夕闇クルーズ
考え事をしたいというアダムを残し、温室を去っていた。そんな俺たちは船着き場まで歩いていた。
日没までにはまだ時間はある、夕焼け空。少しは暑さもマシになってきた。生ぬるくなった風も感じている。
「……ありえないだろ」
「……組み合わせ的に、ないでしょ」
その道中に視線が刺さる刺さる。
手は離してもらっていた。というか、俺からそっと離すと、リアム様もそれ以上することはなかったからだ。
これで手をつないでいたとなると、どれだけのブーイングが発生していたことか。
「……」
無遠慮に注がれる視線。麗しいリアム様だけじゃない、添え物のような俺にまで。ジロジロ見られんの、今に始まったことじゃないけど――。
「――失礼」
リアム様も俺に視線を寄越していた。そう告げた彼は。
「……着崩すことは推奨しない」
「ちょっ」
リアム様は急に俺のシャツのボタンを留めだした。確かに『失礼』と断りはいれてはいたけどさ。いくら夕方で涼しくなってきたとはいえ、まだ暑いのに……!
「いや、留めすぎだから。首元しまる」
「却下だ」
すげなく断ってきやがった。キッチリしている彼としては許容できないのかも。こっちは首元が苦しいわ、暑苦しいわけで。
「いや、苦しいんだけど」
「……すまなかった。一つだけなら認める」
「もう一声」
「……二つまでなら。これ以上は譲歩しない」
目で訴えてみるもんだ。堅物のこの人からしたら、かなりの歩み寄りだな?
「なんだよ、話通じるじゃんか」
俺はへらりと笑ってみせた。にやついたともいうか。
「……」
無の表情と沈黙だ。まあ、この人が笑うことなんて――。
「……いつまでも留まることもない。行こう」
そう、笑うことなんてなかった……けど。
「!?」
まだ、手つなぎの方がマシだったのかもしれない。
まさか――肩を抱かれるなんて。
衆目に晒されているのに、がっつりと。
リアム様の小型船が停泊していた。洗練されたデザインのそれは、高機能型船だという。どのような嵐もものともしない、と聞いたことがある。
「さあ、どうぞ」
「……どうも」
造作もなく差し出される手。当たり前にエスコートだ。さっきもそうだったけど。
船に乗り込むと、客室に案内された。入るとひんやりとした空気、空調がよく効いているようだ。
なんともラグジュアリーな空間というか……ゆったりとした上革のソファとか、カウンター席まである。奥に酒瓶が陳列された棚があるから、バーっぽいというか。
……この人の趣味か? 意外ともいうか――。
「私の趣味ではない。同僚が婚約祝いにと、船内を改装してくれた。その気持ちは有り難いがな」
「そうかよ……って、婚約祝い……」
改めて聞かされると、こうムズムズするというか。『そうだ、婚約祝いだ』と頷くのはリアム様。
「さて、ゆっくりとくつろぎたまえ。私は運転席にいる。何かあったら、通話機で教えてくれ」
この人直々に運転するようだ。乗っているのは俺らだけみたいだった。くつろぐには……この格調の高さは緊張してしまう。
「それじゃ、そうさせてもらうわ。フカフカだ、すっげぇ」
俺は近くのソファを手触りで確かめた。高級感が半端ない。色々あって疲れたから、寝てもいいけど。
「……」
……いいんだけどさ?
「……あのさ、リアム様。邪魔しないからさ、俺も運転席にいてもいい?」
運転するとこを見ていたい、とか。離れることもない、とか。決して本人は言わない。
「……」
「……気が散るとかだったら、大人しくしているし」
この人、ことあるごとに無言なんだよな。無理強いはするつもりはなかったので、俺は惰眠貪ろうとしていたけれど。
「――こちらだ」
「お、おう……」
またしても、だった。俺はリアム様に肩を抱かれたまま、案内されることになった。
なんというパノラマビュー。一面を見渡せる強化ガラスの窓に、フロントにあるは旋回窓。操舵席にはゆったりとした椅子まで。
「君はこちらだ」
「こちらって……」
こちら……この人の運転する席だった。さすがに俺に運転しろって、そんな小ボケ。この人がかますわけないな。席自体は二人でも座れるものだった。
「そこらの椅子を持ってくるよりは、そうではないだろうか。そう、安全を考慮した上でだ。この船において、一番安全ともいえよう」
「……そうすか」
つらつらと正論を述べてきた。涼しい顔のアンタとは違って……こっちは、それが難しいっていうのに。
「別にいいけど……よっと」
「もっと寄りなさい。安全の為だ」
「……はいはい」
ぎりぎり。最低限。俺は出来る範囲でこの人に寄った――。
「……っ」
汗ばむ俺とは違って、涼やかな人。そんな彼の香りを意識してしまう。体温だって感じてしまう。
「出発だ」
律儀に声にすると、船は動きだしていく。
「……」
夕日を浴びて輝く海も。
真剣に運転する……彼の横顔も。
――綺麗だ。柄にもなく思ってしまうんだ。
俺は決して、口にはしないけど――。
「――美しいな」
「……!?」
リアム様が顔をこちらに向けて――言い出した。いやいや……いやいや!?
「あー……夕日がだな? 綺麗だなー?」
我ながらわざとらしかった。まあ、そういうことだよな。海の方だったら、まあ、うん。
「私が言ったのは、君の髪色のことだ」
「……え」
夕日じゃなくて? 俺の髪色? ……なんで? つか、今までよく注意されなかったって、思うくらいだ。
「確かに夕日も彷彿させるがな? ――珊瑚のようだ。綺麗に染まっているな」
「……どうも」
俺の髪色、ほめてくれたのか。珊瑚だとも気づいてくれた。くすぐったくなる。あー、ぶっきらぼうな返ししかできない自分が嫌になる。
リアム様は前方に視線を戻した。俺も彼の方を見れない。あさっての方向を見つつも、気になっていることを聞いてみた。
「……つか、いいのかよ。地毛の黒から、こんな色になっているのにさ? つか、また染めたりするだろうし」
学生の間、彼との成婚までか。いや、今すぐかもしれない。ただでさえ堅物なんだ。俺の首元もそうだ。きっちり二つのボタンが開いたまま。
「ユーマ」
リアム様もこちらを見ることはない――なのにさ。
「色々と心労をかけてしまうだろうからな。出来る限り、君には自由でいてほしいんだ。私に尽くさせてほしいんだ」
「……っ」
なんて、穏やかな声で言ってくれるんだろうか。
「……ありがとう」
義務の婚約者相手に、ここまで心砕いてくれるんだな……。
「私がそうしたいまでだ。気にしないでくれたまえ。ああ――本当に綺麗だな」
「……そうかよ」
彼の横顔をこっそり横目で見た。彼は微かにだけど、笑っていた。
あのな、綺麗なのはアンタだよ……なんて言えたりはしないけど――。




