この婚姻は夢オチじゃない
「……ん」
夏の盛りを迎えた七月、冷房がガンガン効いた自室。俺は早くに目を覚めた。いつの間に寝たのかってくらい、睡眠まともにとれてなかった。
「……全部、夢。夢だ夢」
あまりにも衝撃的過ぎたんだ。それがあって、過去回想にまで入ってしまってた。あり得なさすぎる。夢なんだよな。でなきゃ、色々とおかしいだろ。
「……ないだろ、まじで」
鏡台に映るのは、いかにもガラが悪そうな男。目は母譲りなのか、猫っぽいとかなんとか言われたりもした。でも大体、寝不足とか精神異常とかで目つき悪くなる。
ゲームの悪役令息君、普通に可愛い顔していたけどな。まあ、俺はなんかこうなった。いいけど。
背は思ったよりか伸びたけど、猫背気味だ。
「……で、これが現実だ」
俺はダル着の裾をめくってみた――いつだってあるのが『紋様』だ。俺の腹部辺りにある、触手のようなグロテスクなもの。
呪われている象徴のようなもので――ん?
「……ん? 薄まってる?」
俺はよーく目を凝らしてみた。なんか、黒色が若干薄まっているような……? ま、気のせいか……。
ただでさえ、ダルい朝。少しでも気分を上げることにしよう。俺の目線は自身の髪色にいった。
「うん、よく染まったな」
髪型は長めの真ん中分け。地毛の黒から、よくここまで色を抜いたものだ。今は赤みを帯びたコーラルオレンジ色。近くの海のサンゴに寄せてみた。
俺の髪色はしょっちゅう変わっていた。こういうのが好きだった。自分で研究しているくらいだ……気が紛れるから。
「見た目からして、どんだけベクトル違うんだよ……それなのにな」
そうだ、あの時の感覚はしっかりと残っていた。あの人に触れられて……幻覚も幻聴も止んでいたんだ。
それは今も続いた。いつもなら起きたら即、強烈なの来るはずなのにな……?
「……だるいけど、行くか」
俺には友人がいた。昨日の強制連行、アイツは慌てて追いかけようとした。心配していると思う。顔見せとかないとだよな。
俺は準備することにした。鏡台の上に置いておいたのは、ピアス。耳にいくつか開いている。今からでもつけておく。
いつもの朝が始まると思っていたんだ。気だるい朝、寝起き最悪の俺で――。
だるだるのパジャマのまま、俺は広間に到着した。時間が合う時は家族で朝食をとっていた。
今日は珍しいな、家族が勢ぞろいだ。実家を出た兄や姉までいるとは。なんか正装してるし……?
「ユーマ! おはよう、愛しの弟よ!」
「ちょ、やめ――」
早速だった。スーツ姿が決まっている姉上が抱きついてこようとしていた。俺は躱そうとするも、相手が上手だった。俺は抱きしめられ、おまけに頬ずりまで……朝からなんだっていうんだ……。
「リアムはいい奴だよ。君を幸せにしてくれるさ……ああ、本当に良かった」
「……姉上」
俺、今どんな顔してんのかな……。
「「「婚約おめでとう、ユーマ!」」」
姉上どころじゃない。家族一同、浮かれきっていた。
「……う、うおおおおん、ユーマ! 父は、父は嬉しいのだぞぉぉぉ!」
ついには父上が号泣しだした。隣では母上がなだめている……彼女も涙目だった。
「そうさ、本当によくやってくれたよ。彼は奇跡を起こしてくれたんだ――喜ばしき結婚だよ、ユーマ」
……そうだ。長年苦しめられてきた『呪い』。あの人に触れられたことによって、和らいだんだ。あの人……リアム様に。
「……ありがとう」
姉上の言葉が、家族たちの笑顔が。心に染みわたるようだった。俺のことを思ってくれて嬉しい。こんな時くらいは素直でいたい――。
「……っ! ユーマ! かわいいよ、ユーマぁ!」
「ちょ、まじ、やめて」
感極まわった姉上だけじゃない。兄上たちまで俺に群がってきた……!
「うぉぉぉん、父も愛でたいぞ!」
「いや、ほんと、やめて」
ついには父上まで。いや、その巨体まできたら一斉に潰れてしまう……母上が止めてくれた。ありがとう。
いつも朝から豪勢だけど、今朝のは格別だった。たくさんの贈り物まであった。 みんな、祝ってくれているんだ。俺も……うん、嬉しいよ。
「……」
だけどさ。
俺、わかってるから。みんな、笑ってくれているけどさ。触れないでくれているけどさ――しっかりと『釘をさされて』いたから。
そうだよな、夢でもなんでもない。俺、わかってるよ。
あの婚姻の場。先方からはっきりと言われたんだ。
――『御しやすくなった』って。
リアム兄……リアム様は今になってだったんだ。これまで、俺の呪いを軽くするなんてことなかった。
『聖なる一族』のリアム様。
この国を脅かしていた海の異形たち。海底に巣くうは――束ねる『魔神』。討伐したのが聖なる一族だ。そういった歴史があった。
だが、魔神の血は途絶えていなかった。魔神に愛されていた――ショコラーデ一族だ。かつては英雄、けれど魔神に下った一族。恩赦の下、地位は剥奪されずに済んだ。
俺は魔神の力を発現していた。相反する力なんだ。暴走を起こすと、壊滅しかねないもの。平和な世でなければ、彼に討たれてもおかしくない……なのにだ。
あの人がどういった経緯でそんな力を得たのか、それはわからない。それを伯爵家も言いはしなかった。
あの一族で確かなのは――絶大の魔力を持つ俺を制御しやすくなったこと。俺の魔力を手にする為に……意のままに。
リアム様は肯定も否定もすることない。
いつもの鉄面皮だった――。
「……暑い」
登校する時間だ。邸の外に出た俺は暑さにやられてしまった。朝っぱらからだろうと、暑いものは暑い。日差しだって強烈だ。
「あっつ……」
シャツとパンツの制服姿。シャツのボタンはわりと開けてた。少しでも風を感じたかった。今も胸元で仰いでいる。
――お、馬車の準備が整ったみたいだ。郊外の邸から、中央の都までは馬頼みだ。今日もおなしゃす。
郊外の邸から馬車が発ち――見えてきたのは水の都。
運河が網の目のように巡らされている。透き通った水面が光を浴びている。ああ、いいよな。見てるだけでも涼しくなってきた。ここまでくると大分違ってくる。
主な交通手段は船やゴンドラだ。ゆったりと運河を流れてくる。
それで、俺はというと。
「よっ、おやっさん」
「よぉ、ユーマちゃん」
馴染みの船乗りだ。小型船を乗りこなす、大ベテランだ。他にも同乗者のオッサンたち。常連たちなんだそうだ。その人らにも挨拶しとく。気のいい返事が返ってきた。
船が動き出す。かかる水しぶきも、ぬるめの風も。うん、そうだ。嫌じゃない。俺は心地よくなっていた――。
「――そうだ、ユーマちゃん! 婚約おめでとうな!」
「!?」
俺は勢いよくおやっさんを見た。彼だけじゃない。他の乗客たちもにこやかだった。
「……どうもです。ありがとうございます」
俺はなんてことない風に返事したけど、内心ヒヤリとしていた。昨日今日で広まるものかと。
「……はぁ、広まるよな」
俺は一人ごちた。まあ、相手が相手だからな……。
高潔なる――リアム・ブリーヴィオ。伯爵家子息にして、騎士として名高い。というか、聖なる一族だ。俺もまあ……悪目立ちというか。
この人たちは祝福してくれる。嬉しいんだ。けど、『学園のあいつら』は――。




