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堅物がやってきた!



「――来てくれてありがとね、ユーマ様?」


 アダムは園芸部の部長、管理も任されているようだ。この温室は彼のテリトリーだ。


 おあつらえ向きに丸机と椅子がある。そこで話をするようだ。彼は率先して座っていた。

 俺はアダムの真向い、一席に腰かけた。彼は手を組んでいた。なんだこれ、面接か。


「――でさぁ、どういうことかなぁ? ねえ、『派手髪』?」


 この地を這うような声は……アダムによるものだ。俺を派手髪呼ばわりをしているのも。


「……どうもこうもねぇよ。そっちにだって話いってんだろ? 同じ一族なんだし」

「はあー、よくわかってないから聞いてんだけどぉ? ……お前なんかにさ? 仕方なくさぁ?」


 俺は別に驚きもしなかった。コイツは昔からこうだった。表では可愛く振る舞っているのに、誰もいなくなると途端にこうだ。うざ絡みの連発だ。

 つか、ゲームキャラもこんな裏表がある設定だったのか? わかんね……。


「家同士に利があるから結婚する。それだけの話だ。政略結婚だよ……よくあるやつ」


 自分で言った言葉が……胸を刺すかのようだった。そうだ、それだけのことで――。


「……それなら」

「?」


 アダムが小声で呟いていた。途端、オレを睨み上げてきた。


「――それなら! ボクが相手の方がいいじゃないか! 聖なる一族同士、交わった方がいいに決まっている!」

「……っ!」


 アダムは主張している――自分の方が相応しい、と。


「……」


 ……そうだよ。俺との後ろ暗い婚姻より、光溢れる者同士の方が。祝福に値する二人の方が、なんだ。


「……アダム」


 アダムは必死だ。コイツの裏表は散々見せられてきたけど、今のにウソがあるとは思えなかった。そっか、真剣なんだよな。そっか……。


「アダムの方が望まれる。そんなの、よくわかってるよ」


 あのさ、アダム。話をつけたかったんだよ――同じ想いだろうから。


「アダムだけに言っておく」


 俺は言っておきたかったんだ。本音ってやつを。


「だとしてもさ、願ったり叶ったりなんだよ……あの人と結ばれるのは」

「お前……」


 アダムの息をのむ音がした。コッチを大きな瞳でじっと見た後、何か考え込んでいるようだ……?


 願うのが怖かった。叶うわけがないと思った。あの人とは立場が違い過ぎている。わかってるよ、わかってる。

 何かがトチ狂ったのか――俺との婚約に至った。これすらも幻なんじゃないかって思うくらいだ。


 俺は思っているんだ。あの家に……あの人にメリットをもたらすのなら。

 いいじゃないか、もうそれで。俺はそれでいいんだ。幸せだ。


「だからさ、アダム――」


「――アダム、失礼する。リアムだ」


 俺の言葉が途切れた。その凛とした声と、一定のノック音……彼だ。


「……」


 学園に訪れてたのもビビったけど……アダムに逢いに来たんかな。そうだよな。


「……やばい」


 それもだけど、もっとヤバいことがあった。しっかりとしてそうな扉……音とか漏れてないよな?


『願ったり叶ったりなんだよ……あの人と結ばれるのは』


 さっきの発言、聞かれてないよな……!? あんなん聞かれたら、リアム様だって困るだろ……! 聞かれてない、聞かれてないな?


「ふふん? ――はーい、いるいるー。今開けるねぇ?」


 勝ち誇った顔をしながら、アダムはスキップしていた。浮かれながらドアを開けていた。


「突然、すまないな。来訪しても良かったのだろうか?」

「いいのいいの」


 扉を開くと――リアム様。軍服姿の彼が姿勢正しく立っていた。その姿、決まっているわー……見惚れてしまっていた。


 撫でつけられた銀色の総髪、鋭利な目つき。整った顔立ちの彼は、どこまでも隙を見せない。

 この夏真っ盛り、むわっとした温室内でも一切汗をかいてない。ボタンを緩めきっている俺とは大違いだ。


「はぁ……眼福、眼福」


 アダムも同様だった、溜息を零していた。


「……」


 しっかし、まあ……鉄面皮、極まってるな。これはもう、聞かれてなかったってことにしておくか。しておこう。


「リアム、どうしたの? ボクにお話でもあるの?」


 アダムは両手を前に組んで、愛らしく首を傾げていた。可愛らしい、かつ自信を隠しもしない。勝者のポーズといえた……こっちをチラチラとも見てるときた。


「そうだ、アダムに話はあった――だが、既に終えた」

「そうなんだぁ……は?」


 アダムだけじゃない、俺もポカンとしてしまった。この人は何を言っているんだ。いつ、話があったんだ?


「部屋の主は君ともいえるだろう? 許可を得たまでだ。邪魔をするぞ」

「いや、え? ……え?」


 混乱しているアダムを、リアム様は素通りしていく。でもって……俺の前に立った?


「ああ、すっかり調子が良さそうだな」

「……っ」


 長身の彼が体を屈めた。いつもの無表情、それで顔を覗き込んできたものだから。こっちだってビビるもんはビビる。


「……ん? 顔が赤い? 熱中症か?」

「……ちげぇよ」


 顔が赤いとか、やめてくれ。まあ、心配してくれてるんだろうな。


「暑いだけだよ。心配することもない」

「そうか」


 リアム様は俺を見ていた。観察するかのように……一瞥するかのように。からの、これだけの言葉。『そうか』、とだけ。


「……」


 義務的な態度に内容。昔……こんなだったけかな? でも、そっか。互いにメリットがあるだけの結婚だからな。こんなものか――。


「体調に問題がないのなら、何よりだ――新しい邸でも暮らせるな」


 そうそう、こんなもの……え? ……え?


「……?」


 この人は一体何を言っているんだ? 未だに混乱しているアダム同様、俺もわけがわからないんだけど?


「いや、リアム様? 新しい邸って、新しい邸?」

「そうだ」


 俺のよくわからない返しに、リアム様は深く頷いていた。


「待たせてしまったな。君と暮らす邸を用意させてもらった。本日から共に暮らそう」


 いや、それって。


「いやいや、近日中って話じゃなかった? つか、昨日今日だろ……?」

「どうした? 早いに越したことがないと思うが」

「それはそう……じゃない。あまりにも早すぎるというか」

「こちらは事前に準備を進めていた。昨日今日ではない」


 そう、そっちは前もって話を進めてきたことだ。こっちはというと。


「アンタはそうでもさ、こっちは突然過ぎるというか。わけもわかんねぇし?」

「……」

「……なんだよ」


 リアム様は急に黙りだした。こっちを見てくる。なんか……なんというか?


「――と、言っていたではないか……」

「……なんて?」


 この人らしからぬ、小声。というか、拗ねてる? ……なんで?


「……いや、気にしないでくれ。私も気にしない」

「はぁ、そうすか……」


 少しは表情を見せてくれると思ったけど、すっかり元通りだ。


「同居も受け入れてくれないか。ご家族にも話を通している」

「……どうせ『決定事項』なんだろ」

「そうだ」


 だと思った。この話を反故にはならない、決められたことなのだと。話はついたと、リアム様はアダムに挨拶をするようだ。


「邪魔をしたな、アダム。私達は退室させてもらう」

「……話、聞かせてもらっていたけどね」


 アダムはとっくに混乱から立ち直っていた。コイツも知りたがっていた。会話から探ろうとしていたようだった。


「ごめんね、リアム。ボクはやっぱり祝福できないよ。ただでさえ――『リアムの立場』がね……?」


 アダムは憂えていた。それでいて、しっかりとリアムを見つめていた。


「……ねえ、気が変わってくれることを願っているよ。ボクと結ばれた方が――リアムの為になるんだからね」


 心からの言葉、そんな風に思えた。


「……アダム。君は昔から気にしてくれていたな。ありがとう」

「……リアム。ううん、いいの」


 顔は変わらず、なのに。リアム様の声はどこか柔らかいものだった。この二人に漂う、独自の空気感というものだろうか。俺には触れられないもの。


「だが――この結婚は覆されることはない。行こう、ユーマ」

「……ああ」


 柔らかなものが、義務感溢れるものに変わる。俺は差し出された手をとった。無機質なる、その手を。凍てつくような手を――。


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