぽい? このレベルがいくつもあるとか、やべぇな……。
こうも格式があるのなら、もしかしたらメイドに洗われたりするんじゃないかって。俺は本気で辞退しようとしていた。
「あの、俺自分で入れますんで」
「かしこまりました。もとよりユーマ様ご自身でやっていただくようにと、旦那様からも仰せつかっております」
「あ、そうなんですか」
それは杞憂で終わったってことか。自分のことは自分でやるように。そういう感じなのか。オッケー。
「はい。入浴時の補佐は禁じられております。お力になれずに恐縮でございますが、何卒ご理解いただきますよう」
「了解です……」
メイドは深くお辞儀をし、外で控えてくれるようだ。すみません、どうもっす……。
「……いや、禁じるって」
そんな重々しいことか……? 俺の感覚としては気まずくて仕方なかったし、いいけどさ?
「うーん……」
木の香りがなんだか懐かしくなった。ガチでヒノキ風呂だった。あるもんだな……。
広い浴槽で足を伸ばす中、俺は唸っていた。体はさっと洗っただけだった。もっと徹底的に洗ったりとか……。
「……何考えてんだ、俺は」
何も起こりなんてしない。同棲初日とはいえ、初夜でもなんでもない。
そもそも、『そういった関係』は必要ないだろ……俺たちには。
「さてと!」
さっと立ち上がった。とっとと出ることにした。でないと、いつまでも浸かっていそうだったから――。




