堅物騎士様との出逢い
俺の前世――日本で暮らす高校生だった。そこそこゲーマー、だるく、ゆるく生きてきた。
そんな前世の俺は……不慮の事故で死んでしまった。呆気なく、だった。普通にゆるい日常が続くと思っていたのにな……あまりにも突然過ぎて。
……家族にも、友人にも。もう誰にも会えなくなってしまった。悲しむ暇もなくだった。
俺はひたすら彷徨っていた。真っ暗闇の中をだった。いつまで続くのか、わからない。長い、長い道だった。
ふと、光が差した。それから、声もした。優しそうな、女の人の声だった。こう、女神様っぽいような。
『――迷い子よ。ようやく転生の時が訪れたのです。新たな世界、新たな生。あなたは生まれ変わるのです』
――異世界転生だ。俺も知っていた。となると、この人は本当に女神様なのか。彼女は言う。これまで暮らしてきた世界じゃなく、まったく別の世界で生きていくんだって――。
……割り切れねぇよ。だっるだるな人生だったけどさ、やりたいことだって……たくさん、たくさんあったんだよ。
……家族とのこともそうだ。最近、ろくに顔も合わせてもなかった。
俺は夜に出掛けてばっかだった。『また遅くまで遊びに行ってさ。心配なんだよ……』と、姉貴はいつも心配してくれていた。昔はよく遊んだりしていたのにな。
姉貴、俺に説教したか思えば萌え語りもしてきたからな。今思えばさ、そうやってコミュとろうとしてたんだよな……俺はそっけなく返すくらいで。後悔しかない……。
「……『光の神子君の愛され婚』だっけ」
そう、それが姉貴がハマっていたゲームだ。思い出した。
『――迷い子よ。あなたの望みし世界、聞き届けました』
「……え」
待って。いや、ちょっと待って。俺はただ、口にしただけだ!
それともアレか、望めば希望の世界に転生出来るのか? それならせめて日本とか、もうちょっと、どうにかならないのか……!
『――迷い子よ。『光の神子君の愛され婚――悪役令息の魔手から守ってみせます!』の世界。そちらこそが、あなたが新たに生きる世界です』
……律儀にタイトルを読み上げてきた。女神様の中で定まったことのようだ。俺、がちで生まれ変わるのか――BLゲームの世界に?
困惑する俺をよそに、女神様は何やら詠唱を始めていた。どう聞いても日本語じゃない。馴染みのない言語……そのはずなのに。
「……」
この感覚はなんなんだ。理解不能のはずの言語が……耳に馴染んでいくんだ。
『お行きなさい。新たなる世界が、あなたを待っているのです――』
女神様の声がしなくなった。役目を終え、去ったんだと思った。
「……ありがとう、ございます」
俺、BLゲームの世界に放り込まれたのにな。それでも……感謝の気持ちはある。あの人が、彷徨っていた俺を救ってくれたようなものだ。
元の世界が恋しい。大事な人たちがいたんだ。けどな、新しい世界も受け入れるんだ。新しく生きていくんだ。
――BLゲームの世界だって上等だ。俺はダルくユルくやっていく。
『光の神子君の愛され婚――悪役令息の魔手から守ってみせます!』
SAN値がガリガリ削られていく攻略対象たち。救いの手を差し伸べるのが男主人公。そんなBLゲームだ。
俺自身のポテンシャルは自覚している。愛され主人公は絶対ない。メンタルやられようと耐えて愛し抜く攻略対象もないな。前世では恋人もいなかったしな……。
残りのネームドキャラは……悪役令息くらいか? 俺、素行は良くなかったけどさ。誰かに嫌がらせとか、普通になくね?
生まれ変わった俺はきっと、こうだ。主人公と仲間たちを遠巻きに眺めている、かったるそうな生徒だろうな――。
なんて、高をくくっていた時期がありました。
ある雨の日。蒸し暑い、夏の季節。一人の男児が産声をあげた。
俺が転生したんだ。そう、そこは――。
雄大なる海に浮かぶ、美しき水上国家『スハット』。
――悪名高き貴族でもある『ショコラーデ家』。
そこの子息として生まれた――ユーマ・ショコラーデ。
――この物語の、『悪役令息』ポジの奴だった。
そうかぁ……そうきたかぁ……。
……なあ、女神様。BLゲーム、それだけじゃないんか。なんで、予想もつかない方ばかりにもっていこうとするんだ?
強面の親父に、いかつい兄たちに囲まれている。うん……びびった。この人ら、俺の家族になるのか。母親は華奢だけど、屈強そうなオーラ出てるし……。
「う、うおおおおおおお……」
「!?」
赤子の俺の泣きが止まった。オッサンの泣き声が病室に轟いたからだ。いや、この親父だけじゃない。兄たちも泣いている。
「よくぞ、よくぞ産まれてきてくれたぁぁぁ」
「……」
歓喜の涙だった。すげぇ、嬉しそうだった……どれだけ望んでいたかって、それがわかるくらいには。この部屋にいる人らが皆、そうだった。
……日本にいる家族。遺してきてしまった彼らはずっと俺の家族だ。
……そして、このむさ苦しい家族とも。うん、そうだ。俺は彼らとも関係を築いていくんだ――家族として。
ユーマ・ショコラーデとしての人生が始まった。
俺は十一歳になった。それは、ある夏の日だった。うだるような暑さだったのを覚えている。玄関先、いつものように家族の帰りを迎えていた。
「――紹介するよ、弟のユーマだ。ユーマ、僕の友人のリアムだよ。よく助けてもらっているんだ」
短髪の麗人、男装した女性は姉だ。彼女が連れてきたのが――リアム様だった。
「初めまして、ユーマ殿――」
「……」
幼かった俺は……ただ圧倒されていた。五歳年上だったのもあったが、彼の風貌からしても、だった。
かっちりと整えられた髪型、着崩すことなどない制服。この暑さの中でも、汗ひとつかいてない。相手はただ、俺を見下ろしている――。
「……っ」
心臓がドクンとなった。俺の喉がヒューヒュー鳴りだした……ああ、まただ。
見える。黒い触手が地面を這っている。また――俺を縛りつけようとしている。
「――君っ!?」
表情を変えなかった男が、焦りを見せていた。俺が尋常でもない様子だったからだろうか。彼は手を伸ばし、俺に触れようとしていた。
「あ……ああ……」
ああ、彼までが触手に呑まれようとしている。
俺は……俺も手を伸ばそうとするも。
「……っ」
軽く触れ合っただけ。なのに、激痛が走っていた。なお、幻覚は続いたままで――。
「――飲むんだよ、ユーマ」
「ありがと……」
「なんのその」
駈け寄ってきた姉が、俺に薬を飲ませてくれた。精神安定剤だ。まだ効き目があった頃だったので、症状は治まった。
「……」
リアム様は無表情ながらも、胸を撫で下ろしていた。ああ、心配かけたんだ……。
とんだ出逢いだった。
それからも、彼は姉の友人として、家に訪れるようになった。
姉の複雑な事情も知っているようだった。姉上はリアム様を信頼しているし、彼も微かにだけれど笑う。とても柔らかい表情だった。
「……仲、いいよな」
気づけば声にしていた。二人の仲を羨ましいと思ったのは、いつからだったか。
リアム様は俺のことも気にかけてくれていた。わかりづらい優しさだったけど、嬉しかったんだ。
呪いもあって、俺は人と距離をとっていた。あの人はグイグイくるような人じゃなかった。そっと寄り添ってくれるような人だった。
俺も懐いていたんだと思う。彼が訪れたとなると、ソワソワして喜んだくらいには。めっきり来なくなって、落ち込んだくらいには。
……そうだ。彼はある日を境に、来なくなった。姉上に聞いても、答えは得られなかった。
彼は何も言わずにいなくなった。一言もなくだった……その時に気づいたんだろうな。
――俺は失恋したんだって。
厄介な魔力、呪い持ちの俺。いつ気が狂うかもわからない――悪役令息の俺。
相手は貴族にして、『聖なる一族』ともされていた。諦めずに抗うには、あまりにも立場が違い過ぎていた。
だから、思わなかった。思うわけがなかった。俺があの人と、とか――。




